14
周囲の目が変わるにつれ、俺を呼ぶ呼称も変わっていった。
入れ替わりに気づいていると告げられたわけでも、俺が別人だと暴露した訳で無いので、表向きの場面では『王太子殿下』のままだったが、気がつけば戦場で『勇者様』と呼ばれるようになっていた。
周辺国との関係も支援軍の将軍達の協力のおかげで、随分と様変わりした。
『いや、まさか王国の王太子殿が、これ程勇猛果敢で戦略戦術に長けている方だとは思いもしませんでしたな。』
最初は滅亡寸前の国の窮地に立たされた、助けてやらねばならない力の無い王太子だと思われていた。
しかし常に最前線に立ち続け、捨て身ともいえる戦いに挑みながら戦果をあげ、時に奇抜な戦術で魔王軍を出し抜く姿をみせれば、彼等は俺の評価を上げ、共に戦うに値する一人の将として、また軍を率いる指導者として素直に感服し俺を認めてくれた。
その上で俺という勇者がいる王国は、軍略的に手を結ぶ価値があると自国に働きかけてくれたのだ。
その結果、周辺国は掌を返したように援軍を送ってくれるようになり、魔王討伐への歩を大きく前進させることが出来た。
そして一つ、また一つと奪われていた領土を取り戻し、戦線を押し上げていけば、俺に向けられる目には敬愛の色が宿り、信頼は深まっていった。
フィオーナとの関係も変わっていった。
とはいえフィオーナと打ち解けるまでは一筋縄ではいかなかった。
俺が地を出すと決める前までも努力はしていた。
あの野郎が城を去る際に宣言した通り、口説くのに躊躇する理由はないので、言葉で、態度で全力で愛を乞うていた。
後方支援を担い、自ら負傷兵の看護に当たる彼女と、最前線で戦う俺とでは会う機会も限られていたが、時間があれば最大限好意を前面に打ち出してきた。
だが彼女の鉄壁のポーカーフェイスは崩すことは出来なくて、どれだけ愛を囁いてみても『ありがとうございます。』とサラリとかわされて終わるのが常で頭を抱えていた。
どうやら彼女の中で俺の告白は、入れ替わりがバレない為の芝居の一貫だとみなされたようで、いくら『本気だ』と言っても困ったように微笑まれた。
(このままではどんなに深く愛の言葉を囁いても素通りだな……。)
まあ王子様らしく振る舞っていた俺も悪かったのだが、このままでは気持ちが伝わるどころか、存在すら意識してもらえない。
(お互いに取り繕う必要のない関係で、本音を見せ合えるようにしないと。)
だから自分の地を出すことは、彼女へのアプローチを変える為にも調度良かった。
まずはその為にもフィオーナが入れ替わりを知っている事を俺が気づいたと正直に伝え、彼女の前で王太子のフリをする必要がない状態を作る必要があった。
『なあフィオーナ、あんた俺らが入れ替わってんの知ってたんだろ?
だったら二人きりの時は気楽に話してもいいか?
正直、ずっと王太子をやるのは疲れちまって、自分らしくいられる時間が必要なんだ。』
俺の突然の暴露と粗野な態度は、彼女を大いに驚かせ、当初は周囲に入れ替わりをバラすつもりではないかと警戒されたが、元々入れ替わりに気づかぬフリをしていたことが後ろめたく辛くもあったのだろう。
俺がただ普通に話すことを望んでいること、公の場では、王太子として振る舞い、正体をバラすつもりはない事が分かるとホッと肩の荷を下ろしたようだった。
『出来れば俺といる時くらいは淑女の仮面を剥がしてリラックスしてくれよ。
あんたもそれが素ってわけじゃねえだろ?
ここは気取る必要のない戦地だし、ずっと気を張り詰めていると疲れるだろ?
その方が俺も気が楽になる。
それにあんたとは良い関係を築きたいと思ってるんだ。
駄目かな?』
秘密を抱える者同士、腹を割ってまずはお友達になりませんか?
ということだ。
目指すところは勿論友達ではないが、何しろ俺という人間そのものを視界に入れてもらわなければ話にならない。
それに彼女にしても、気を抜いて話すことの出来る相手が必要だろうと思っていた。
あの異常なほどの淑女っぷりにはきっと理由があるのだろうとは思っていたが、息をつくことを知らない彼女が心配だったからだ。
『俺も王家の事情で詳しい事は話せねえ身の上だ。
フィオーナにも事情があんのは知ってるけど、俺相手に畏まる必要なんてねえからよ。
それとも出自をはっきり明かせない俺では、話し相手にすらなれないか?』
きっと王国なら身分や出自あたりの関係が原因だろうと当たりを付けて、あえて自分も王家の事情(帝国のだが)で素性をハッキリとさせることが出来ないから、彼女同様に素でいられる相手が限られていると、断り辛い言い方をした。
ちょっとばかり強引だったかもしれないが、彼女はやはり本当は取り繕う必要のない相手を欲していたようだ。
当初は俺の要求に困惑し、迷ったような様子を見せたが、時が経つにつれ鉄壁の仮面は少しずつ崩れて、時には飾らない笑顔さえ見せてくれるようになった。
公的なことからプライベートな話まで、腹を割って話せる誰よりも身近な存在になっていった。
戦地から戻れば、真っ先に出迎えに駆けつけて労い、生死をさまようような酷い怪我をした時は、何日も寝ずに付きっきりで看病してくれた。
『あれほど美しく献身的に支えて愛してくれる婚約者がおられて、王太子殿下は果報者ですな。』
二人の関係は他国の将軍から揶揄われるほどで、俺自身も特別な絆のようなものが生まれたと確信していた。
ただそれでも、彼女が奴を忘れることはなかった。
『フィオーナ様がいつも弾かれております琴の曲、あれは王国で昔から伝わる恋人へと送る恋歌です。
…………昔から王太子殿下によく弾いておられました。』
聞いてもいねえのに、側近の一人が俺の耳に入れてきた。
そいつは側近の中でも特にあの野郎に忠誠を誓っていた奴だった。
『へえ?たが今は俺の為に弾いてると思わないか?』
恐らくは俺と彼女の関係の親密さに焦りを感じて、警告のつもりだったんだろう。
ニヤリと自信たっぷりに答えてやれば、悔しそうに唇を噛み締めて俯いた。
自信満々な態度をとったが、あの野郎の影を追い出すことが出来ない現実に心は疼いていた。
(………てめぇに言われずとも百も承知なんだよ。)
釘を刺されなくとも、彼女が毎日誰を偲んで弾いているかなんて側にいる俺が一番分かっていた。
彼女の奏でる切ない旋律は、あの野郎を絶対に忘れないと必死に抗っているようで、まるでどれだけ仲を深めても、決して心の中心だけは譲り渡さないと自分に言い聞かせているようだった。
(それでも、今彼女の側にいるのは俺だ……。)
(彼女との関係を諦めて去ったあの野郎には、絶対に負けるわけにはいかねえ。)
俺の方が優れているという自負もあったろう。
どうせ顔は一緒だ。なら俺の方が上だと知ってもらえれば彼女も俺に惹かれてくれるんじゃないかと思っていた。
同じ時間を過ごし、苦労を分かち合っていけば、いつかは俺の存在が奴を上回る日が来るだろうと信じていた。
実際、俺と彼女の関係はより深いものへと変わっていった。
あの野郎に弾いていた曲を弾くのは相変わらずだったが、それでも俺が好きだと言った曲を多く弾いてくれるようになった。
俺に向けてくれる眼差しは、どう見ても特別な相手を見る目だったし、彼女自身も俺との良好な関係を望んでいるように思えた。
魔王討伐の為とはいえ、あの野郎が彼女と決別し、農夫としての新たな人生を歩み始めてから3年の月日が経とうとしていた。
その間、奴は一度として連絡を寄越さず、彼女の元に帰りたい素振りを見せることもなかった。
陰ながら奴をサポートしていたのだから、奴がもう帰ってくる気がない事をフィオーナだって理解していたはずだ。
理解しているからこそ、例えまだ奴に心が残っていても、彼女の方も俺に歩み寄ろうとしてくれているのだと考えていた。
少なくとも、彼女の伴侶としての選択肢に入れてくれるくらいの気持ちにはなってくれたと信じて疑っていなかった。
しかしそれが、所詮は友情の延長線上にある感情でしかなかったと突きつけられたのは、魔王討伐決戦の前夜だった。
生死をかけた魔王との決戦を前に、今一度彼女へ想いを伝えて、プロポーズしようと思って口を開いたのだが…
『フィオーナ、俺達の結婚について真…剣に…………。』
俺達の結婚と聞いた時の彼女の表情は忘れられない。
まるで希望という名の最後の糸が目の前で断ち切られたかのようなショックを受けた顔。
『…それは……殿下は……戻られない…という意味ですか………。』
震える声で呟いた言葉と、せきを切ったように溢れ出た涙が、拭われることなく床に吸い込まれるように落ちていった。
『………フォオーナ。』
彼女は入れ替わりが一生涯だということに気づいていても、ギリギリまであの野郎が帰ってくると信じていたのだ。
いや正確には信じたかったのだろう。
しかも
『…申し訳ございせん…魔王討伐という偉業の報酬が……王太子殿下の地位だと……気づいてはいたのです……。
勇者様が……その上でおまけのような婚約者である私に…良くしてくだっているのだとも…分かっておりましたが………それでも……』
『………………………。』
俺が入れ替わりを引き受けた報酬は王太子の地位の為で、フィオーナとの結婚を副産物だと考えていると思われていた事には、流石の俺も言葉を失った。




