11話✴︎竜の巣
アーリントン公爵家の敷地にある、南側の温室跡地
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そこに今、竜の卵を安置するための特別な空間が設けられていた。
透き通った天窓からはやわらかな陽光が差し込み、魔力を通した加温結界が張られている。
中央には白銀の石座が据えられ、そこに置かれた卵は、まるで眠る鼓動を抱えているかのように、微かにぬくもりを帯びていた。
クラウディアがゆっくりと両手を卵へ重ねる。
次の瞬間、ふわりと金色の微光が彼女の掌から漏れ、卵へと染み込んでいった。
「……ぐっ……」
息を吸い込み、耐えるように目を閉じる。
魔力の流出は静かだが、確かに“重み”があった。
今までよりも、深く、強く …卵は彼女の魔力を吸っている。
見守るフィンが苦笑する。
「……やはりお嬢様の魔力が一番ですね。私がやると、少々警戒するような波動になるんですよね」
「わしもそうだった。だが驚くのはそれだけではない」
そう言ったのは後方で腕を組んでいたレオンハルトだった。
彼もまた、魔力を注いでいる1人だ。
「クラウディアの魔力量は、わしの約二倍以上。それに加え、あの卵は明らかにクラウディアとの相性を選んでいる」
「……相性、ですか?」
フィンが眉を寄せた。
「魔力の“色”のようなものだ。あの卵は、彼女の魔力を一番心地良く感じている。言葉はなくとも、触れ合えばわかるものだ」
クラウディアが、ふうっとひとつ息を吐いて手を離す。
しばらくして卵がぽうっと淡い光を放ち、微かに震えた。
「……生きてる。ちゃんと、生きてるのね」
フィンがそっとクラウディアを支えながら微笑む。
「しかし最近、急に吸われる魔力の量が増えたように感じます。ぐんっと、引っ張られるような…」
「ええ…それにただ“与える”だけじゃない。なんというか、応えてくる感じがするの」
そのとき、遠くから風を切るような低音が響いた。
数瞬ののち、公爵邸の裏庭の木々の向こうから、黒き巨影が姿を現した。
「おお、また来たな」
レオンハルトが視線を上げる。
翼を広げ、舞い降りてきたのは、黒竜・ニブル・アドゥム。
この数日、彼は時折こうして姿を見せては、卵の様子を見に来るようになっていた。
「……その様子。卵は順調だな」
ニブルは低く、静かに言う。
「うん。今日も、応えてくれたよ」
クラウディアが微笑むと、竜の金色の瞳が細く和らいだ。
「――そろそろだ。もう間もなく、殻は破れるだろう」
その言葉に、室内の空気が一瞬止まったように感じられた。
「……ほんとうに、もうすぐ?」
「長き沈黙の果てに訪れる、新たな命の目覚めだ。だがそれは、柔らかな奇跡ではない。暴風のような混乱を伴うこともある。…そこでだ…」
ニブルは周囲をゆっくりと見回し、言った。
「私の巣を、ここに作らせてほしい」
「巣……?」
クラウディアが目を見開くと、セリーヌが肩越しに説明する。
「つまり、卵が孵ったあと、親代わりとしての居場所を作るということね。竜にとっては当然の行為よ」
レオンハルトも軽く頷いた。
「我が屋敷の土地は、古より魔力地脈が流れている。竜の巣を築くには、理想的だろうな」
クラウディアが、卵を見つめたまま囁いた。
「…そうね…ありがとう、ニブル。きっと、この子も安心する」
竜はひとつ、重たく頷いた。
そしてその日より、アーリントン公爵家の庭の一角に、黒竜の巣が築かれることとなった。




