1話✴︎竜の山へ行こう
続きです⭐︎
王都での激動の日々が去り、クラウディアたちはヴァル王国のエソール村へ戻った。田舎の空気は変わらず優しく、朝露に濡れる草の匂いが、平穏な日常を確かに思い出させてくれる。
ある朝、クラウディアはアレクの鍛錬場を訪れた。
「アレク、そろそろ――例の“約束”を果たしてもらおうかしら」
「……ああ、竜のことか」
「ええ。あの日、あなたが龍に頼んで力を振るって貰うのをやめてくれた事、感謝しているわ。でも、いつかきちんと紹介してって言ったわよね?」
アレクは微笑むと、懐から黒檀のように艶のある銀細工の笛を取り出した。
「じゃあ、行こう。竜の山へ」
ーーー
エソール村の北、霧の立ち込める尾根を越えた先に、“竜の山”と呼ばれる岩峰があった。古代の竜たちが契りを交わし、数代にわたり棲んでいたという伝承があるが、今はその姿を見る者はほとんどいない。
山頂にたどり着くと、アレクは静かに笛を吹いた。
その音は風とともに空へ昇り、やがて――雲の間から漆黒の影が現れた。
竜。深紅の瞳と銀灰の鱗をまとった巨大なその生き物は、宙を裂くように滑空し、山の縁に着地した。
「……ニブル・アドゥムだ」
その名を口にした瞬間、クラウディアとフィン、セレナは思わず息を呑んだ。
ニブル・アドゥムは、アレクの前で頭を下げると、静かにクラウディアたちを見つめた。まるで、彼らを見定めるかのように。
「お前が……クラウディアか」
低く響く声が心に届く。
「はい。アレクを支えた仲間の一人として、あなたに礼を言いたくて来ました」
「ふむ。あの日、我の力を使うことはなかったが…アレクが選んだ道ならば、それが最善だったのだろう。お前たちは“破壊”ではなく“変革”を選んだ」
ニブル・アドゥムはゆっくりと天を仰いだ。
「人の世はいつも脆く、儚い。だが、汝らが導いた未来――その可能性を、我は見たい」
「その未来を、私たちは守るわ」
クラウディアの言葉に、竜はゆるやかに頷いた。
「ならば、“契り”を交わすとしよう。アレク、笛を我が心に預けよ。我が血と魔力を、その笛に宿す」
「……光栄です」
アレクが笛を掲げると、ニブル・アドゥムは長い爪で自らの胸元を軽く引き裂き、そこから流れる蒼白い血を笛へと滴らせた。笛は一瞬、まばゆい光に包まれ、鼓動のような律動を刻み始める。
「…必要な時はこの笛で呼べばお前がいなくとも、我が直接助けに赴こう。クラウディア、フィン、セレナ――そしてアレク。お前たちは、我が“盟友”だ」