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ぶわりと身体中の毛穴から汗が吹き出すような熱が身体を襲う。
「!!!!!!!」
(フィオーナが俺の事を好きだと言ったのか!?)
『あり得ない!』と思うも、彼女の告白に顔が真っ赤に染まる。
心臓が口から飛び出してきそうな感覚がして思わず口元を押さえた。
「……ずっとずっと、幼い頃からお慕い申し上げておりました。
信じて頂けないかもしれませんが本当なのです。」
フィオーナが、瞳に涙をいっぱいに溜めて俺に詰め寄ってくる。
「あの日だって……本当に殿下が別人だと、一目見て気づいておりました……。
とても良く似てはいらっしゃいましたが…別人なのはすぐにわかりましたわ。
ですが…『勇者の剣』を持っていらしたのを見て、魔王を倒す為に入れ替わられるおつもりだと思ったら……言い出せなかったのです。」
「勇者様を最初に城ではなく、公爵家へ連れていらしたと知って、殿下は内密に入れ替わりをなさりたいのだと思いましたわ……。
きっとその為に連れて来られたのだと……婚約者である私で気づくか確かめる為にいらっしゃったのだろうと……。
そう思ったら…ますます言えなかったのです……。」
「私に何の相談も無く、私が気付かないだろうと思われている事に悲しみを覚えましたが…それも今までの自分の態度を振り返れば仕方のないことと思いましたわ。
それに私自身も、魔王を倒す為には……王国の騎士を率いる為には、秘密裏な入れ替わりが必要だと考えましたわ。
……騎士達は平民には従いませんもの…。
それに何より……入れ替わりが成功すれば……殿下を死地である戦場から遠ざける事が出来ると思ったのです!
……だから……気づかぬフリをした方が良いだろうと判断したのです。
その方が…婚約者である私が気付かない方が…周りの者も欺けると思ったのです。」
「!!!!????」
次から次へと告げられる驚きの内容に目を見開く。
とても信じられない怒涛の情報に頭がクラクラとした。
彼女の話が本当なら、フィオーナはあの男を公爵家に連れて行った日、あの一瞬で、魔王を倒す為、俺を逃す為、そこまで推察し気づかぬフリを決めたということになる。
『そんな馬鹿な』と思うも、彼女の必死さと切実さが伝わってきて、嘘だとも思えなかった。
呆然とするしか出来ない俺にフィオーナは更に続けた。
「実際……私か気づかぬフリを続けたことは効果があったと思っております。
……婚約者が殿下であると疑ってもいないのに、別人だと声を上げられる者など、この王国にはそうそうおりませんもの………。」
確かに身分制度が絶対のこの国で、筆頭公爵家の令嬢であり、王太子の婚約者であるフィオーナが、あの男の素性を疑わず、本物として扱っていれば、疑惑を持つ者があったとしても言い出せる者はいないだろう。
身分主義の強い王国で、婚約者ですら疑っていないのに王太子の素性を疑う。
……そんな主張をすれば下手をしなくても命取りだ。
しかしそれは、気づいた者がいたらの話だ。
誰一人気づいた者などいなかったのだから、効果もなにもないのではないだろうかと、クラクラした頭で考えていると
「……ですが……それでも入れ替わりを疑い、私に不敬覚悟で『殿下は別人ではないか』と聞いてくる者もおりましたわ。」
「は……………………?」
まさかな話に驚愕の声が漏れる。
「殿下が別人になっていると、命懸けで訴えて来る者もいましたわ……。」
「!!!!????」
まさかそんな筈はない!
そう思うも心臓がバクバクと五月蝿い音を立てた。
『まさか』と思うも
(もし本当に…そんな者がいたのなら………。)
と最悪の事態を想像して
処刑された者が出たとでもいうのか?と冷や汗が浮かんだ。
フィオーナは青くなった俺の心情を慮るように、
「いいえ、ご安心下さい。外部には漏れぬよう、内密の話でとどめましたから……。」
と少しだけ微笑んだ。
ホッとしたのも束の間
「その者達には、私の一存で気づかぬフリをするようにも命じましたので…。」
と言われて目を見開く。
「気づかぬフリをするように命じた!?君が?」
「……はい、勝手な事を致しまして申し訳ございません。
ですが気づいた者達は殿下の腹心の方達ばかり……誤魔化す事は出来なかったのです……。
だから、殿下が魔王を倒す為に入れ替わられるおつもりであると…そして誰も気づかぬ方が、殿下が戦場より離脱しやすいだろうとと伝えれば、皆同意の上で協力して下さったのですわ…………。」
「!!!!!!!」
何度目か分からない衝撃に身を震わせる。
忠義に厚かった幾人かの側近達の顔が浮かんで来た。
と同時に今まで疑いもしてこなかった確信が揺れる。
(まさか……そんな………。)
誰一人気づいた者はいないはずだった…。
城を出るまでの一週間、寂しさを感じるほどに、誰にも気づかれなかった筈だ。
それも所詮は俺がその程度の存在だっただけの筈だった。
確かにそうだと確信したはずなのに、心臓の鼓動は鳴り止まない。
「皆…………殿下の身を心底心配しておりましたわ……。
何故殿下は……そんなにもご自分の存在を…軽いものだと思われたのでしょうか……。
いえ、それも………最初に、私が気づかないフリをしたせいですわね………。」
悲しそうにフィオーナが俯く。
「い、いや…自分を軽んじていたわけでも……君のせいでも………。」
言いかけて、しかし…と思う。
フィオーナのせいだとは思わないが、彼女に気づいて貰えなかった事にいじけて、『どうせ俺など……。』と思ってしまった節はあったかもしれない。
誰も声に出さないことで、安直に誰も気づかないのだと結論づけてしまっていたかもしれない。
改めて思い返すと、あれほどスムーズに上手くいったことが不自然なような気がしてきた。
確かに顔は自分でも見分けがつかぬほどそっくりだし、あの男の適応能力は凄まじかった。
とはいえ全くの別人なのだ、いくら魔王との戦いの最中で混乱状態であったとしても、命を預けあってきた側近達の中から誰一人疑念の声が上がらなかったは、さすがに可怪しいのではないだろうかと。
だがそれは、フィオーナがサポートをしてくれていたおかげなのだとしたら……
未だ信じられない思いだが、
それならば…
(誰にも気づかれることなく入れ替わったと思っていたが、違ったということなのか…。)
じっとフィオーナを見つめれば
彼女の涙に濡れた真摯な眼差しに、それが真実だと胸を射抜かれた気がした。
ああ……………
ストンと彼女の言葉が心に落ちてきた気がした。
「それでは…………。」
愕然と声を漏らす。
「それでは……君の言った事は本当なのだな……。」
そう言葉を絞り出せば、やっと信じて貰えた事に安堵したように、フィオーナは『はい』と静かに微笑んだ。
ところが安堵から一転、フィオーナは苦しげに顔を歪めたかと思うと、ポロリと涙を零しだす。
「!?フィオーナ?」
「…………ですが……私は…すぐに後悔する事になりました。
私は………大きな思い違いをしていたのです………。」
「お、思い違い……?」
ポロポロと泣くフィオーナに、なんの事だと身構える。
「まさか入れ替わりが一生涯だとは…殿下が私の元に帰られないおつもりだったとは、
………………夢にも思わなかった!!」
「!!!!!!!!」
そう言うとフィオーナは、両手で顔を覆い、わっと泣き崩れ落ちるよう大粒の涙を流し始めた。
前回からだいぶ日が経ってしまいました。
待っててくださっている方いたら、すいません。




