身勝手で可愛い妹
王太子の婚約者であった公爵家の令嬢は、ある日妹にその座を奪われることになる。愛に満ちた家族のお話。
「サヴァンナ・キャヴェン公爵令嬢! お前との婚約を破棄して、わたしはお前の妹であるオーフェリアと婚約する!」
王太子とサヴァンナ、サヴァンナの両親とサヴァンナの妹であるオーフェリアが集まるキャヴェン公爵家の応接室で、本国の王太子は胸を張ってそう宣言した。
サヴァンナの両隣には両親がおり、王太子の隣では妹のオーフェリアが穏やかに微笑んでいる。オーフェリアに視線を移して、サヴァンナは問いかけた。
「大丈夫なの、オーフェリア? 王太子殿下の婚約者は大変な重責よ」
オーフェリアが口を開く。何ごとかを言う前に、王太子が被せるように言った。
「数か月前から、オーフェリアには王太子妃の勉強をさせている! 優秀だと教師たちも太鼓判を押していたぞ、お前が心配するようなことではない!」
「殿下、いまは殿下ではなくオーフェリアに話しかけております。それから、まだ殿下の婚約者はわたくしであり、オーフェリアではありません。わたくし以外の女性、それも公爵家の娘を親しく呼び捨てにするのはお止めくださいませ」
しらっとサヴァンナが言い返せば、王太子が忌々しげに顔を顰める。
「そういうところが生意気なのだ、お前は! お前も少しはオーフェリアの優しさを学ぶと良い!」
「それから、わたくしは公爵家の娘です。王太子殿下と言えども、『お前』などと呼び捨てられる義理はありません」
「なんだと……!」
激高しかけた王太子を、オーフェリアがそっと押しとどめた。そっと弱々しく王太子にすり寄って囁く。
「コーディ様、そのように大きな声を出さないでくださいませ。恐くなってしまいます」
「あ、あぁ、可哀想に、悪かったねオーフェリア」
可憐な妖精のような見た目のオーフェリアに囁かれれば、どんな男でも鼻の下を伸ばすものだ。オーフェリアの可愛げは、確かにサヴァンナには持ち得ないものだった。
例によってだらしなく顔を崩した王太子の隣で、オーフェリアが美しく微笑む。公爵家の娘としてきちんと教育されていながらも、親しいものだけに見せるほんの少し幼げな笑みだった。
「心配しないでくださいませ、お姉様。きっと立派に王太子妃としてのお役目を果たして見せますわ」
「オーフェリアは、先ごろ入学した王立学園でも首位争いをするほど優秀な成績を修めている。端からお前の出る幕などなかったのだ! 婚約者の交代は我が両親である国王夫妻もお認めのことだ」
あなた様には話しかけていないのですけれど、という言葉を、サヴァンナは口の中でそっと噛み潰した。王太子が勝手に割り込むから妹との会話もままならないとはどういうことだろう。
「元は妹であるオーフェリアが公爵家を継ぐ予定だったのだろうが、今後は代わってお前が公爵家を継ぐことになる。心して王家に仕えるが良い。あぁ、ついでに良い婚約相手でも見繕ってやろうか」
「まぁ、コーディ様」
少しばかり驚いたように、オーフェリアが瞬いた。可憐な鈴のような声だった。
「こうしてわたくしたちが真実の愛を得られたのですから、大好きなお姉様にも幸せになって頂きたいわ。お姉様は素敵な女性ですから、きっと真実の愛を見つけられるでしょう」
王太子はほんの一瞬だけ、オーフェリアの無邪気な言葉とサヴァンナへの敵愾心の間で揺れたようだった。結局はオーフェリアへの見栄を取ったのか、尊大げに鼻を鳴らす。
「お前を愛する男などいるとは思えないが、せいぜい公爵家に恥じない婿を見繕うんだな」
負け惜しみのように言う、どこまでも小物めいた男だった。これが我が国の王太子かという憂鬱な気持ちを押し殺して、サヴァンナが了承の礼を取る。
「なにも心配ありませんわ、お姉様」
満足げに頷いた王太子の隣で、オーフェリアが可愛らしく、可愛らしく、可愛らしく、まるで天使のように微笑んだ。
「わたくしたち、幸せになりましょうね」
***
それから、速やかにサヴァンナとオーフェリアの婚約の差し替えが行われた。
姉の婚約者が妹に差し替わったことに思うところがある貴族はいただろうけれど、表だって口に出す貴族はほとんどいなかった。
オーフェリアがもともと優秀であり、周囲からの人望も厚い令嬢だったからだ。それに同じ公爵家の同父同母のご令嬢同士の差し替えだったので、政治的に大きな影響は出なかった。公爵家の当主夫妻が泰然と構えていたのも大きい。
そうしてサヴァンナは、まるで最初から決まっていたように、とある侯爵家の次男を次の婚約者として迎えることになった。
この次男は、半年ほど前から公爵家の侍従として仕えていてサヴァンナとも気心の知れた相手だった。相手が信頼のできる人柄であることを知っていたから、サヴァンナもすぐに受け入れることができた。
それと時を同じくして、王太子が病に倒れた。魔力回路に支障を来すとある風土病で、治癒魔法士でも対処の難しい、致死率が九割を超える病だった。
その風土病のことは国でよく知られていたから、通常であれば耐性のある住民以外には地域には近寄らないし、どうしても近寄る場合は予防の魔法薬を服用してから訪れるものだ。
けれど王太子はお忍びで、魔法薬も飲まずに軽率に一帯に近寄った。どうやら、愛人の一人に強請られて、話題になっている景色を見せてやろうと考えたらしい。
自分の立場を考えない、あまりに軽々しい行いに、王家も事実の公表は差し控えたらしい。王太子が亡くなった折には、国民には流行病を拗らせたと知らされた。
そんな新聞を読むサヴァンナの近くでは、妹のオーフェリアが侍女たちを付き合わせて楽しげにカードゲームをしている。記事を一通り読み終えてから、サヴァンナは一声かけて侍女たちを下がらせた。
「オーフェリア」
「なーに、お姉様」
オーフェリアは微笑んでいる。この世界の汚いものなど何一つ知らないような、天使のような笑みだった。
「謀ったわね」
「まぁ、人聞きの悪い」
きょとり、とオーフェリアが首を傾げる。
「わたくしの旦那様がちょっと怒っただけじゃありませんの」
ふわ、とオーフェリアが微笑む。この世界の生き物ではないみたいに。
オーフェリアはソファに深く座り直して、ティースプーンをティーカップの中に投げ入れた。他人どころか両親の前でも絶対にしない、子どものような仕草だった。
「はしたないわよ、オーフェリア」
「ごめんなさぁい」
サヴァンナが叱責すれば、ちらりと舌を出す。それから気を取り直したように、わざとらしく怒った顔をした。
「亡くなられた元王太子殿下は、お姉様とご婚姻された暁には、王族としてのお仕事をぜーんぶお姉様に押しつけて、ご自分はご愛人がたと遊びほうけるおつもりでしたのよ。わたくしの愛するお姉様に、そのような仕打ちが許されるわけがないではありませんの」
すぐに表情を戻して、くすりくすり、と笑う。
「お姉様はいっつも、殿下のなさりようを咎めていらっしゃいましたわね。だからわたくしは、言って差し上げましたのよ。わたくしは殿下を本当に本当に愛しておりますから、何もかも殿下のよろしいように致します、と」
「その結果、あなたの旦那様の悋気で殿下がお亡くなりになられても?」
「ご自分の権力の重要性もご理解なさらないかたが国王になどなられれば、お国は乱れましたでしょう。次に継承権の高い王女殿下は有能ぶりで知られています。最期に良いことをいたしましたわ」
うふふ、と満足げに笑いながら、オーフェリアはデザートフォークについた生クリームを行儀悪く舐め取った。
サヴァンナがもう一度叱るよりも早く、思い出したように眼を輝かせる。
「旦那様がお式に好きな人を呼んで良いと仰って、わたくしお姉様をお招きしたいとおねだりいたしましたのよ。きちんとお姉様のためのドレスも用意してありますから、楽しみになされませ。なにしろお姉様にとっては夢の中の出来事になりますから、ものをお渡しできないのは残念ですけれど」
愛する旦那様との結婚が一週間後にまで迫っているものだから、このところオーフェリアはずっと上機嫌だった。
それをサヴァンナは、公爵家の家族たちは、複雑な気持ちで眺めている。あと一週間でこの世界から喪われて永遠に会えなくなる妹を、複雑な気持ちで惜しんでいる。
オーフェリアがとある神に見初められたのは、オーフェリアがまだ五歳の頃のことだ。神が弱って動物の姿で行き倒れていたところを、オーフェリアが救いあげたのが出会いだった。
オーフェリアの十六歳の誕生日まで、あと一週間。誕生日にきっかりと合わせたオーフェリアの誕生パーティーが行われたその日の夜に、オーフェリアは神嫁に迎えられてこの世界から亡くなることになっている。
オーフェリアはこのところ、本当に楽しそうだった。この世界を楽しんでいる。あとたった一週間の人生を、全力で使い切るようにして、この世界を生きている。
「人間社会でのこととはいえ、わたくしの婚約者になどなれば遅かれ早かれ旦那様の悋気に触れて神罰を受けるのは当たり前のことですから。お姉様孝行は喜んで頂けたかしら?」
どこか人間からずれた、けれど強烈に魅力的な表情で、オーフェリアは首を傾げた。サヴァンナが下手くそに笑う。
「えぇ、お陰様でろくでもない婚約者から離れられて、誠実なひとと婚約することができたわ。ありがとう、オーフェリア」
「それはよろしゅうございました」
オーフェリアは本当に良いことをしたというように、満足げに頷いた。何を言えば良いのか判らなくて、迷って、サヴァンナは愛しい妹に声をかける。
「幸せになるのよ、オーフェリア」
「あなたも、お姉様」
愛に満たされた妹は、狂おしいほど美しかった。
なにしろちょうど40作目なもので『やべー怪文書が書きてーな!』と思ってエディタを開いたのですがなんだか無難なところに落ち着きました。まぁ、何ごともタイミングって、あるよね
人外なんてもんはお話が通じなきゃ通じないほど“好(ハオ)”なのでそういうお話を書きたかったのだけれど、神さまに見初められてから10年が経っても妹ちゃんが正気を保っている時点でこれはわりとお話が通じるタイプの神さまですね。ちょっと物足りないけれどそれはそれ。また何か思いついたら書きにきます
あくまでわたしの中のぼんやりとしたイメージなのですが(お話によって設定が変わることはある)、人間にとってお話が通じないのは、 神 >>>> 精霊 >> 妖精 >> 人魚 > 魔族 >= 獣人 って感じかなーと思っております
神と精霊は言わずもがな、妖精はちょっとだけ人間を気にすることもあるけれど基本的に自然のあるがままand気の赴くままに在るだけなので『ちょっとの悪戯』が人間にとってはめちゃくちゃ大惨事になったりする、人魚はそもそも人間と生息域が違うand生きるか死ぬかの生存競争まっただ中で生きているので人間とは根っからお話が噛み合わない
そういう意味では魔族とか獣人は単純に『強けりゃ強いほど良い』みたいな思考andそれぞれの種族の本能に従うだけなので、まぁ一応は人間に理解を示しやすいのかなって。人間と同じく二足歩行の地上生物だしね。分類が大雑把すぎるな
色んな人型種族が本当に存在して共存する世界があったら、この辺りの折り合いつけるのがめちゃくちゃ大変そうだよなーっていつも思います。そのぶん、人類文明がいったん『他者との違いを認められる』程度まで成熟すれば、そのあとは現実世界よりもよっぽど加速度的に倫理観の発達が進む気がしますけれど
それほど文明が成熟するまでそれぞれの種族が生き残っているかってことのほうが問題よね。まぁ、いまの現実世界だってホモサピしか残ってねーしな
神さまっているのでしょうか。神さまが存在する前提のお話ばっかり書いておいてあれですけれど
わたしはね、神さまっていないと思います。なぜなら、神さまがいるのだとしたらこの世界はあんまりにも悪いひとに有利にできすぎているから
でも、神さまっていると思います。なぜなら、悪いひとの行いは神さまが見ているからいずれ悪因悪果の報いを受けるとでも思っていないとやっていけないから
【追記20251123】
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