第一章 第2話『見えない牙と、不実な飲み方』
「なあマスター! 景気づけに一番強い薬をくれよ!
この酒で一気に流し込めば、嫌なこと全部忘れてシャキッとするだろ?」
エル・ルシアの静けさを破って現れたのは、予想通りの人物――村人Aだった。
片手には飲みかけの酒瓶。もう片方の手には、くしゃっと握られた薬箱。
説明書は……どうやら、途中で手放してきたらしい。
「待ちなさい、村人A」
聖騎士は、怒鳴るでもなく、ただ静かに首を振った。
その目は、子どもの無茶を止める大人のようでもあり、少しだけ疲れても見えた。
「お前は、その薬を何だと思っている。
気分を良くするための、魔法の粉か?」
「違うのか?」
村人Aはきょとんと目を丸くする。
「たくさん飲めば元気になるし、酒と一緒なら効き目も倍増だろ?
効率的でいいじゃねえか、ガハハ!」
見習いは思わず手帳を抱えた。
「……だめだ。この人、
“不適正使用”の例として、教科書に載ってもおかしくない……」
カウンターの向こうで、モネが静かにため息をついた。
「村人Aさん。
薬を“気分を良くするため”に使うのは、乱用って言うの」
「ら、乱用?」
「そう。本来の目的から外れて使うこと。
治療じゃない。自分の体をすり減らす行為よ」
「ちょっとフワッとしたいだけだって」
「それが一番危ないの」
モネは、はっきりと言い切った。
「お酒と一緒に飲むと、薬の分解がうまくいかなくなる。
すると体の中で作用が強く出すぎてしまう。
それを相互作用っていうの」
聖騎士が続ける。
「医薬品には、正しく使っても起こりうる
副作用というリスクがある。
WHO――世界保健機関も、そう定義している」
剣の柄に手を添え、静かに言葉を落とす。
「正しく使っても牙を持つ刃を、
お前のように振り回せばどうなるか……想像はつくだろう」
「……え。
俺、鼻水止めたかっただけなんだけど」
村人Aの顔色が、さっと変わった。
「い、いきなり死ぬとか……ないよな?」
「今すぐじゃないわ」
モネは少しだけ声を和らげた。
「でもね、そんな使い方を続けていたら、
“いつか”取り返しのつかないことになる。
それを止めるのが、私たちの仕事よ」
そう言って、酒瓶をそっと取り上げる。
「今日は帰って。
白湯を飲んで、ちゃんと寝なさい」
「……へい」
しょんぼりと肩を落とした村人Aは、扉の前で振り返った。
「あ、説明書……拾ってきます」
扉が閉まったあと、見習いは小さく息を吐いた。
「……ああいうの、笑えないですね。
市販薬だから大丈夫、って思いがちです」
「それに気づけたなら、今日は上出来だ」
聖騎士は頷いた。
「知識という鞘がなければ、
薬という刃は、持ち主すら傷つける」
「次は、その“持ち主”――
体質や年齢の話に進むぞ」
◇モネの調剤室・ワンポイントアドバイス
「見習い君、今日のまとめ、いくわよ」
・副作用
正しく使っても起こりうる、
“有害で、意図しない反応”。
・乱用
本来の目的以外で使うこと。
治療ではなく、自分を傷つける行為。
・相互作用
お酒や他の薬と一緒に使うことで、
作用が強く出すぎたり、思わぬ影響が出ること。
「次は、もっと繊細なお話。
村人Cさんと、じいさまの番ね」
よんでくれてありがとうございます。




