4話✴︎禁域の記憶
夏の夜風が涼しくなりはじめたころ、エソール村の一軒家に、ひときわ威厳ある影が現れた。
アーリントン侯爵――レオンハルトである。
彼はクラウディアたちの報告を受けて、わざわざ村を訪れていた。
竜・ニブルの言葉を聞いた今、ただの「冒険」では済まされない重みを、彼自身も悟っていたのだ。
テラスに並んで座った父と娘。その背後では、フィンやセレナ、アレクが気配を消すように見守っていた。
「……禁域のことを調べたいの。お父さま、何か知らない?」
そう切り出すクラウディアに、レオンハルトは眉をひそめた。
「禁域……旧ラズハルト公国のことであるな」
低く呟き、少し考えるように間を置いたあと、彼は静かに語り始める。
「侯爵家の文書庫には、ほんの僅かだがその地に関する記録が残っている。“紅の塔”という名と、いくつかの魔力地図……。しかし詳細は途切れており、何者かが意図的に記録を消した痕跡すらある」
「じゃあ、その“紅の塔”が……封印の場所…かもしれないのね…」
セレナが息を呑む。
「断定はできん。ただ、確かなのは――その時代、ラズハルトに関わっていたのは我が家だけではない。もう一つの名が浮かぶ」
レオンハルトの声が低くなる。
「サマール王国だ」
「……!」
クラウディアの瞳が揺れる。
そういえば――と、彼女の記憶がよみがえっていた。
あの異常気象の混乱を解決した際の国王と王妃の笑顔。
特に国王自らが必要とあらば、いつでも力になる、帰る場所の一つだと申し出てくれた。
「あのとき…サマール国王がいつでも頼るようにとおっしゃってくれた…」
「ああ…彼は誠実な王だと聞く」
レオンハルトが頷く。
「中立を守るがゆえに派手な動きはないが、古い知識や魔術に関する蓄積は豊富だ。
もしあの禁域の“封印”に関する何かが残っているとすれば――最も可能性が高いのは、あの国の王宮だろう」
「行こう、クラウディア」
フィンが言うと、アレクも頷いた。
「ニブルが信じてくれた俺たちだ。だったら――その信頼に応えなきゃな」
「新しい場所…また新しい旅ね」
セレナが肩に風を集めるように軽やかに笑った。
クラウディアは父を見つめ、静かに頭を下げる。
「ありがとう、お父様。私たち……サマールへ行くわ」
レオンハルトは、ゆっくりと立ち上がった。
「話は通しておこう。お前たちの旅に、我が家の名を使うがいい。
この時代の“鍵”を開くのは、知恵と勇気だ。
――気をつけて行け、クラウディア」
星の瞬く夜空の下、新たな旅路の扉が、静かに開かれた。




