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フィオーナから"勇者"と言う言葉が飛び出てきたことで、フワフワとお花畑にいた頭が一気に現実に戻って来た。
(そうだあの男……アイツは………………!!)
すっかり失念してしまっていた事に青ざめる。
そして……
フィオーナが最初から入れ替わりに気づいていたということは、
(彼女は婚約者が別人だと知った上で、3年間もあの男からの暴行に耐えていたことになるのでは!?)
と気づいて絶句した。
それだけではない。
魔王を倒すため、俺を死地から逃す為に入れ替わりに気づかないフリをしていたのだ。
(それならば彼女は、国の為に、そして俺の為に逃げることも叶わなかったのでは!?)
と思い至り、青褪めた顔色を更に真っ青に変えた。
「そんな……………。」
顔面蒼白となりガクリと膝をつく。
「で、殿下!?どうされたのですか!?」
突然顔色を無くし膝をついた俺にフィオーナが驚き心配そうに声をかけてきてくれる。
彼女の心配は有り難いが、今は罪悪感でまともに顔を見ることが出来ない。
そして沸々と沸き上がる、あの男への憎しみ。
「っ………今すぐ………あの男を捕らえてくる………。」
「?あの男…?捕らえる?」
「勇者のことだ……!すまない……くそっ、君に会いたい一心で殴りとばすだけで、ここに来てしまったが、そんなものでは到底足りなかった………。
やはり殺しておくべきだった!
いや、それは俺も同罪だな……。俺の判断ミスが君を辛い目に合わせたのだから……。
とにかく今すぐあの男を捕らえてくるから、合わせて煮るなり焼くなり、殺すなりしてくれ!!」
あの男と自分への怒りで頭に血が上り、居ても立ってもいられない。
勢いのままザッと立ち上がり、駆け出そうとしたが、フィオーナが慌てて必死の形相で止める。
「お、お待ち下さい!!急にどうされたのです!?どこに行かれるというのですか?
それに勇者様を殴られたとは?なぜ捕らえるなどと仰るのです!?
な、なぜ、こ、殺すなどと…………!!??」
驚愕した顔で尋ねられるが、今は冷静に答える余裕はない。
「止めないでくれフィオーナ!そうでもせねば、あの男の罪も、俺の罪も償いきれない!いや償いきれるとも思えないが、それくらいせねば気が済まない!!
今は一刻も早くあの男を捕まえねば!!頼む!どいてくれ!!」
しかしフィオーナは俺の腕にしがみついて離してくれない。
「罪!?償い!?私は殿下がお戻り下さっただけで十分ですわ!!
それに勇者様には感謝こそすれ、償って頂くことなどありませんわ!!」
「感謝だと!?例えあの男が魔王を打ち倒した勇者だとしても、君が感謝する必要などない!!アイツが君に何をしたか!君をどれほど酷い目に合わせたと思っているんだ!」
「酷い目とは何の事でございますか!?勇者様が何をしたというのです!?
ちゃんと説明して下さいませ!!」
「それは!!!…………………!?」
続きを言いかけて、フィオーナの表情が目に入った。
心底驚愕したような、まったく意味が分からないという困惑した顔。
「殿下……なぜ勇者様をそのように仰るのです?」
本当に心当たりがないと書いてある顔にある、星の様な美しい瞳は、只々疑問しか映していない。
そこには、あの男に対しての怒りも恐怖も、何の負の感情も見受けられず、強烈な違和感を覚えた。
「……………………君はあの男に手籠めにされたのではないのか?」
思わずストレートに疑問の声が漏れた。
「はっ?」
「……あの男が言っていたのだ、君を……暴力で捻じ伏せて暴行を加えたと………。」
あまりに違和感を覚えた為、ついストレート口をついてしまったが、言ってしまったものは仕方ない。
正直に話せば、フィオーナはこれまで見たこともないほど驚いた顔で目を見開くと、淑女とは思えぬほど口を大きくポカンと開けた。
数秒そのままで固まり、表情が抜け落ちた顔でいたが、瞬く間に耳まで顔を真っ赤に染め上げた。
そして次の瞬間カッと目を吊り上げた。
「な、何という事を仰るのですか!!その様な事ある訳がございませんわ!!」
「!?…だが………確かにアイツは……君を……。」
「それが本当なら私は命を絶っておりますわ!!!」
初めて見る怒り心頭のフィオーナと彼女の言葉にギョッとする。
「殿下は、私が辱めを受けて生き恥を晒す女だと思っているのですか!!」
俺を非難するように、フィオーナが語気を荒らげて叫んだ。
「!!!!!!!!!!」
フィオーナに怒られ、ハッと気づく。
王国の気風は未だに封建主義で古めかしく、貴族の子女達は幼い頃より『辱めを受けるくらいなら死を選べ』と教えられて育つ。
そんな貴族の子女達の頂点に立つ公爵令嬢のフィオーナが、本当に辱めを受けていたというのなら…。
「私の誇りにかけて死を選びますわ!!!」
キッパリと言い切られて、一気に怒りの熱が冷めた。
そうだ……フィオーナのいう事は間違いない。
そんな事になれば彼女は絶対に死を選ぶだろう……。
彼女を失っていたかもしれないと思うとゾッとした。
「………そうだな…君の言う通りだ。……確かに君なら死を選ぶ。」
しかし彼女が生きているということは……
「……では……君は無事だったのだな…………
………………………………良かった……。」
身体中の力が抜けてヘナヘナとへたり込む。
俺が納得したことに、フィオーナも怒りを解いて安堵の息を漏らす。
「あの………勇者様が本当にその様な事を仰ったのでしょうか?」
ややしてフィオーナが困惑気味に尋ねた。
「ああ…そうだ。すまないフィオーナ……君の尊厳を傷つける事を言ってしまった…。あの男、君を辱めた上に、もう興味はないと言って……くそっ!あの男なんだって、こんな嘘を!!」
フィオーナが乱暴された事が嘘だと分かると、ホッとしたのも束の間、言いようのない怒りが押し寄せてきた。
答えている内にどんどん怒りのボルテージが上がっていく。
(よりよって何という嘘をつくのだ!!!)
どれほど悩み苦しみ後悔に苛まれたことか分からない。
煮えくり返る怒りが収まらない。
あの男の嘘を信じてフィオーナに酷い侮辱をしてしまった。
3年ぶりに会い、思いが通じ合ったというのに、あまりに酷い。
「本当に何だって、あんな嘘を…………。」
申し訳なさと怒りで頭を抱えてしまう。
「………………おそらく……勇者様は、私にお怒りだったのだと思います。」
フィオーナの悲しげな声が耳に届いた。
「?」
「きっと私にお怒りで……殿下にその様な事を仰ったのだと思いますわ……。
申し訳ございません…。」
頭を下げるフィオーナに首を傾げる。
欺こうとされ、傷つけるような発言をされたフィオーナが怒るのなら分かるが、フィオーナに怒るなど意味が分からない。
「君が謝る必要なんてないだろう?君にはバレてしまっていたが、入れ替わについては元々、俺とあの男が勝手に行ったことで、騙そうとしていたのはこちらの方だ。君はまったく悪くなどない。
君への狼藉についての嘘は、言うまでもない。
……それにもう隠す必要もないから伝えるが、あの男は勇者として手を抜いて戦っていたらしいぞ。」
「手を抜いて?」
「ああ、どうもそうらしい。あの男が言っていた。本当なら魔王はもっと早く倒せるはずだったと……。
だが自分を高く評価させる為の演出だとか、アピールだとかで態と時間をかけたと笑っていた。」
もう何もかも彼女にバレている以上、隠す必要もないだろうと包み隠さず男が言っていたことをフィオーナに伝えた。
魔王を倒してくれたことは感謝はしても、フィオーナへの暴言といい、本当にとんでもない男だと腹が立つ。
俺の話に、フィオーナは信じられないように、大きく目を見開き唇を震わせた。
おそらく、信じられない、とんでもない話だと驚いているんだろう。
そう思った。
しかしフィオーナの口から出た言葉は予想外の言葉だった。
「それは……………… " 嘘 " でございます。」




