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4.王立学院

 翌朝、マリーはやわらかな朝の光で目を覚ました。絹のシーツに包まれたまま、ゆっくりと目を開ける。光が窓の装飾に反射して天井が輝く。身体を起こすと、大きな鏡に寝ぼけ顔が映った。黄金の髪、整った目鼻立ち。


「……夢じゃないんだ」


 ローズの姿、豪華な寝室、外から聞こえる小鳥の声、すべてが現実。

 これから、伯爵令嬢として生活しなければならない。


 “トン、トン”


 ノックの音がすると侍女のサラが入ってきた。


「ローズ様、今日のお召し物をお持ちしました」


 サラが出した服を手に取った。

 肩、胸、スカートに付いたラッフル。高価な服ではあるが、上品さがない。伯爵令嬢として世間の目にさらされるのだから、洗練された装いにすべきだろう。なにより、マリーはこの服で出歩くのが恥ずかしかった。


「今日はこれを着る気分ではありません。ラッフルのないドレスはありませんか?」


 予想外の反応だったのか、サラは口元に手を当てて黙り込んだ。


「そういえば……ローズ様の誕生日に奥様が贈られたドレスがあります。すぐにお持ちします」


 サラが持ってきたドレスは、質素だが洗練されたものだった。


「これにするわ」


 ドレスに着替え、単色のネックレスを着けた。ついでに髪型も変えよう。


「髪をアップにしてくれますか?」

「ツインテールではなく、ですか?」

「そうです。アップを試したいのです」


 サラが整えた髪を、鏡を確認する。やはり、こちらのほうがいい。ローズは目が大きく、鼻筋が通っていて、唇が小さい。それらを活かすメイクを施す。貴族婦人を華麗に変身させるマリーにかかれば、雑作もない。瞬く間に、大人の女に変身した。


「ローズ様、本当に素敵です」


 メイクを終えたマリーを見て、サラが息を呑んだ。


「ありがとう」


 笑顔が自然にこぼれた。


**


 石畳の上を車輪の音が響く。馬車の中で、マリーは窓の外を見つめた。朝の街は、行商人が荷を並べ、子どもたちが桶を抱えて井戸へ走る。街外れの道へ入ると、石造りの門の奥に巨大な校舎が見えた。王立学院だ。

 貴族子女が学ぶ学院。昨日までは別世界の場所だった。長いため息をついた。これから、ローズとしてこの学院に通わなければならない。

 失敗してはいけない。ローズに迷惑が掛かる。膝の上で両手を重ね直し、背筋を伸ばした。


 馬車を降りて正門をくぐると、周囲の視線を感じた。何かおかしな振舞いをしていないか不安になる。校舎に入り、廊下を歩いて教室へ向かう。窓から身を乗り出す女子生徒の会話が聞こえた。


「どこの令嬢かご存じかしら?」

「いえ。きっと、転校生でしょう」


 髪型、メイク、ドレスを変えたから、女子生徒はローズだと気付かない。男子生徒もローズを一目見ようと列をなす。ローズを別人にした腕前を褒められているようで、両手を胸の前でぎゅっと握った。


「ローズ……ですわよね?」


 教室に入ると、女子生徒の声がした。振り向くとカトリーヌが立っていた。ブランド侯爵令嬢、ローズの従姉妹。ローズから、唯一信頼できる親友だと聞いた。

 ダリオ商会の顧客からもよく噂を聞いた。社交的で顔が広い。かくいう、マリーはカトリーヌを何度か接客したことがあった。


 別人のような従姉妹に困惑したカトリーヌは、目を大きく見開いた。


「あの、これを」


 マリーはローズから渡された封筒をカトリーヌに渡した。カトリーヌは封を解いて、手紙に目を通す。


「えっ? どういうこと?」


 カトリーヌはこめかみに手を当てて考え込んだ。


「あなた、ダリオ商会の?」

「はい。何度かお会いしたはずです」

「そうね、覚えているわ。そのコーディネートはあなたが?」


 カトリーヌは全身をなぞるように、手を動かした。


「はい。衣装とメイクを変えまして」

「さすが、一流の職人ね。ローズには悪いけど、こっちのほうが十倍いいわ」


 さすがにやり過ぎた、とマリーは苦笑いをする。


「それにしても、大変でしたわね。王立学院では私がお助けしますので、心配なさらないでくださいませ」

「カトリーヌ様、ありがとうございます」

「カトリーヌと呼んでください。普段と違う呼び方をすると、他の生徒が余計な詮索をしますわ」

「では、カトリーヌ……ありがとうございます」

「いいのよ。それよりも、目元のメイクの仕方を教えてくださらない?」


 カトリーヌは首をすくめた。


**


 どうにか王立学院の初日を乗り切ったマリー。くたくたになって馬車置き場に着いた。貴族社会に憧れていた。けれど、貴族の生活がこれほど精神を消耗させるものだとは想像していなかった。平民の生活がどれほど楽かを思い知る。

 王立学院にはどこでも敵がいる。腹を探り合う貴族令嬢、主従関係にある高位貴族に媚びを売る子息たち。気を引き締めていないと、ローズの立場を悪くする。

 この生活が続くかと思うと……マリーは長いため息をついた。


「あら、ここにいたのね」


 カトリーヌの声がして、ほっと胸をなでおろした。事情を知っている人間がいないと、王立学院でやっていけそうにない。


「ダリオ商会に寄ってから、屋敷に帰ろうかと思いまして」

「好都合だわ。ローズにも話したいことがあるから、一緒に行きましょう」


 カトリーヌはトリスタン家の馬車に乗り込んだ。


「ブランド家の馬車はどうされるのですか?」

「大丈夫です。後をついてきますから」


 馬車はダリオ商会に向けて、ゆっくりと発進した。

 揺れる車輪の振動が伝わる。馬車の振動に慣れないマリーは、クッションから腰を浮かせて窓枠をそっと押した。隙間から入る外気は冷たい。そのひやりとした冷気が頬をなでる。


「実は、入れ替わりの話を祖母から聞いたことがありますの」

「入れ替わりの話をですか?」

「ええ」


 カトリーヌは祖母から聞いた50年前の事件を語った。

 貴族令嬢と平民の女性が入れ替わった。二人を元に戻す方法を探すため、家臣が国中から研究者を募った。ある占星術師が二人の入れ替わった日時、場所、他の事象との因果関係から、月の満ち欠けが関係することを発見した。占星術師は、次に事象が起こる日時、場所を計算して、臣下に伝えた。占星術師の指定した日時にその場所に行くと、二人は元に戻ったらしい。


「その占星術師はまだ生きているのですか?」

「それは分からないの。今、執事に調べさせているわ」


 カトリーヌの祖母の話が本当であれば、ローズとマリーは元に戻れる。緊張から解放されたマリーは、長く息をついた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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