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聞けば男は平民の冒険者で、この国へはギルドから頼まれて物資を運んで来ただけで、自身が引き抜き手に持つ剣が " 勇者の剣 " だとは知りもしなかったとの事だった。
(勇者の剣を抜ける者は王家の中から選ばれるはずじゃなかったのか?)
(何故この男の顔はこれ程までに私に似ているんだ?)
疑問は山のように尽きないし、自分が選ばれなかった葛藤も湧き上がった。
とはいえ聖剣を抜かれてしまった以上、勇者に選ばれたのはこの男だ。
ここは何としても男に魔王と戦ってもらい、王国軍を勝利へと導いて貰わなければならない。
それに男の顔がこれ程似ている事は天の采配の様にも思われた。
(これ程似ているならば、王太子と入れ替われる……。)
一応弁明しておくと、入れ替わろうと思ったのは臆病風に吹かれた訳でも、王太子である自分を差し置いて勇者になった男に嫉妬したとかでも断じてない。
入れ替わった方がスムーズに物事が進むと思ったからだ。
まず第一に王国民は赤錆た剣は見たことはあっても、聖剣の真の姿など知らない。
目の前で聖剣が抜かれるのを見た自分でさえまだ信じられないのに、伝承とは違うただの平民の冒険者を、急に勇者だと連れて行っても信じてもらえない可能性があった。
これが聖剣だ、伝承とは違うが抜いたのはこの平民の男だと言っても、どうしても疑う者が出るだろう。
それに前線で戦っている騎士達は、心身ともに限界に近く、伝承は御伽噺だと思いつつも伝説の通り王家の人間である王太子が聖剣を手にし勇者となることを期待していた。
そんな騎士達をもう一度奮い立たせ、士気を上げる為にも彼らの期待を裏切れなかった。
それともう一つ、これは王国特有の残念な理由になってしまうのだが、王国の騎士達を率いるのならば王太子という地位はどうしても欠かせなかった。
それは王国が歴史が古く伝統と格式を重んじる分、階級や選民意識、身分差別が根深く排他的な気質があったからだ。
王国軍の騎士達はほとんどが貴族の子弟達であり、プライドの高い彼らは平民の命令には絶対に従わない。
困った事に『平民に頭を垂れるなら死ぬ。』と本気で思っている者もいるくらいだ。
だからこそ、勇者となった男には入れ替わって王太子に成りすましてもらうのが最善だと思ったのだ。
しかし男はこれに難色を示した。
『俺はただの旅の冒険者だ。あんたら王国の為に命懸けで戦ってやる義理なんてねぇ。ましてなんで王太子のフリなんてしてやらなきゃなんねえんだ!そんなに身分が必要だって言うんなら、こんな剣なんか要らねえからあんたがやればいいだろ?』
そう言って投げられた聖剣は、確かに勇者にしか扱えない代物のようで俺は危うく圧死しかけた。
もちろん魔王を倒した暁には王国で出来得る限りの報奨金を与えるし、望むなら爵位も用意すると伝えた。
魔王を倒した後でよければ真の勇者が誰であるかも公表し、男の名誉を横取りするような事もしないと約束したのだが、どうしても首を縦には振って貰えなかった。
『俺はこの国が信じられねえ!この国の身分差別の酷さは知ってるぜ。調子のいい事言っても魔王を倒し終わったら平民の俺なんてお払い箱。それどころか身分がバレた途端にバッサリなんて事になんてことにもなりそうで御免だ。
だいたい他国から援軍が得られなくて孤立無援の窮地に立たされているのだって、『王国は歴史ある一番格調高い国だ!』とかずっと他国を見下してきたからってこと、あんた気づいているか?』
『ぐっ………………。』
意外にもこの国の状況を良く把握している男に、他国から支援が得られない理由を突きつけられて、ぐうの音も出なかった。
王国は今は小国であるのに、かつて大国であった大昔の記憶とプライドを捨てることが出来ないせいで過去に他国と幾度となく諍いを起こしていた。
そんな王国の態度が、他国から信任を得られない要因となり、ここにきて援軍を得られないという形で浮き彫りになったと言えたからだ。
有名無実で無駄なプライドだけが高い国、身分差別も酷く居居丈高で横柄な態度を取る王族と貴族達のいる国と思われている。
分かってはいたが、他国の人間に面と向かって告げられると苦い気持ちになった。
『……王国に問題があるのは分かっている。このような事態に陥っている一端が王国の横柄さから来ていることも認める。
確かに他国に比べて我が国は封建国家としての色が濃く一部そのような選民志向や階級意識の強い考えの貴族達もいる。
………だが全てがそうではない。王国の中には王国の体制に疑問を持ち変えていこうとしている者も少なくないのだ。
少なくとも私はそう思っているし、俺の言葉に嘘偽りなどない!
何より国を救ってくれた勇者に平民だからという理由で、口封じするなどあり得ない。いや、私が絶対にさせないと誓う!』
『ふん、どうだかな。』
まったく信用していない男の態度。
己の言葉に嘘などないものの、男の言う通り王国の階級意識は根深く、後々勇者が本当は平民だったと知らせたら騒ぎ出しそうな貴族達の顔がチラホラと浮かんでしまい苦虫を噛み潰したような気持ちになった。
他国から来た平民の男にしたら、勇者の剣を抜いたからと言って到底信用出来ない国である王国を助けたいと思えないだろうし、その国の王太子の言葉など信じられないのも頷ける。
だが…………………
『確かに………この国には俺から見ても素行のよろしくない貴族や古く凝り固まった思想の者も多い……。お前が私の頼みを聞き入れたくないのも分かる。
………しかしこのまま魔王軍に王都に攻め込まれ、王国が蹂躙されてしまえば、一番被害を受けるのは王家や貴族達ではなく、逃げる金もツテもない平民達だ。
お前にとっては身勝手な願いだということは重々承知している。
ならば王国の為とは言わない。
平民達の為に……平民達の為にどうか戦ってくれないだろうか?』
『ちょっ、……………おい………。』
俺は男に対し地に頭をつけて額ずいて懇願した。
身分を第一に考えるこの国の者からすれば、国のトップの一人である王太子が勇者とはいえ平民に頭を下げるなどあり得ないことだ。
こんな姿を王国の貴族や騎士達がみたら卒倒するかもしれない。
それでもそんな事はとうでも良かった。
国が滅ぼされて困るのは結局のところ平民達だ。
特に逃げる事の叶わない老人や子供、病人など弱い立ち場の者達ほど辛い目に合うだろう。
『………私に出来る事……私が差し出せるものならば全てを差し出すと誓う!
だからどうかこの国を……民を助けてくれ!!』
どれ程の時間その場に伏していたのかは分からない。
首を縦に振ってくれない男が了承してくれるまでは決して動かぬと土下座し続けて粘りに粘った。
しばらくして長い長いため息を吐いた男が引き受ける条件を出した。
それが完全な入れ替わりだったのだ。
『はあぁぁぁぁ…………………分かった。
あんたの言う通り入れ替わって勇者である王太子のフリをして魔王を倒してやってもいいぜ。
ただし入れ替わりは一生涯だ!
あんたに一生平民として生きる覚悟があるってんなら引き受けてやってもいい。
…………どうする?』
男にしたら俺に諦めさせようとして出した条件だったのかもしれない。
しかし俺はこの条件を即座に快諾した。
『それで魔王を倒してくれるなら構わない。』
『…………あんた……この国の王太子のくせに変わってるな………。』
『………そうだろうか?』
俺が王太子としての一生を差し出すだけで、王国が救われるのなら安いものだろう。天秤に賭けるまでもない。
ただ………一つだけ懸念したことがある。
それは幼い時からの婚約者であるフィオーナことだった。
俺が平民となり男が王太子となる入れ替わりが生涯にかけて続くというのなら、必然的に婚約者も代わることになってしまう。
国家存続の為とはいえ、フィオーナの伴侶となる人間を己の一存で交換して良いものかと戸惑われた。
『………俺には長年連れ添った婚約者がいる。
彼女が…もしも俺達の入れ替わりに気づいたら……そしてそなたとの婚姻を嫌がった時には……彼女の好きなようにしてやってくれないだろうか?』
『はっ!?あんた婚約者なんていたのか?
っていうか気づいたらってなんだ?婚約者なんだろう?
長年一緒にいた婚約者ならいくら顔が同じだって流石にバレるだろが!』
訝しげな男の視線に耐えられず目を伏せた。
『……彼女とは………幼い時から長い時間を共に過ごしては来たんだが
………その……正直彼女の事は……よく分からない。』
『はあっ!?婚約者なのに!!??』
『………………………。』
男の疑問はもっともだろう。
返す言葉もなくて沈黙した。




