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「フィ、フィオーナ!!!」


泣き崩れてしまったフィオーナを慌てて助け起こす。


彼女の涙をどうやって止めればいいのか分からない。

泣かれてしまっては、俺はどうすることも出来ずにオロオロと謝るばかりだ。


「す、すまないフィオーナ!俺が悪かった!……俺が全部悪かったから………泣き止んでくれ!」


途方に暮れていると、少しだけ落ち着いたのか嗚咽をこらえて話し出す。


「…っ……申し訳ございません。殿下を責めるつもりはなかったのです。


殿下が誰にも告げずに去られた事は…殿下の優しさなのだと理解しております。

…すべては殿下が国の為を思ってご決断された事とも…分かってはおります………。

それが入れ替わりの条件だったのだと…いまでは分かってはいるのです。


でも………何故黙っていなくなったのかと……どうして私に一言も相談して下さらなかったのかと…身勝手にも思ってしまうのです………」


心の内を曝け出すようなフィオーナの慟哭に心が潰れそうな気持ちになる。

あまりにも悲痛な叫びに、やっと自分の一番の過ちが何だったのか悟った気がした。


「!!すまない!すまないフィオーナ!!

君に断りもなく身勝手な事をした!!君に黙っていなくなるべきじゃなかった!!もっと周りを信用するべきだった。

少なくとも……君には相談すべきだった。君に尋ねるべきだった。」


今更気づいても遅いが、俺はどうして彼女に相談しようとしなかったのかと

後悔がこみ上げる。


「…いいえ…殿下が私に相談されようと思わなかったのも…元はと言えば過去の私の愚かな態度が原因だと理解はしております。

私の事を信用してくださらなかった事も、日頃の私の行いのせい、自業自得と分かっております…。

きっと殿下は……私が殿下に対して好意を寄せているとは想像もなさらなかった事でしょうから…。」


「だとしても…君の気持ちを勝手に決めつけて、結論を出すべきじゃなかった。

俺はもっと慎重に確認すべきだったんだ。

勝手に思い込まずに、しっかりと対話するべきだった。」


彼女が俺に無関心だと思っていたからといって、彼女の了承も得ずに入れ替わるなどしてはいけなかった。


そもそも何故俺は、彼女と話し合うことが念頭から抜けてしまっていたのだろうか。

国の為だと信じていたが、そう思うなら、尚更彼女と話し合うべきだったのだ。


忠義に厚かった腹心の臣下達に対しても同じだ。


俺は彼等に真実を話さなくても大丈夫だと勝手に判断したのだ。

それは彼らの忠誠を心の底からは信じていなかったのと同義だ。


(過去に戻れるのならば、過去の己を殴り飛ばしてやりたい!)


気づかなけばとか……黙っていた方がいいとか………彼女を煩わせたくないとか………自分に言い聞かせていたが、本当はただ単に、大事な人達から、俺の事にまったく興味がないと、面と向かって突きつけられる事が怖かっただけなんじゃないだろうか?


入れ替わりたいと正直に話して、すんなりと受け入れられてしまう事を恐れたんじゃないだろか?

今更ながらそんな考えが()ぎり、情けなくなる。


だが一番の理由はきっと


「…違う…フィオーナ………。君にちゃんと相談しなかったのは…君の態度のせいなんかじゃない…。

多分……俺が……臆病だったせいだ……。」


「殿下が……臆病…?」


フィオーナの、夜空の星のような金の瞳が俺を見上げる。


「ああ……そうだ。情けない事に今気づいたが…俺は自分を否定されることを恐れて逃げた臆病者だ……。


………()()()()()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()……。」


口に出せば、もうそうとしか思えない。


しかも、彼女が俺をどう思っているかを気にしてばかりいたが、俺が自分の想いを口にするのは、これが初めてではないだろうか……と気づいて羞恥に顔を赤くする。


どうやら俺は本当にヘタレだったようだ。


そんな俺に、フィオーナは驚いたように大きな星のような瞳を、ひときわ大きく瞬かせた。


「…………殿下が臆病者だと仰るのなら、私こそ臆病者ですわ………。

私の方こそ………殿下の婚約者に相応しくないと思われるのが怖くて……ずっと感情を表に出さないようにしていたのですから…。」


「え?」


恥を忍んで告白して返ってきた返答に困惑する。


フィオーナは淑女中の淑女と評される非の打ち所のない令嬢だ。

完璧な彼女に相応しくありたいと願ってきたのはむしろ俺の方だと戸惑った


「それは…どう言う意味だろうか?」


「…言葉通りの意味ですわ…。

………殿下も私の出自について……母の事はご存知でしょう?」


「!!!」


そう言われて、やっと彼女の言わんとすることが理解出来た。


王国の筆頭公爵家の令嬢であるフィオーナは、他の追随を許さない完璧な淑女であり、王女のいない王国では王妃に次ぐ至高の地位につく女性だ。


そんな彼女に唯一汚点があるとすれば、フィオーナの母である公爵夫人だった。


彼女はフィオーナを産んだ直後に、『義務は果たした』と置き手紙を残し実家から連れてきていた護衛騎士だった男と駆け落ちをした。


そして問題となったのがフィオーナの髪が黒髪だった事だ。

公爵夫人も黒髪であったので、本来であれば何の問題もないのだが、駆け落ちした護衛騎士が黒髪だったことで托卵なのではと噂が立ったのだ。


とはいえ彼女の瞳は公爵家特有の金の瞳であり、彼女が公爵に似ていたことから疑いは直ぐに晴れたのだが。


「……まさか、君は噂をずっと気にしていたのか?

だが、君の目はどう見ても公爵家の金の瞳だ。噂がデマであるのは誰の目にも明らかだろう?」


「…勿論、私も托卵された等とは思っておりませんわ……。

ですが…この選民意識の強い王国で出自に対しする悪い噂は、例えそれがデマだとしても、公爵家を陥れようと画策する者にとっては、引きずり下ろす為の格好の材料になりますわ。


だから私は…父にいつも完璧な令嬢でいることを求められてきたのです。

私にとって完璧であることは、己を守るために必要な矛と盾でした。


でもそれは………私を縛る鎖にもなった。

完璧でない姿を見せることが………とても恐ろしくなったのです。


完璧でない姿を晒して、もし万一にでも殿下の婚約者として相応しくないと思われてしまったら………そう思ったら………


………殿下とのお茶会ですら……必要以上の言葉以外話せなくなったのです……。」


「!!!!!!!」


本当に、何度衝撃を受たらいいのか分からない。


「では……君が俺に対して何も話してくれなかったのは…淑女の仮面が外れるのを恐れて……喋れなかっただけなのか?」


愕然として尋ねれば、フィオーナが苦しそうに顔を歪める。


「はい……。本当に申し訳ございません。

殿下が私との交流の為に、お心を砕いてくださっている事は分かってましたが……それでも私は完璧な令嬢を辞められなかったのです。

……どうしても怖くて感情を表にだすことが出来ませんでした。

殿下がお叱りにならない事を良いことに………いつか、いつかはと思いながら……私は自衛を選んでいたのですわ。」


「そう…なのか………。」


呆然と呟く。


只々、彼女は俺に興味がないだけなのだと思っていた。


フィオーナはいつも優雅で泰然としていたので、まさかそんなに出自の噂が彼女を苦しめていたとは思いもよらなかった。


(せめて一言だけでも、伝えてくれれば……………。)

という想いか一瞬浮かんだが、自分も先程まで、一度も己の想いを伝えていなかったと思い出し、沈黙する。


「君がそんなに苦しんでいたとは……思いもよらなかった……。

……すまない………俺は不甲斐ない婚約者だな………。」


「そんな……私は殿下だからこそ…婚約破棄されることを怖れたのですわ。

殿下の婚約者でありつづけたくて…完璧な令嬢でいようと頑張れたのです。

………………一目惚れでしたので………。」


そう言ってフィオーナは頬をポッと赤らめた。


「!!!!!!!!!」


そう告げられれば俺の頬もカッと火照る。


「………両思いだと知れて…嬉しゅうございます。」


瞳に溜まる涙をキラキラと輝かせながら、フィオーナに恥ずかしそうに微笑まれれば、じわりじわりと、彼女が俺を好いてくれている実感が胸の奥に染みていき、温かく広がっていった。


そして喜びが湧き上がって来たところに


「ふふっ…勇者様の言われた通り……自分の思いは言葉にしないといけないのですね。」


"勇者"という言葉に冷水を浴びせられた気がした。

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