6話✴︎ラザン家
白い石で築かれたその塔は、まるで時の流れから切り離されたように、静寂と知の気配に包まれていた。
塔の中に入ると、書棚と魔法陣に囲まれた円形の大広間が現れ、そこには老齢の男女が数名、深い沈黙の中で作業をしていた。
その中心に立つひとりの女性が、クラウディアたちの気配に気づき、ゆっくりと顔を上げる。
「……ようこそ。遠い記憶の継承者たちよ。私はラザン家の当主、リセルダ・ラザン」
白髪を一つにまとめた老女の瞳は澄んでいて、まるで全てを見通すような透明な輝きを湛えていた。
「陛下からの話は聞いております。あなたたちが、“あの場所”に行く覚悟があるのかどうか――それを見極めるためにも、少し話をさせていただきますね」
ーーー
リセルダに案内されて通された部屋は、塔の最上階に位置していた。
天井はドーム状で、夜になれば星を映し出す魔法のガラスが張られているという。
円卓の中央には、封印された大地の立体地図と、いくつかの魔導書が置かれていた。
「……旧ラズハルト公国の中心部、“紅の塔”と呼ばれた場所。そこが、禁域の核です」
「“紅の塔”……父もその名前を口にしていました」
クラウディアが声を上げる。
「はい。かつて、竜と人が最後の和解を交わした地。そして封印は、その“誓い”そのものを魔法陣に転写し、あの地に刻みつける形で施されました」
セレナが小さく眉をひそめる。
「つまり……誓いを破るには、その誓い自体の解釈を解かないといけないの?」
「その通りです」
リセルダは頷き、手元の文書を開いた。
「この封印は、単なる“結界”ではありません。
竜と人、それぞれの長が自らの命と魔力の一部を差し出し、未来永劫互いに干渉しないという“精神の契り”を文字通り魔法式として編んだものです」
「……でも、僕たちは干渉するつもりはない」
アレクがまっすぐに言った。
「卵を、命を助けに行くだけだ」
「それが……認められるなら、封印は反応しない。
けれど、その判断を下すのは“門”そのもの。塔の中心にある封印の核には、“契り”に反したものを拒絶する意思が宿っているのです。行くなら、心の内まで試されると心得てください」
クラウディアは静かに頷いた。
「覚悟はできています」
リセルダはしばらく彼女を見つめ、やがて微笑むようにうなずいた。
「……では、導きましょう。私の孫が、道案内を務めます」
扉が静かに開き、そこに立っていたのは銀髪の青年だった。
年若くして聡明な眼差しを持つ彼は、一礼して名乗る。
「ラザン家の第四子、レイ・ラザンです。
封印の結界内にある“精神式の門”までは私がご案内します。――皆さん、準備はよろしいですか?」
クラウディアたちは顔を見合わせ、ひとつ頷き合った。
「……行こう」
そしてその夜。
塔の裏手に用意された騎乗の準備が整うと、クラウディアたちは風の冷たさの中、静かに鞍に乗った。
彼らの目指すは、遥か北東、霧に包まれた荒廃の地――旧ラズハルト公国。
旅のはじまりとは違う、もう迷いのない眼差しで、クラウディアは前を見据える。
「ニブル……待っていて。私たちは、必ず命を繋いでみせる」
霧の向こうには、誰も知らぬ真実と、竜の眠りが待っていた。




