26✴︎光る
——港町に着いてから数時間後。
クラウディアたちは荷を下ろし、簡素な宿に部屋を取った。
窓の外には、夕暮れの海が広がっている。
橙色に染まった水面は穏やかで、
とても“異変”が起きているようには見えなかった。
「……とりあえず、聞き込みだな」
アレクが立ち上がる。
「市場と港、それから酒場。
この辺りを回れば、だいたい情報は集まるはずだ」
フィンが頷く。
「私は港の漁師たちから直接話を聞いてみます。
海の変化は、彼らが一番敏感ですから」
「じゃあ私は市場ね」
セレナが軽く手を振る。
「噂って、意外とああいう場所に落ちてるのよ」
クラウディアも静かに立ち上がる。
「私は全体を回るわ。気配…ちゃんと確かめたいから」
ノクティスが影から顔を出し、
当然のようについていこうとする。
「ふふ、一緒に来る?」
クラウディアがしゃがむと、
ノクティスは嬉しそうに頷くように鳴いた。
⸻
港では、予想以上に“普通の会話”が交わされていた。
魚の値段の話。
風向きの話。
漁の出来不出来。
だが、その合間に——
「最近、沖に出るのが怖ぇんだよな……」
「夜になると海が光るだろ。あれ、どうも気味が悪くてよ」
「潮の流れもおかしい。底が動いてる感じがする」
そんな言葉が、ぽつぽつと混じる。
市場でも同じだった。
「魚の質が変わった」
「深場のものが急に浅瀬に上がってくる」
「夜はあまり近づくなって言われてる」
セレナが合流し、小さく息を吐く。
「……やっぱり、噂は本当ね」
フィンも頷く。
「しかも“最近になって急に”です。長年の現象ではない」
クラウディアは静かに海の方角を見つめた。
(……確実に、何かが起きてる)
それでも、まだ“確証”ではない。
だからこそ、判断は保留のまま。
一行は情報を持ち帰り、宿へと戻ることにした。
⸻
夜。
町の灯りがひとつ、またひとつと灯り、
海は闇の中へと沈んでいく。
宿へ戻る道すがら、
アレクが肩を回しながら言った。
「いやー、思ったより普通だったな。
もっとこう……パニックになってるかと思ったけど」
「異変があっても、日常は続きますからね」
フィンが淡々と答える。
「むしろ“何も起きていないように見える”のが厄介ね」
セレナが小さく笑った。
クラウディアは、その会話を聞きながらふと足を止めた。
「……ねえ」
全員が振り返る。
クラウディアは、海の方を見ていた。
その視線の先——
暗いはずの海面に、かすかな光が浮かんでいる。
最初は、気のせいかと思うほど微弱だった。
だが次の瞬間。
ぼう……と、
水面の一部が淡く白く輝いた。
「……なんだあれ」
アレクの声が低くなる。
光はゆっくりと広がり、
まるで海の底から滲み出るように揺れている。
波とは違う。
風でもない。
“内側から光っている”
セレナが息を呑む。
「音が……変……反響してるのに、届いてこない……」
フィンの目が鋭く細められる。
「魔力の発光現象……?いや、違う……これは……」
クラウディアの胸が強く脈打った。
(……これだ)
あの日から感じていた違和感。
南からの“呼びかけ”。
それが今、はっきりと形を持っている。
ノクティスが低く鳴き、影がわずかに揺れた。
そのとき。
——きて。
微かな声が、確かに届いた。
クラウディアの目が見開かれる。
(……今のは…)
言葉ではない。
けれど、確かに意味を持った“何か”。
海の底から、直接触れられたような感覚。
クラウディアは一歩、前に出た。
「……呼ばれてる」
その一言に、全員が息を呑む。
海はなおも静かに光り続けていた。
まるで、深い場所にある“何か”が、
こちらを見上げているかのように。




