10話✴︎アーリントンへ
金色の陽が、サマールの空に傾きはじめていた。
王宮の一角、古くから封印されていた転移魔法陣の間に、クラウディアとレオンハルトが静かに立っていた。
石造りの床に刻まれた魔法陣は、まるで呼吸するようにかすかに光を帯びている。その中央には、布に包まれた竜の卵が、静かに置かれていた。
レオンハルトとクラウディアが両手を広げ、足元に広がる古の紋様へと魔力を流し込むと、石床に刻まれた文様が淡く浮かび上がる。
最初はただの微光だったが、やがてそれは脈打つように鼓動を始め、空間そのものが揺らぎ出した。
「……動いた。眠っていた術式が応えている」
レオンハルトの声は低く、だが確かな手応えを含んでいた。
クラウディアは魔力を流しながら、中央に置かれた卵に目を向ける。
その殻もまた、魔法陣に反応するようにほのかな光を帯び始めていた。
「……今のうちに、転移を」
「そうだな」
二人は目を合わせ、そっと頷き合う。
魔法陣が黄金の輝きを強める中、クラウディアは卵を胸に抱き、レオンハルトはその背を守るように立つ。
「クラウディア、お前は先に――私は後ろから魔力を支える」
「わかりました。……行ってきます!」
その瞬間――
光が炸裂した。
まばゆい閃光と共に、クラウディアと卵の姿がかき消え、続けてレオンハルトも空間の揺らぎに飲み込まれる。
音も、光も、気配すらもその場から消え去り、魔法陣は再び静寂の中に沈んでいった。
ーーー
数瞬の沈黙の後、王妃が静かに息をついた。
「……成功、したのですね?」
「あの輝きは、正しく転移の証」
アゼル王は深く頷き言った。
「クラウディア嬢とレオンハルト殿が無事にアーリントンに到着していれば……この使命は、大きく前進する」
同じ頃、王宮の上空に黒き影が舞い降りていた。
漆黒の翼を広げたニブル・アドゥム。その背には、フィン、セレナ、アレクの三人がしっかりと腰を据えていた。
「本当にいいのか、乗っかっちゃって……!」
セレナが言いながらも、楽しそうに笑う。
「心配するな。お前たち程度なら余裕だ」
ニブルが低く唸るように応え、翼を一閃させた。
風が巻き起こり、空が震える。
「さあ、空を翔けよう。約束の地――アーリントンへ」
その言葉と共に、黒き竜は空へ舞い上がった。
「準備はいいか?」
ニブルの低く響く声に、アレクはぐっと手綱のような棘にしがみつき、フィンとセレナも必死に体勢を整えた。
「……い、いつでも……っ!」
アレクが返すや否や、ニブルの巨体が一気に大地を蹴り、風を裂いて飛翔する。
「うわああああああっ!!!」
「ちょっ……速っ……!!」
「!!!!!!」
竜の背を風が叩きつけ、息もできないほどの圧力が襲う。眼下の景色は、もう見えない。風と空と疾走感だけが体を包み込み、しがみついていなければ飛ばされそうだった。
「ニブルっ!あんた速度出しすぎぃ!!」
セレナの悲鳴に、ニブルはくぐもった笑いを喉の奥で鳴らした。
「この程度で騒ぐとは……まだまだだな、人間よ」
その速度は、まさしく雷のごとく。転移魔法陣には及ばないものの、常識では考えられぬほどの速さだった。
やがて竜が一声低く吠え、進路を緩める。
視界に広がったのは、見慣れた緑と石造りの館、そして風格ある塔の尖塔……
アーリントンの領地だった。
「……ついた……」
アレクががくがくと膝を震わせながら呟いたとき、地面に優しく着地したニブルの背から、ふわりと風が巻き起こった。
その風の中に、迎えの影が現れる。
「おかえりなさい」
クラウディアが、にっこりと微笑んでいた。
その隣にはレオンハルト、そして侯爵夫人のセリーヌ、柔和な笑みを浮かべるシリル、そしていつものように腕を組んだままのルーファスだった。
「ようやく着いたな」
「お疲れ様」
「……竜に乗ってくるとは、さすがだな」
三者三様の言葉が、どこか懐かしく温かい。
「……あぁ、ただいま!」
アレクが笑い、セレナとフィンもそれに続く。
竜の背で駆け抜けた風の旅は、こうしてアーリントンの大地へと帰着した。




