妹を溺愛してる王子に見初められたら、まさかの王子がシリアルキラーで私の恋心返して&ホラー展開の件
ようこそいらっしゃいました!本作は一見すると胸キュン王宮ラブコメ……なのですが。
タイトルでお気づきの方もいらっしゃるでしょう、ええ、そうです。R15要素がございます。
「え、甘々ラブストーリーかと思ったら……?」
――そのあたりは、どうかタイトルで察してください。ごめんちゃい。
ラブコメ全開のきらめきと、ときどきのドキドキ……そして、ちょっぴり背筋がひやっとする展開も含めて、最後まで楽しんでいただければ幸いです!
――これは、王子と妹が人々に見せていた日常のひとこま。
アルベルト王子には、誰もが知る溺愛の対象がいた。妹のプリンセス、エリス。
まだ十代の幼さを残す彼女は、宮廷の花と称されるほどの美しさで、そして王子にとっては何よりも大切な存在だった。
彼は毎朝、妹の寝室の前で花を抱え、起きるのを待つ。プリンセスが目を覚ませば、世界で一番幸せそうに微笑み、髪を梳かし、靴を履かせ、食事の一口目を必ず彼女の口へ運ぶ。妹が甘えれば「愛しい天使」と囁き、彼女が笑えば「この笑顔を見るために生きている」と言って憚らない。まるで恋人以上に深い絆を確かめ合うかのように、二人だけの世界を作っていた。
庭園では腕を絡ませ、花冠を互いに編んで載せ合い、周囲の侍女たちが頬をひきつらせるほどの甘さでじゃれ合う。プリンセスが少しでも咳をすれば、王子は半狂乱になり、宮廷中の医師を呼び寄せて大騒ぎする。誰の目にもそれは尋常ではなく、むしろ気味が悪いほどのシスコンぶりであった。
――けれど、最近は二人揃う姿を誰も見なくなっていた。人々は「プリンセスは病で臥せっている」と噂し、王子に尋ねれば「妹は病に伏しているのだ」と柔らかく答えるばかりだった。
そんな誰もが知るシスコン王子の姿があったことを、私はまだ知らない。私とアルベルト王子の出逢いは、その少し後のことになる。
■
朝の森はまだちょっぴりひんやりしていて、吐く息が白く揺れた。小鳥のさえずりに気を取られていた私の愛馬は、なぜか突然テンション爆上がり。前脚を高く振り上げると、きゃあっと叫ぶ私を乗せたまま森の奥へ全力疾走し始めたのだ。
「ちょ、待って!暴れないでぇぇ!」
必死に手綱を引くけれど効き目ゼロ。枝が顔をかすめるたびに心臓が飛び出そうになる。いっそこのまま転げ落ちた方が楽なんじゃ……と半泣きになったその時――。
「危ないっ!」
ぐいっと力強い腕に抱きとめられた。視界に飛び込んできたのは、光をはね返す金色の髪と完璧すぎる横顔。アルベルト王子。そう、この国の第一王子にして、将来の王様確定な御方が、なんと私をお姫様抱っこしている!
「もう大丈夫。怖がらなくていいよ」
耳元に落ちる低くて優しい声。……や、やばい。近すぎる。胸板の硬さと温もりに包まれて、私の心臓はドラムのごとく暴れていた。体温が移って顔まで真っ赤になるのを、自覚せざるを得ない。
……えっと、ここで改めて自己紹介。私はリディア・エインズワース。辺境のちっちゃな男爵家の娘で、取り柄もない平凡な令嬢。そんな私が今、未来の王に抱きかかえられてるとか……これ、完全に恋愛小説の冒頭シーンですよね!?
あぁ、これぞ運命の出逢い。胸が甘くしびれて、頭の中で鐘が鳴り響く。思わず見上げると、アルベルト王子の瞳が優しく私を見つめ返していて、心臓がさらに爆発しそうになった。
――その時だった。馬の荷から、かすかに「おぎゃ」と赤子の泣き声がした気がする。え、今の何?一瞬耳を澄ませるけど、風にかき消されてしまった。
(……いやいや、幻聴だよね!?赤ちゃんの声なんて、このシチュエーションに似合うわけない!)
必死にそう思い込み、私はときめきでいっぱいの胸を両手で押さえた。けれど、アルベルト王子の腕の中の温もりは甘すぎて、幻聴ごときじゃ揺らがないくらい、心は彼に惹かれていくのだった。
アルベルト王子は、まるで恋する青年のように毎日のように私の屋敷へ足を運んだ。
最初に届いたのは庭いっぱいの花束。
翌日は香水、さらに翌日は煌めく宝石の髪飾り。
テーブルの上に積まれていく贈り物を前に、女中たちは「これはもう求婚と同じですわね」と顔を赤らめ、私まで耳まで真っ赤になる。
「こんなに贈り物をいただいては……王子様、お気遣いが過ぎます」
「気遣いじゃない。君に喜んでもらいたくて、僕は何でもしたいんだ」
真剣に見つめられて、心臓が痛いほど高鳴る。
王子の瞳は私を射抜くように熱く、視線を逸らせない。
ある日、王子は私を庭園に誘ってくれた。
春の花々が咲き乱れる小道を並んで歩く。
ふと差し伸べられた王子の手。恐る恐る取れば、その瞬間に指先から胸の奥まで電流が走ったようで、息が詰まりそうになる。
「手が……震えているね。僕といるのはそんなに緊張する?」
「ち、違います! ただ……嬉しくて」
「なら良かった。僕は君といる時が一番安らぐんだ」
彼がふっと笑えば、花よりも眩しい光が世界を照らすようで、私の心臓は忙しく跳ね続けた。
舞踏会の夜は、さらに夢のようだった。音楽に合わせて踊りながら、王子が耳元で囁く。
「君が隣にいると、妹の病のことも忘れられる気がする」
「……そんな、大切な妹君を忘れるなんて」
「忘れるんじゃない。ただ……心が軽くなるんだ。君は不思議だね」
「私も……王子様といると、胸がいっぱいになります」
「リディア。君が笑ってくれるなら、僕は何度でも踊ろう」
視線が絡んだだけで足がもつれそうになり、頬が熱を帯びる。周囲の視線もまた温かかった。「王子は妹君を溺愛なさっているから」と人々は囁くが、その口調はむしろ優しい兄の評判を楽しんでいるかのよう。
王子が「僕のすべては妹のためだ」と繰り返しても、その声音があまりに優しく、まるで恋人に向ける言葉のように聞こえてしまう。
「妹は……僕の宝だ。でも、君もまた宝なんだよ」
「そ、そんなこと……」
「本当さ。僕は君に恋をしている」
花束に囁き、触れる指先。
すべてが甘美で、すべてが私を王子へ惹きつけていく。
まるで絵本の恋物語に閉じ込められたように、アルベルト王子と過ごす時間は、私にとって何よりも愛おしい宝物になっていった。
アルベルト王子に誘われ、私は初めて王城を訪れた。
陽光を受けて輝く白亜の壁はまぶしく、長い廊下に並ぶ絵画や燭台は一つ一つが芸術品のようで、まるで夢の中を歩いている気分だった。
けれど、王子が隣にいるだけで、その夢はさらに甘美なものになっていく。
「どうだい、リディア。退屈していないか?」 「いいえ、とても素敵ですわ。まるでおとぎ話の世界に迷い込んだみたいで」
「君の笑顔を見られるなら、僕は何度でも案内したくなるよ」
「……そ、そんなこと……」
「本当さ。君の手を取って、この廊下をずっと歩いていたい」
さりげなく伸ばされた王子の手に触れ、胸が熱を帯びる。歩調を合わせるだけで、心臓が忙しく跳ねた。
けれど、その時だった。
視線の先に、重々しい鉄の扉が見えた。
大理石の床に似つかわしくない、冷たい光を放つ黒鉄の扉。その隙間から、かすかに呻き声が響いてきたような気がして、思わず足を止める。
「今……声が、しました?」
「……っ!」
アルベルト王子の指が私の手をぎゅっと強く握った。振り返った彼の笑顔は優しいはずなのに、どこか張り詰めている。
「リディア、そこには近づかないで」
「でも……確かに聞こえました。誰かが苦しんでいるような」
「……妹だよ。病で苦しんでいるだけなんだ。医師に任せてあるから、君が心配することじゃない」
「妹君……病に……」
「そうだ。僕が守らなきゃいけない大切な存在だ。だから、お願いだよ。ここでは笑っていてほしい。君の笑顔があれば、僕も支えられる」
王子はそう言って微笑んだ。その声は甘くて優しい。けれど、扉の向こうから聞こえた鉄を引っ掻くような音が耳にこびりつき、その笑顔の奥にある翳りを見てしまった気がした。
信じたい。信じなくては。だけど、胸の奥に芽生えた冷たい違和感が、どうしても消えてくれなかった。
■
昼下がりの庭園に、やわらかな風が吹き抜けていた。
色とりどりの花々が咲き乱れ、蝶がひらひらと舞い、噴水の水音がきらめく日差しに溶けていく。
そんな中、私とアルベルト王子は並んで歩いていた。
陽光を浴びた王子の金の髪はきらきらと輝き、まるで物語から抜け出した王子様そのものだった。
「リディア」
「……はい?」
名を呼ばれるだけで心臓が跳ねる。
振り返ると、王子は真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
その瞳に吸い込まれそうになり、息が止まりそうになる。
「ひとつ、お願いがあるんだ」
「お、お願い……ですか?」
「そう。今度、城で大きな舞踏会が開かれる。どうしても君に来てほしいんだ」
「わ、私に……? そんな大きな場に……」
「もちろん。君が来てくれなければ、僕の夜は始まらない」
さらりと告げられたその言葉に、頬が一気に熱を帯びる。胸が甘く締め付けられ、視線を逸らそうとしても王子の微笑みに捕らわれてしまう。
「で、でも……私なんかが本当に王子様の隣に立てるのでしょうか」
「何を言うんだ。僕は君と一緒に踊りたいんだ。皆の前で、リディアが僕の隣にいると示したい」 「っ……そんな……」 「君が笑ってくれるなら、僕は百曲でも千曲でも踊れる」
花の香りと噴水の水しぶきが夢のように混ざり合う。王子の言葉が一つ一つ、
心の奥深くへ染み込んでいく。私は胸を押さえ、必死に気持ちを整えようとするが、顔の赤みはどうしても隠せなかった。
「お、お誘いいただけるなんて……夢のようです」 「夢じゃない。現実だよ。君のために僕はどんな準備でもする。だから必ず来てくれるね?」
差し出された王子の手。
恐る恐る握り返すと、彼の手が私を包み込む。あたたかさに全身が震え、視界がにじむ。嬉しそうに微笑む王子の顔が陽射しよりも眩しく、私はただ夢中で頷いた。
「……はい。喜んで参ります」
「ありがとう、リディア。最高の夜にしよう」
その言葉に胸が高鳴り、私はまるで空を歩いているかのような気分だった。
煌めくシャンデリアが光を散らし、舞踏会の大広間は宝石箱のように輝いていた。楽団の奏でる優雅な旋律に合わせて、ドレスとタキシードが色とりどりに舞う。その中で、アルベルト王子が私に手を差し伸べてきた。
「リディア、今夜の君は星よりも眩しい。僕と踊ってくれるだろうか?」
「も、もったいないお言葉ですわ……よ、喜んで」
差し出された手に触れた瞬間、胸がきゅっと締め付けられる。引き寄せられて舞踏の輪に加われば、王子の腕の中で世界が音楽に溶けていくようだった。
「君の瞳が僕を惑わせる。今夜は夢みたいだ」 「わ、私も……王子様とこうして踊れるなんて、信じられません」
「リディア、君と踊る時間が永遠ならいいのに」
耳元に囁かれたその言葉に、頬が熱を帯び、心臓が跳ねた。目を合わせただけで息が詰まり、笑顔を返すだけで精一杯になる。周囲の視線が集まっているのも忘れ、私はただ夢のような一夜に酔いしれていた。
曲が終わり、互いに一礼した時。アルベルト王子はふっと柔らかく微笑み、私の手を強く握った。
「リディア。今度、妹にも君を会わせたい」 「……妹君に、ですか?」
「そうだ。きっと喜ぶ。僕にとって妹は世界のすべてだから。君を紹介できたら、どんなに嬉しいだろう」
優しい声でそう告げられ、胸がまた甘く震えた。けれど同時に、どこか説明できない違和感が心の隅に残る。微笑ましい兄の言葉に聞こえるはずなのに、その瞳の奥には別の色が潜んでいるような気がして――私は小さく瞬きを繰り返した。
舞踏会の余韻を胸に抱えながら、私はアルベルト王子に伴われて城の廊下を歩いていた。
煌びやかなシャンデリアや音楽の響きがまだ耳に残り、胸は甘く痺れるようだった。
つい先ほどまで王子と踊っていた夢の時間が、まだ身体の奥に残っている。
「リディア」
「はい、王子様」
「妹が病で臥せっている。……だから、君に会わせたいんだ」
不意の言葉に、心臓が跳ねた。舞踏会の後に、そんな願いを口にするなんて思いもしなかった。
「わ、私に……? 光栄ですわ」
「ありがとう。君ならきっと、妹も喜んでくれる」
柔らかい微笑みに、胸がきゅうと締め付けられる。けれど同時に、以前に城で耳にした呻き声が、記憶の底から這い出してきた。鉄を引っかくような、あの不気味な音……。震える指先をドレスの裾に隠し、必死に打ち消そうとする。
王子に手を取られ、夜の静寂に包まれた廊下を進む。長い廊下の燭台が揺れ、影が床に伸びて不安を煽るようだった。
「リディア、大丈夫だよ」
「……はい」
やがて辿り着いたのは、石造りの階段。
冷たい空気が下から吹き上がり、背筋をなぞる。まるで別世界へと誘われるように、暗い地下への入口が口を開けていた。
「怖がらなくていい。妹もきっと喜ぶから」
優しく囁く声は甘い。けれど、不思議と心臓は冷たい氷に握られたように震えていた。
石造りの階段を降りていくと、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
揺れる松明の光が壁に影を落とし、まるで地下へ続く秘密の回廊のよう。心臓が不安で早鐘を打つのに、隣のアルベルト王子が手を強く握ってくれるだけで、胸の奥が甘く痺れる。
「リディア、大丈夫。僕がいる」
「……はい。王子様のお手に導かれているだけで、怖さも忘れそうです」
「そう言ってくれると嬉しいな。君は僕にとって、もう希望そのものだから」
そんな言葉をさらりと口にするなんて反則だ。顔が熱くなり、まともに見上げられない。ドレスの裾を踏みそうになったところを王子に支えられ、また胸が高鳴る。
「君は可愛いな。まるで小鹿のように震えていて……守ってあげたくなる」
「そ、そんなこと……恥ずかしいです」
「恥ずかしがる君が、また可愛い」
甘い言葉が耳をくすぐり、心臓が踊る。まるで舞踏会の延長のように、王子と私だけの世界が地下へと広がっていく。
けれど、やがて辿り着いた先――鉄格子の向こうに、白いドレスを血に汚した少女がいた。
妹姫エリス。蒼白な顔で目だけが爛々と光り、肉の匂いが漂う。
「……あれは……」
「僕の最愛の妹、エリスだよ」
アルベルト王子は恍惚とした笑みを浮かべ、格子に近づいた。
「エリス、今日は特別なお客を連れてきた。紹介するよ、僕が恋をした女性だ」
「……え……」
私の喉がひゅっと締まり、言葉を失う。
「リディア。君のように愛を抱いてくれる人を……僕は妹に与えたいんだ」
「……な、何を……仰って……」
「赤子やメイドではエリスは満足しない。真に恋を知った女の肉と血こそ、妹を生かす糧なのだ」
陶酔した瞳で囁く声は、甘やかな恋の告白のように響く。けれど、その中身は恐ろしく冷たい。
「そ、そんな……嘘ですわよね?」
「怖がらなくていい。君は選ばれたんだ。僕に愛され、そして妹にも愛される。永遠にね」
背後で赤子の泣き声が、かすかに「おぎゃ……おぎゃ……」と響く。
王子の微笑みが甘く深くなるほど、私の心臓は氷の手で握られるように凍りついていった。
地下室は、湿った石の匂いと蝋燭のかすかな明かりに包まれていた。
鉄格子の奥に佇む少女――エリスは、蒼白な顔に血の痕をつけ、爛々と光る瞳で私を見据えている。肩を震わせ、唇の端から血を滴らせながら、囁くように繰り返した。
「早く……早く食べたい……早く……」
ぞくりと背筋を冷たいものが這い上がる。
足がすくんで動けない。
だけど、隣のアルベルト王子はその光景を、愛おしさに満ちた眼差しで見つめていた。まるで宝物でも眺めるかのように。
「リディア」
「……はい?」
「怖がらなくていい。大丈夫だよ。妹も喜ぶから」
耳元にかかる声が甘すぎて、思わず頬が熱を帯びる。こんな状況なのに、胸の奥は恋の高鳴りを覚えてしまう自分が怖かった。
「王子様……これは……」
「リディア、君は永遠に僕の愛を証明してくれる。そのためにここにいるんだ」
「愛を……証明……」
「そうだ。君が僕を愛してくれるなら、妹にもそれを捧げてほしい」
柔らかな微笑みを浮かべながら、アルベルト王子はそっと私の顎に手を添えた。冷たい石の空気の中、その手だけが温かくて、震える唇が自然に開いてしまう。王子の顔が近づき、唇が重なった瞬間――胸の奥で甘美な鐘が鳴り響く。
「リディア……君は美しい。君の愛は永遠なんだ」 「……王子様……」
夢の最高潮にいる錯覚に溺れたその時。
背後で、錆びついた鉄の錠前が外れる、不吉な音が響き渡った。
ぎぎ、と鈍い金属音が地下室全体に広がり、私の背筋を氷の刃でなぞる。甘い恋の余韻が一瞬で凍りつき、震えが全身を走った。
「ガチャン」と重く鈍い音が響き、鉄格子の錠前が外れた。地下室の冷気が一層濃くなり、背筋を氷の刃でなぞられるような感覚に襲われる。私の心臓は狂ったように脈打ち、喉がひゅっと締め付けられた。
アルベルト王子は恍惚とした表情で、ゆっくりと私を抱き寄せる。頬が触れ合いそうな距離で囁く声は、甘美な愛の言葉そのものなのに、どこか狂気に濡れていた。
「見てごらん、リディア。僕と君の愛は、妹によって永遠に刻まれるんだ」
その言葉に目を向けると、鉄格子の隙間から白い手が伸びてくる。蒼白で細く、それでいて獲物を捕らえようとするような冷たさを孕んだ手。爛々と光るエリスの瞳が暗がりの奥から覗き、笑みを浮かべていた。
「いや……いやです……!」
必死に声を絞り出すが、王子の腕は逃げ道を許さない。むしろ強く抱き寄せ、その手を受け入れるように私の身体を導いていく。
「さあ、リディア。これが僕の愛の証明だ」
耳元で囁く声が甘すぎて、頭が痺れる。だけど、全身は恐怖に震え、視界がにじんでいく。伸びてくるエリスの指先が頬をかすめ、その冷たさに心臓が止まりそうになった。
「だめ……いや……」
最後に見えたのは、アルベルト王子の微笑み。
優しくも狂気に満ちたその顔が、焼き付くように瞳に刻まれる。愛と狂気がないまぜになった表情は甘美で、そして絶望的だった。
視界がぐらりと揺れ、闇が押し寄せる。全ての音が遠ざかり、世界は暗転した。
エリスの瞳がぎらぎらと輝き、鉄格子の向こうから伸ばした手が私に迫った瞬間。
恐怖に支配されていた私は、無我夢中で足を振り上げた。思い切り、アルベルト王子の股間へと蹴りを叩き込む。
「ぐ……っ! あぁ……!」
王子が苦悶の声を上げてよろけ、膝から崩れ落ちる。
その身体に、飢えに駆られたエリスが飛びついた。蒼白な顔に浮かぶのは、血走った狂気の笑み。
腕にしがみついたかと思うと、次の瞬間、王子の腕に白い歯が深々と突き立った。
「エリス……っ、いいんだよ……遠慮なんていらない。兄さんを喰らえ……!」
「……うぐぅぐぅ……!」
「そうだ、もっとだ……! お前の牙で、俺を刻んでくれ……! これで、お前と俺は一つになれる……永遠に……」
呻き声を漏らしながらも、王子は恍惚とした笑みを崩さない。
エリスの顎がぎりぎりと動き、咀嚼の音が地下室に響き渡る。
生温かい血の匂いが石造りの空間に充満し、蝋燭の炎が揺らめいた。
「ほら、リディア……見てごらん……これが真実の愛だ……! 肉も血も、魂までも分かち合う……! 君もきっと分かる……妹にすべてを捧げる悦びを……!」
「いや……いやです……!」
私はその場に立ち尽くしたまま、全身を震わせた。膝が笑い、呼吸がうまくできない。
だが、エリスの血まみれの口元と、王子の陶酔した瞳を見た瞬間、逃げなければと本能が叫んだ。
「リディア……逃げなくていいんだよ……! 君もこの輪に加わればいい……妹が君を抱けば……俺たちは三人で永遠になれる……!」
狂気に塗れた囁きが追いすがる。
震える足を必死に前へ動かし、裾を握りしめて階段へと駆け出した。
足音が地下に反響し、心臓の鼓動と混じり合う。背後からはなおも肉を噛み砕く音と、王子の歓喜に満ちた声が響き渡った。
「エリス……もっとだ……! 俺を喰らえ! 血を啜れ! これが愛なんだ……!」
「いや……! いやあぁぁ!」
私は必死に階段を駆け上がり、石の冷たさから逃れた。夜風が頬を撫でた瞬間、ようやく生きている実感が胸に戻る。後ろを振り返る勇気はなかった。
ただ、あの狂気の王子と妹から遠ざかることだけを願い、暗闇の中を必死に駆け抜けていった。
夜風が冷たく頬を打つ。城から必死に駆け出した私は、石畳の街路に倒れ込むように膝をついた。煌めく舞踏会の余韻はとうに消え去り、胸に残るのは血の匂いと、耳にこびりついた咀嚼の音だけだった。
「……助かった……の?」
震える声が夜に溶ける。通りに並ぶ家々の窓からは淡い灯りが漏れ、人々の安らかな生活を映している。だが私の心は荒れ果て、ただ放心したまま石畳に座り込んでいた。震える指先を見つめれば、まだ王子の温もりが残っている気がして、吐き気が込み上げる。
あの狂気の王子と、獣のように変わり果てた妹――思い出すだけで胸が凍りつく。逃げ延びたはずなのに、影が背後から伸びてきそうで、足がすくんだ。
のちに、私は耳にした。あの王女エリスが、あのような姿に変わる前のことを。ある日、城を訪れていたジプシーの一団から、一つの怪しげな仮面を買い求め、それを被ってから人が変わってしまったのだという。肉を求める病も、血に飢えた瞳も、すべてはその仮面から始まったと。
だが、その真実が公になることはなかった。
王家はすべてを闇に葬り、アルベルト王子とエリス王女は病死とだけ発表された。
民は涙を流し、王家の悲劇を悼んだが、地下での狂気の宴を知る者はいない。
私はただ、その秘密を胸に抱え続けるしかなかった。
甘い恋の始まりだと思っていた物語は、血と狂気に呑まれた悪夢として幕を閉じたのだ。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
本作はタイトルで「ラブコメ?」と思わせておきながら、実際は読者の皆さまを最後に「うわっ」と突き落とすお話でした。はい、ごめんちゃい。
さてさて――もっと刺激的で、とんがった作品をお求めの読者様にはこちらもどうぞ。
『美少女メイド、水牢に沈められ顔も足も失い捨てられた結果、魔女となって悪役令嬢とその取り巻き全員に因果応報ざまぁするまで』
こちらはもう、ラブコメじゃないです。知らんけど。
血も涙もざまぁも全部盛り。胃もたれ必至。刺激を欲する方にはピッタリの一作です。
感想・ブクマ・評価――この三点セットが作者の生存エネルギーです!
ぜひぜひ、ポチッと応援していただければ泣いて喜び、次の狂気と甘さをブレンドした物語をまたお届けできます。




