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5.占星術師

 馬車がダリオ商会に到着すると、ローズが笑顔で出てきた。機嫌がよさそうだ。

 ローズには学校を休むように言ったのだが、「一度、行ってみたいわ」と譲らなかった。伯爵令嬢にふさわしい場所だとは思えないのだが、どうだったろうか?


「あら、お二人は友達になれました?」


 マリーはカトリーヌと顔を見合わせて、「ええ、まあ」と愛想笑いを浮かべた。


「疲れました。貴族社会があんなに窮屈だと思いませんでした。ローズ様はどうでしたか?」

「平民の学校があんなに楽しいなんて知らなかった。毎日でも通いたいわ」

「そうですか」


 マリーの予想に反して、ローズは学校を気に入ったようだ。


「学校帰りに露店があったから、クラスメイトとクレープを食べたの。あとね、ナンシーとお揃いの指輪を買ったの。お揃いよ」


 ローズは指にはめた安物の指輪を見せた。ローズは明るい声で話す。よほど楽しかったのだろう。貴族は従者が馬車で送迎するから、気軽に寄り道などできない。


「何か、困ったことはありませんか?」


 ローズは「そうね」と口元に手を当てて黙り込んだ。


「そういえば、クラスメイトが私の話し方を真似したの。みんな、私を『令嬢』って呼ぶのよ」


 伯爵令嬢として育ったローズには、貴族の言葉が染み付いている。平民の中に混ざると、目立つ。元に戻っても、マリーは「令嬢」と呼ばれるだろう。額に手を当ててため息をついた。


「どうかしました?」と覗き込むローズに、「いえ」と引きつった笑みを浮かべた。

 そんな二人のやり取りを見て、カトリーヌは笑っていた。


**


 奥の部屋でローズに50年前の事件について話していると、ノックの音がした。扉を開けると、年配の男が立っていた。長身の男は、灰色の髪を後ろに流し、黒のスーツを着用している。


「お嬢様、占星術師の居場所が分かりました」


 男は深々と礼をした。カトリーヌの執事のようだ。執事は部屋に入ると、占星術師の居場所をカトリーヌに伝えた。カトリーヌが「ありがとう」というと、執事は礼をして部屋を出ていった。


 貧民街の外れ、そこに占星術師は住んでいる。貧民、犯罪者が不法占拠した貧民街に、貴族の馬車が通ろうものなら、格好の餌食となる。護衛をつけても、どこから狙われるか分からない。立ち入ること自体が危険なのだ。執事も情報を入手しただけで、貧民街に入ったわけではないだろう。


「貧民街は危険です。ローズ様がいくような場所ではありません。一人で占星術師に会って、元に戻る方法を訊いてきます」


 ローズは髪を触りながらテーブルの一点を見つめた。


「あなただけを危険な場所に行かせるわけにはいきません。それに、今のあなたは伯爵令嬢です。あなたが死ねば、私も死にます」


 たしかに、マリーが死ねば、ローズが戻る身体がなくなる。つまり、伯爵令嬢は死ぬ。


「それなら、誰かを代わりに行かせますか?」

「それはだめ。占星術師から次の日時を聞き出すためには、私たちが入れ替わっていることを話さないといけない。情報が漏れると危険だわ」


 どこから情報が漏れるか分からないから、ローズは家臣にも話したくない。

 派閥争いが激しい貴族社会では、トリスタン家と対立する勢力に情報が漏れることを避けなければいけない。マリーの体に入ったローズを暗殺するかもしれないのだから。


「二人で会いにいけばいいのよ」

「へっ?」


 突然のことで、変な声が出た。目を丸くして、ローズを見る。貧民街が危険な場所だと理解しているのだろうか?


「部屋にたくさん賞状があった。あなた、強いのでしょ?」

「ええ、父に小さなころから鍛えられました。遠方に買い付けに行くと、盗賊に遭うこともありますから。棒術なら誰にも負けません」

「私も剣術には自信があるの」

「ローズ様が?」

「トリスタン伯爵家には男子がいない。だから、お父様は私を息子として育てようとしたの。カトリーヌのお父様が説得してくれなかったら、今ごろ私は、伯爵家の子息として家督を継ぐところだったわ」


 ローズは首をすくめた。貴族の家督相続は、マリーの想像よりも厄介な問題のようだ。


「それに、手足の長いあなたの身体だったら、誰にも負ける気がしない。だから、一緒にどう?」


 貧民街は危険な場所。だけど、ローズを守る必要がないなら話は別だ。


「わかりました」


 マリーは小さく頷いた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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