詫び石配るからそのバグ(バクではない)は返して?
――某国 神殿
召喚儀式の光が収まった時、神殿の空気は凍りついていた。
転移陣の中心に立つ少年は、黒い制服にスニーカー、肩に学生鞄。
どう見ても異世界に場違いな高校二年生だった。
「……あの、ここどこっすか? 文化祭のドッキリ……じゃないよね?」
少年――斎藤ユウトは、光る魔法陣を見下ろしながら目を瞬かせた。
王と神官たちは互いに顔を見合わせ、やがて震える声で叫ぶ。
「神が遣わした救世主だ……! ついに勇者が降臨なされた!!」
どっと歓声が上がる。
ユウトは一瞬たじろいだが、すぐに「勇者」という単語に脳内で何かがつながった。
(あっ……これ、なろう系のやつだ!)
気づいた瞬間、テンションが上がった。
彼は腰に差してあった安っぽい剣を掲げ、ドヤ顔で叫ぶ。
「えーっと、俺が勇者? まじ? ……異世界きたこれ!!」
神官たちは感涙し、王は金の杖を掲げた。
「勇者よ、この国を救ってくだされ!」
ユウトは胸を張る。
「お、おう! まかせとけって!」
だが、問題はそこから始まった。
――誰も、彼が“何の力を持っているか”知らなかったのだ。
◇
「ステータス解析、結果は?」
「……表示できません、陛下。数値が……いや、桁が……!」
王国魔法研究塔。
水晶球に手を当てた解析官が青ざめた。
次の瞬間、水晶が爆発した。
「な、何事だ!?」「神罰か!?」「いや、勇者様の力が強すぎるのだ!」
ユウトは慌てて手を引っ込める。
「えっ!? 俺なんかした!?」
王と神官は顔を見合わせ、次の瞬間、恐る恐る言った。
「……勇者様。あなた様の力は、我々の想定を超えています。その……神の御業かもしれません」
「え、まじ? 俺そんなに強いの? チート展開じゃん!」
――一方、その瞬間天界の管理コンソールではアラートが鳴っていた。
【警告】:新規異世界ユーザーがアドミン領域にアクセスしようとしています。
【対象】:召喚体 斎藤ユウト
「ま、間に合った仕様変更」
疲れた顔でアドミン権限アクセスのアラートを見るアパンとアリア。
あの日、アパンが間違えて召喚勇者にアドミン権限を付与してしまったのち、また同様のことが起こらないようにと現状のアドミン権限を使ってなんとか間に合わせたのがこの警告アラートだ。
新規アドミニストレータ―権限者が最初に権限実行をしたときにアラートがなり、多段階承認により認証されてから初めてアドミン権限が正式に使えるようにする。
それまでは世界基準では魔王程度の能力に制限。
ここは依存関係の関係で全く飲む能力にはできなかったので設定した項目になる。
「さて、じゃあ権限の回収に行きますか」
とはいえ、バランスブレイカーには違いないので権限を本人の同意を得たうえでアドミン権限をはく奪し、代わりの物を付与する必要はある。
あくまで仕様の穴をついた変更なのでアドミン権限はアドミン権限なのだ。
「わかったわ」
現実世界では一瞬ではあるが天界の時空をゆがめたことにより、開発中苦楽を共にした二人はある意味熟年の夫婦のような関係になっていた。
◇
地上。神殿の空間が再び光に包まれた。
眩しい白光の中、ひとりの女神が現れた。
「……神……様……?」
ユウトは思わず膝をついた。
アリアはやわらかく微笑み、透明な声で言う。
「こんにちは、斎藤ユウトさん。少しだけ、お話があります」
「え、えっと……俺、なんか悪いことしました?」
「いいえ。むしろ、神界の方がミスをしてしまいました」
「ミス……?」
アリアは頷いた。
「あなたが召喚された際、本来より少し多くの祝福を与えてしまったんです」
「え、それって……」
「はい。“チート”です」
ユウトの目が輝いた。
「マジで!? やっぱ俺、神に愛された男!?」
「バグが入っていて危険なので、いったん回収させて頂きたいのです」
「えー」
凄く嫌そうな顔をするユウト。
「もちろん補填は致します。このような内容はいかがでしょうか?」
アリア極力穏やかな表情を維持するのに細心の注意を払いながら、胸の前に光の画面を出す。
そこにはいくつかの“お詫び特典”が表示されていた。
【神界お詫び特典パック】
・攻撃力×100(勇者限定キャンペーン)
・回復力×500(期間無制限)
・ナデポ(撫でるとヒロインがポッとなって好感度が上がる奇跡の手)
・セクシーサポート天使(お好きにお使いください)
ユウトは文字を読み上げ、目を輝かせた。
「な、ナデポ!? なでるだけでヒロインがデレるやつ!? マジで!? これ神ゲー超えてる!」
アリアは少し戸惑いながらも微笑む。
「……ええ、まぁ、神の加護には“愛され力”も含まれていますから」
「神様、分かってる……!」
感動するユウト。
一方で王と神官たちはぽかんと口を開けていた。
◇
王国は歓喜に包まれた。
“神の直訴を受けた勇者”として、ユウトは聖剣を授かり、
見送りの儀式で民衆に手を振る。
「俺、行ってきます! 神様見ててくれ!」
その声を、天界のモニターでアパンとアリアが見つめていた。
「……よかったですね。権限、無事戻ってきて」
「あぁ。危なかった。『管理コンソール』とか言い出してたらアドミン権限がばれて打つ手なしだった」
「でも、斎藤さん、おちゃらけてはいますが、根はまじめな子のようでした。きっと良い勇者になりますよ」
「だな。……それにしても」
「?」
「アリア、営業スキル高すぎない?」
たまに会社公認で凸ってくる生保の人みたいに丸め込まれてったよあの勇者。
アリアは頬を赤らめた。
「そうですか……えへへへへ」
何この可愛い生き物。
「褒められるのは久しぶりなので……」
「これからは俺がいくらでも褒めてやるよ」
そのとき、新しいログが浮かび上がる。
【管理負荷:安定】
【勇者権限:未使用】
【恋愛フラグ:進行中】
「……最後の行、どういうこと」
「仕様です」
アリアがぷいっと顔を背けた。
アパンは肩をすくめ、そっと呟いた。
「ま、いいか。神の仕事も、悪くないな」
デスマーチの結果、俺はありようが神寄りになってしまっていた。
権限だけではなく魂のありようがそうなってしまったのだそう。
人間にはつらい事ですとアリアが悲しそうな顔をしていたが、横にこんな女神がいる職場なら、まぁ悪くない。
そう思いながら地上を見下ろすアパン。
地上ではひとりの高校生勇者が新しい冒険へと歩き出していた。




