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9.私生児

※本話には別の物語が挿入されています。

「ここなら、私たちを知っている人はいません。しばらく暮らしませんか?」


 騒がしい王都を離れ、女はこの街を気に入ったようだ。

 ここは王都のように人は多くないし、少なすぎるわけでもない。よそ者でも目立たずに生活できそうだ。


「身に着けている宝石を売れば、まとまったお金になります。当面の生活には困りません。なんなら、ここでお店を開きましょう」


 女に笑顔がこぼれる。追手から逃げる生活には疲れた。ここで暮らすのも悪くないかもしれない。


「そうですね。念のために、数日滞在して様子をみましょう」


 アルバートは女と市場へ向かった。


「手配書がここにもありますね」


 女はうつむいたまま小声で言った。二人の手配書が広場に掲示されている。似顔絵が似ていないことが、逃げる二人にはありがたい。懸賞金は銀貨500枚、平民の一家が2年は暮らせる。


「メイザース王国中に貼ってあるでしょう。しばらくすれば別の手配書が貼られて、この手配書は外されます。それまでの辛抱です」


 アルバートは愛想笑いを浮かべた。手配書の二人だと気付く者はいない。そのはずなのに、通行人の視線が二人に向いているのでは、と落ち着かない。

 必要な物資を買いそろえた二人は、空き店舗を探すために不動産屋に立寄ってから、安宿に戻った。


「お客様がお待ちです」


 部屋に上がろうとしたら、宿の主人が隣の喫茶スペースを指した。


 追手に見つかったのか? いや、あの手配書の似顔絵では通報する者はいない。

 それなら、不動産屋の主人だろうか? 希望する物件がなかったのに、空き物件がすぐに出てくるわけがない。


 アルバートが喫茶スペースをのぞき見ると、身なりのよい男が手紙をじっと見つめていた。



 ◆◆



 放心状態のローズの手を引いて歩いた。門の前に見覚えのある女性がいる。ミルズ子爵家の侍女、リディアだ。ミルズ子爵家は孤児院の運営に関わっているのだから、リディアがいても不思議ではない。


「リディアさん、ごきげんよう」

「ローズ様?」


 ローズの姿で話しかけたから、驚いたのだろうか? いや、違う。男の子を隠した。

 男の子は首飾りを下げていた。特徴的な羽の首飾り、路地裏でローズの金を奪った少年だ。


「この前、路地裏で会ったよね?」


 少年はマリーに気付いたのか、目を逸らした。


「リディアさんは、この子とお知り合いですか?」

「ええ、まあ」


 リディアもマリーと目を合わせず視線を逸らした。男の子は手に何かを持っている。


「イグナリエル神の像ですね」


 イグナリエル神の像は、信仰の対象であり、高価なので大切にされている。孤児院の子が無造作に持つような代物ではない。


「ちょっと、見せてください」


 有無を言わせず、男の子から像を取り上げて、裏面を見た。番号がない、偽物だ。


「これをどこで?」


 男の子は落ち着きなくリディアを見た。リディアは首を横に振る。


「いいなさい!」


 リディアの体がびくりと動いた。男の子を抱きしめて震える。


「ちが……うぅぅ……」


 リディアは言葉を詰まらせて口をパクパクさせる。うろたえるリディアを見かねたローズが「まずは事情を聞きましょう」と耳元でささやいた。


 リディアが落ち着くのを待った。リディアはしばらく沈黙したあと、マリーを真っ直ぐに見た。


「この子は私の息子です。悪い上級生に命令されて、仕方なく……見逃してください」


 事情を聞くため、二人を馬車に乗せた。


「これから質問することについて、話したくなければ話さなくても構いません」


 リディアは小さく頷いた。


「まず、あなたの息子が、なぜ孤児院にいるのですか?」


 リディアはため息をついたあと、静かに語り始めた。息子はミルズ子爵とリディアの間に生まれた。ミルズ子爵はリディアを妾にしようとしたのだが、夫人が激しく反対した。夫人との間の息子の家督を脅かすのではないか、と恐れたようだ。ミルズ子爵は婿養子だから、夫人には逆らえない。


 夫人の反対により、息子はミルズ子爵の子として認められなかった。さらに夫人は、リディアと息子に対する金銭的な援助にも反対した。そして、息子はリディアが一人で育てることになった。


 リディアが一人で息子を養うことは難しい。孤児院に寄付するから、そこに息子を預けてはどうか、とミルズ子爵はリディアに提案した。こうして、ミルズ子爵家は孤児院の運営に関わることになった。

 リディアは週に一度、息子に会うために孤児院を訪問している。


「それは大変でしたね。それなのに、きつく当たってしまい、ごめんなさい」

「いえ、私が悪いのです」


 いや、違う。悪いのはミルズ子爵。リディアはミルズ子爵に人生を狂わされた被害者。

 眉が吊り上がりそうになるのを抑えて、深く息をする。


「なぜ、あなたの息子がイグナリエル神の像の偽物を持っていたのですか?」

「孤児院の上級生に、あの像を売るように命令されたそうです」


 リディアが食料品を買うために路地を歩いていたら、息子が通行人に像を売りつけるのを見つけた。リディアは息子に詰め寄って、問い詰めた。

 孤児院には偽物の像を仕入れてくるリーダーがいて、下級生を使って売りさばく。像が売れないと棒で叩かれる。リディアの息子の上着をめくると、複数のあざが背中にあった。


「ひどいわね」


 ローズは目を逸らした。弱い者をいじめ、精神的に支配し、犯罪に加担させる。酷いやり方だ。


「ねえ、それはいくら?」


 息子は「銅貨1枚」とぶっきらぼう言った。袋から銅貨を取り出し、「はい」と差し出す。息子が銅貨を取ろうとしたら、手を引いた。


「何すんだよ」


 息子はマリーを睨みつけた。


「これから、君の像は全部買ってあげてもいい。けど、誰が孤児院にこの像を持ち込んでいるかを教えるのが条件。いい?」


 息子は口元に手を当てて黙り込んだ。


「みんなCって呼んでる。Cは像を孤児院に運んできて、リーダーに販売ノルマを指示する。リーダーが下級生の担当を割振るんだ」


 Cは頭文字だろう。孤児たちはCの指示に従って、偽物の像を売りさばく。


「Cに会ったことは?」

「ない。Cはリーダーにしか会わない」


 Cの存在を知るものが増えれば、捕まりやすくなる。狡猾なやり方だ。


「路地裏で金を盗んだのはCの指示かな?」


 息子は目を合わせず頷いた。Cはローズが大金を運ぶことを知っていた。Cはローズに近い人物か、その人物から情報を入手した者。


「そっか。じゃあ、次に像を運んでくるのはいつ?」

「ええっと、明日担当割があるから、今日のはず」

「時間は?」

「多分、夜の10時。いつもその時間に門が開く音がする」


 時刻は6時。今から王立警察に連絡して、犯行時刻に間に合うだろうか?



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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