5話✴︎サマール国王と禁域
サマール王国は、暑い国で、砂漠の中にいくつも点在するオアシスとそこからとれる珍しい農作物の輸出で成り立つ国である。
そして中立国として知られ、表立った戦争や政争には関わらず、古くから魔術と学問を尊ぶ穏やかな国風を守ってきた。
クラウディアたちが王都へ到着したのは、秋の気配が森を染めはじめた頃だった。
エソール村を出発する際、アーリントン侯爵レオンハルトの書状が届けられており、それはサマールの王宮への謁見許可を確かなものとしていた。
ーーー
金と翡翠の装飾が施された王宮の謁見の間。
だがその雰囲気は厳粛というより、どこか柔らかな温かみに満ちていた。
玉座に座すのは、穏やかな灰色の瞳をもつ男――サマール王国国王、アゼル。
クラウディアたちが頭を垂れると、アゼル王は椅子から身を起こし、彼らのもとへ歩み寄ってきた。
「ようこそ、久しぶりだね。クラウディア嬢、そしてフィン、セレナ、アレク……君たちの働きは風の噂で聞き及んでいる。シュタイン王国前王政の混乱、あれを正す一助となったその勇気に、私は敬意を表する」
アゼル王の声は澄んでいた。静かで、重みがある。
クラウディアは頭を下げたまま言った。
「アゼル陛下。突然のお願いをお許しください。私たちは、旧ラズハルト公国――かつて禁域となった地について、お力添えを願いに参りました」
アゼル王の表情が静かに引き締まった。
「……旧ラズハルト。あの名を聞くのは久しぶりだ」
隣に控えていた王妃が、心配そうに夫の横顔を見つめる。
「陛下、やはり……」
アゼル王は小さく頷き、玉座へ戻ると、膝の上に両手を重ねてクラウディアたちを見据えた。
「君たちの目的は“禁域”の封印か?あるいは、そこに残された何かか?」
「……はい。ニブル・アドゥムという竜が語ってくれました。
禁域に、長らく取り残された竜の卵があると。
そして、放置されれば“災厄”へと変化する可能性があると」
その言葉に、場の空気が変わった。
アゼル王はしばらく黙した後、静かに語り始めた。
「……旧ラズハルトは、かつて我がサマール王国と、竜たちが戦った地。その悲劇を二度と繰り返さぬため、竜と人との間に“相互不可侵の誓い”が交わされた」
「その誓いにより、禁域は封じられ、結界と封印が施された。竜も人も、簡単には入れぬようにとな」
セレナが小さく息を呑む。
「…竜と人間の罪深い歴史…サマールは当然力を貸さねばならない。その義務がある。私の記憶にも、古文書にも、禁域の封印に関わった記録が残されている。ただ、それを真に知る者は少ない……。だが幸いにして、我が王家には“記憶を継ぐ家系”がある」
王妃が頷く。
「ラザン家……封印の術式に加わった魔術師の末裔。今も王都の塔に仕えております」
クラウディアの胸が高鳴った。
「では、その方にお会いすることは……」
「もちろん可能だ。案内しよう。だがその前に、君たちに一つ忠告をしておこう」
アゼル王は少しだけ表情を硬くする。
「その禁域に何が眠っているかは、我々にも正確にはわからぬ。封印は“竜と人”の双方が命を削って交わした誓い。下手に触れれば、予測もつかない事態に陥る危険性もある…」
「それでも行く覚悟があるのか?」
クラウディアはまっすぐに頷いた。
「……はい。竜と、そして未来に繋がる命のために。私たちは、行きます」
アゼル王はその瞳をじっと見つめた末、小さく笑みを浮かべた。
「……ならば、どうかその覚悟のままに。サマールは、君たちに可能な限りの支援を約束しよう」
その声には、未来への希望と、過去への贖罪が込められていた。
そしてクラウディアたちは、新たな手がかりを得るため、王宮の奥――“記憶の塔”へと向かうのだった。




