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王国に潜り込んで目にした戦況は、いつ瓦解しても可怪しくない厳しいものだった。
長年横暴を重ねて来た王国の自業自得とはいえ、周辺諸国からは孤立し援軍も望めず、本来王家と力を合わせて戦うべき貴族共は逃げ隠れているばかり。
女神がよく『クズが建てた王国は千年たっても碌でもないのよ。滅べ!』なんて言っていたが、それも頷ける。
魔王軍と対峙しているのは王太子が率いる国軍と一握りの貴族達。
これでは帝国が手を下さなくとも、ひと月を待たずに魔王軍に滅ぼされるだろうと思われた。
しかし一ヶ月が過ぎ、3ヶ月過ぎても王国は持ち堪え、ジリ貧で後退しつつも、半年持ち堪えていた。
この状況でよくもと正直感心した。
それでもまだその時は、王太子に手を貸してやろうとは、ましてや身代わりとなって命懸けで戦ってやろうだなんて思っていなかった。
健闘している王太子には気の毒だが、客観的に見て、王国の王侯貴族達は滅んだ方がいい。
仮に魔王軍に滅ぼされずとも、国力の弱った王国ではどのみち周辺諸国に飲み込まれる可能性が高い。
後々王国の領有を巡って周辺諸国同士で争いだされても面倒だ。
それなら王国という泥舟は早々に沈めて、新しい帝国という大船に乗せてやった方が民達にとっても一番だろう。
そう思っていたのだが………
『うげ………キモ………。』
いよいよ魔王軍に追い詰められて、これ以上は持ち堪えられないだろうと見切りもついた頃、そろそろ聖剣を持って帰るかと向かった『聖なる森』で、王太子に会った時に思わず出た言葉だ。
恐ろしい程に同じ顔………。
同じ顔が気持ち悪かったわけじゃない。
わざわざ俺達を同じ顔にして生まれさせた女神の執着がだ。
『うふふ、双子だった千年前の勇者になぞらえてみたの!
なかなか粋な仕掛けでしょ?
王太子そっくりのあんたの顔を見て、世界中が王国の初代王じゃなく、双子の弟こそが勇者だったと、千年の時を経て知る事になるのよ!』
横でクソ女神がピーチク騒ぐのを聞いて、王国の王太子と同じ顔の理由が分かって反吐が出た。
仕掛け云々と言っていたのがコレかと趣味の悪さに吐きそうだった。
だから
「いいぜ、その代わり入れ替わりは一生涯だ!」
王太子の身代わりを引き受けた。
それも一生涯引き受けると言った時の女神の絶叫は笑えた。
『きゃー!!ちょっと何言ってんのよ!!!あんたか王国の王太子として魔王を倒しちゃったら話が違っちゃうじゃない!!』
『それが嫌なら俺を勇者から外せばいいだろう?』
『そしたら同じ顔にした意味がなくなっちゃうじゃないの〜!!!
何の為にこれまで準備してきたと思ってんのよ!
あたしの千年越しの企画を壊すつもり!?』
『そんな事俺の知ったっちゃねぇ!』
人の事を産まれた時から散々振り回してきた色ボケ女神に、とにかく一矢報いたかった。
それに
『民の為に頼む……………。』
王家のプライドなどかなぐり捨てて、平民の為に頭を下げる王太子が、クソ女神に運命を弄ばれているもう一人の自分のような気がしてチャンスをくれてやりたくなった。
それから王太子の婚約者であるフィオーナが俺の好みドンピシャだったことも腹が立った。
『先代勇者はねえ、兄の婚約者と相思相愛だったのよ!だけど兄の婚約者だったから諦めてたの!
もう、それはそれは切ない純愛だったのよお〜!!!
だから、勇者として功績を立てて二人が結ばれるように、あたしが手助けしてやったというのにあの兄のヤツが約束を破って〜!!!!
だから今回はあんたが婚約者を奪ってやりなさい!
ふふん、あの娘あんたの好みバッチリでしょう?
あたしに感謝しながら今度こそハッピーエンドを迎えるのよ!』
要は女神は千年前のやり直しを見たいと言うのだ。
(こんの色ボケババアが………………!!!!)
女神にとっては勇者も王太子も婚約者も、魔王すら己が見たい物語の配役に過ぎなかったのだ。
色ボケババアの夢物語に無理やり出演させられているのだと思うと、胸糞が悪かった。
彼女を手に入れるにしても、色ボケ女神の望みのまま結ばれるなんて真っ平ごめんだった。
女神のシナリオ通り千年前の勇者の真実をひっさげて、帝国の皇子として、そして伝承の勇者として魔王を倒し俺が望めば、フィオーナは必然的に手にはいるだろう。
しかしそれでは、彼女の心を手に入れたことにならない。
それならば、王太子の身代わりを務めても、彼女の側にいて振り向かせてから正体を明かしたいと思った。
『勝手な事するなら魔王軍との戦いに味方してあげないからね!!女神の加護も授けてあげないんだから!!!』
『ハッ、好きにしたらいいだろ。お前の加護なんてなくたって、千年前に比べれば武器も防具も天地ほど良くなってるから討伐可能だと自分で言ってたじゃねえか!』
『もう知らない!知らない!知らないから〜!!!』
ギャンギャンと騒ぎ立てるクソ女神を無視した。
それでもまだこの時点では、本気で入れ替わりを務めて魔王を倒す覚悟などなかった。
王太子にチャンスはやったが、王太子が平民として生きられるとはまったく考えてなかったからだ。
選民意識と階級差別の強い王国で平民として生きるのは、尊厳のない奴隷になる様なものだ。
王国の王太子として崇め奉られながら生きてきた男が尊厳を踏みにじられながら生きるなど絶対に無理だと思っていた。
だからあくまで、入れ替わりは短い間の茶番のようなもの、クソ女神への嫌がらせ、フィオーナに近づき口説くのにちょうどいい立ち位置を得る為くらいに考えていた。
それに結局のところ、女神が本気で俺に見切りをつけて、別の勇者を任命し王国を滅ぼしにかかれば成す術がない。
(まあ女神の横槍が入るまでにはなるが、少なくとも王太子が音を上げるまでは、王国を守ってやってもいいだろう……。)
そんな風に考えていた。
今思えばとんだ傲慢だ。
王太子というただ愚直に誠実なだけの男を侮った代償が、どれほど高くつくか知らずに…。
クソ女神にぶつくさ言われ続けつつ、入れ替わりをして一年ほどたった頃だろう。
まったく音を上げる気配を見せない王太子に焦れはじめ、魔王軍と膠着状態が続いていたある日、周辺諸国から援軍が来たと知らせを受けた。
『周辺諸国から援軍が来た?なんの冗談だ!?』
戦場で受け取った知らせに、半信半疑で赴いてみれば、確かに各国からの援軍がそこにいた。
『あれだけ何百通も真摯に謝罪され、民の為にと請われて無視すれば人道にもとると言うもの。
………不本意ながら加勢いたしましょう。』
と隣国から来た援軍の将軍に言われた時は、耳が可怪しくなったのかと思った。
(何百通も…………………?)
周辺諸国に支援要請の親書は送ってはいたが、王太子がやっていたのを形ばかり引き継いだだけで、定型文をお義理の様にしたためただけだ。
それだって戦の合間なのだから何百通も書ける訳がない。
国王も王妃も使い物にならず邪魔だったから、早々に退陣させたので奴等ではない。
では誰がと考えてハッとした。
『あの王太子か……………………!』
泣きついてこないので、もしや他国に逃げでもしたかと考えていたが、どうやら王国で平民として生きながらも、各国へ支援要請の手紙を出し続けていたらしい。
使われていた紙は決して上質とは言えない品だったが、それが余計に切実さと真摯さを伝え、周辺国の心に訴えかけたようだった。
『王太子殿下の誠実なお人柄が周辺諸国を動かした。』
と王国の騎士達は歓喜し奮い立った。
だがしかし俺は首をひねる。
貧しい生活の中から、何とか紙を手に入れて支援要請の手紙を書くまではいいとして、その手紙をどうやって各国の王家へ届けさせたのか。
平民の手紙が王家の人間の手に届くなど、通常はあり得ない。
その謎が解けたのは直ぐ後
援軍の知らせを受けたフィオーナが、美しい金の瞳から星がこぼれ落ちるように涙を流し、『殿下……良かった届いた………』と俺を見ずに呟いたのを見た時だ。
その時に気づいた。
彼女が入れ替わりに気づいているということに。
一瞬ではあったが、恋い焦がれる男へむけて涙を流した涙が
王太子の手紙が各国の王家に届くように手配したのはフィオーナだと言うことを確信させた。
恐らく彼女は平民として生きる王太子を陰ながらサポートしているのだろう。
(あの野郎、何が彼女は私に興味などないだ!)
彼女の元を去ったくせに、彼女の心の中心にドカリと腰を落としてやがる。
おまけに周りを見渡せば
あの王太子の為だけに、命懸けで戦う事を決めて集まった奴らばかりだ。
戦場に出てねえクセに、援軍まで呼び寄せやがった。
湧き上がってきた感情は……
馬鹿だと思うが王太子に負けたくないという敵愾心。
王太子に向けられる感情を全てこちらに向けさせてしまいたいという幼稚な嫉妬心。
俺の方が奴よりも優れていると見せつけたいと思うくだらない虚栄心。
碌でもない感情達が、俺に王太子の持ち駒だけで魔王を討伐する覚悟を決めさせた。
(帝国の力を使わずに、同じ土俵で戦わなければ、こいつらの目に俺という男は映りもしねえ。)
その日以降、俺は王太子の真似の一切をかなぐり捨てた。




