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同じ頃、勇姿の姿は大海原の船の上、王国から海を挟んだ東大陸最大の帝国イーシスへと向かう軍用船にあった。
帝国イーシスは、世界の創造主である女神の名であるイリシスから名付けられた国で、女神イリシスは勇者に聖剣を授けた神である。
帝国の歴史は王国に次いで長く、今や小国となってしまった王国とは反対に、今も領土を拡大し続ける飛ぶ鳥も落とす勢いの大帝国だ。
大帝国の軍船だけあり、軍船は重厚且つ最先端の技術が詰め込まれた最新モデルで、至る所に一級品の装飾が施され、乗船している騎士達も皆立派な鎧に身を包んでいる。
そして勇者は、そんな軍船の甲板で情けない悲鳴を上げていた。
「ぎゃああああ!やめろサマンサァーー!痛ぇえええ!滲みるううううう!!!!!」
「やかましい!!!情けない声を出さないでください!それでも勇者ですか!?」
泣き叫ぶ勇者に冷たい声を返すのは、サマンサことあのサミーと呼ばれていた彼女だ。
彼女は今、勇者に馬乗りで腫れた頬に薬を塗込んでいる。
鼻から抜けるような甘ったる声や上目遣いは何処に行ったのか、眇めるように冷たい眼差しからは、恋人へ向ける恋情など微塵も見受けられない。
むしろ仕事だから嫌々といった様子で、淡々と薬を塗り込めている。
「サ…サマンサ待て!ちょっ…やさしく!もっとやさしく!マジで、これマジで痛ぇから!」
「何が痛いものですか!戦場の傷に比べれば、王太子に殴られた頬の治療など大したことないでしょうが!」
「塗るにしたってなんでゴリゴリやんだよ!しかもこの薬尋常じゃなく滲みる!!!」
「これが一番良く効く薬なんです。それに塗り込むほうが効果が高いんですから仕方ないでしょう?
戦場ではどんなに深手を負っても『痛い』のひと言どころか、悲鳴さえ上げなかったと聞きましたが?」
「そりゃあ…好きな女の前で格好悪い姿なんて見せられるかよ。」
「へぇ、なるほど…好きな女性の前で格好をつけていたと?
それなら『真実の愛』の相手である、このサミーちゃんの前でも是非格好つけて、やせ我慢出来ますね。」
「何がサミーちゃんだ!だいたい『恋人役を演じろ』とは言ったが、何であんな頭のネジがぶっ飛んだ女のキャラだったんだよ!」
「それは勿論散々苦労させられてきた積年の恨みと、3年も音信不通だったクセに厚かましくも恋人役なんて頼んできた事への嫌がらせですけど?」
「嫌がらせかよ!!??……にしたってお前俺より5つも歳上だろ?
ぶりっ子少女キャラとか正直鳥肌が……………って、ぎゃーだからやめろ!!!!
痛えええええ!!!!」
再びゴリゴリと薬を塗り込むサマンサに勇者が再び悲鳴をあげる。
もはや戦場での勇ましかった姿など見る影もない。
「ははは、サマンサ殿、もうそれくらいにして差し上げたらどうですか?
レオニダス様も十分反省されていると思いますよ?」
勇者の事をレオニダスと呼び、二人の間に割って出てきたのは、金髪碧眼の整った顔立ちをした30代前半くらいのひと際身なりのいい騎士だ。
「クルツ様………。どうかレオニダス様を甘やかさないで下さいませ。どうせ、この方はどれだけご自分が周りに迷惑をかけたか分かっていないのです。」
「いやいや、流石のレオニダス様もご理解されているでしょう。
……それにこれ以上は私の部下たちのメンタルがやられますので……。」
周りを見渡せば、助けに入るべきかどうかハラハラと見守る騎士達の様子が目に入り、サマンサはため息を吐くと渋々勇者の上から退いた。
「はぁ…クルツ……助けるなら早く助けろよ。」
「ふふっ…相すみません。サマンサ殿のお気持ちも分からない訳ではありませんもので……。」
優雅な動きで膝をつき勇者を助け起こす所作からも、彼がただの騎士ではなく高位貴族の教育をうけた者だということが伺い知れる。
「こちらの軟膏をお使い下さい。
そちらは確かに効きますが……………罪人を拷問する際にも使われるほど滲みる薬ですので…。」
サマンサが塗っていた軟膏は、罪人に自白を強要する際に使用される軟膏で、拷問される→治りは早いがめちゃくちゃ痛い→治る→拷問→そしてまた激痛軟膏の、心を折りに来るエンドレス仕様だ。
「お前なんてもん使ってくれてんだサマンサ!」
「我慢強いと評判の王国の勇者様であれば、問題ないかと思いまして。」
「大有りだろ!」
「ははははは」
サマンサの嫌味にブチギレる勇者を見ながら、朗らかに笑う騎士は、若いながらもこの船だけでなく帝国イーシスの海軍をまとめる提督だ。
そんな彼が勇者に跪く理由は唯一つ。
「ははは、乳姉弟であるサマンサ殿にかかれば、恐れ知らずの第二皇子も形無しですな。」
3年ぶりに呼ばれる第二皇子という呼称に、勇者は『うへぇ……』と嫌そうに呻いた。
勇者ことレオニダスが平民の冒険者だというのは真っ赤な嘘だ。
聖剣について何も知らずに引っこ抜いたというのも同じく嘘だった。
なぜなら彼は、東大陸最大国家である帝国イーシスの第二皇子として生を受け、と同時に、『伝承の勇者』に選ばれた男だからだ。
伝承とはもちろん、千年前に魔王を倒した勇者が残したというあの言葉
『遠い未来、もしも再び魔王が国を脅かす時、王家の中から "勇者の剣" を引き抜ける者が選ばれ魔王を倒すであろう』
しかし千年前の勇者は王国の初代王のはずだ。
では何故、帝国の第二皇子として生まれたレオニダスが『伝承の勇者』となるのか
その理由を、レオニダスは物心つく前から聞かされてきた。
頭に鳴り響く甲高い女の声が女神の声だと気づいたのは、いつだったろうか?
『本当許せないわ〜。あんの卑怯者!事もあろうに双子の弟を裏切って勇者としての功績を奪っただけでなく殺そうとしたのよ!弟とおんなじ顔のクセして中身は真っ黒だった!』
『勇者としての功績を譲る代わりに自分の婚約者を譲るって約束しといて、いざ魔王が倒されたら知らぬ存ぜぬで、騙し討ちしようとか信じらんないわ〜。』
『聖剣を作るのに力を使い果たして眠っていなきゃ、あんな卑怯者の作った国なんて滅ぼして、玉座から引きずり下ろしてやったのに!くやしいぃぃぃ!!!』
簡単に言うと、千年前の勇者は王国の初代王ではなく双子の弟で、弟が興した国が帝国イーシスだという事だ。
つまり帝国イーシスの王家こそが、勇者の末裔ということになる。
幼い頃は、何のことやらサッパリ分からないまま、先代勇者の活躍やロマンスなどを寝物語に聞かされ続けていたが、生まれた時からそれが普通だった為に別段可怪しいとも思わず人にも話さずにいた。
しかしそれが普通ではないとわかったのは、歴史の授業を受けるようになり、建国についてやけに詳しい事を怪しまれ、母である皇后に問いただされた時からだった。
『あら、私ったら女神って言ってなかったかしら〜?』
のんびりした女神の口調とは裏腹に、女神の神託を聴く『伝承の王家の人間』がとうとう現れたと大騒ぎになり、同時に自分がいずれ復活する魔王を倒す勇者になるのだと知った。
『魔王はもうすぐ復活すると思うから、あんたは勇者の末裔として魔王を倒して、真の勇者が誰だったのか真実をつまびらかにすんのよ!
そんで千年前の勇者、あたしの推しの尊さを存分に布教してちょうだい!』
『ふふん!魔王が復活した時の王国の奴らの慌てふためく顔が楽しみねぇ!
無理やり奪った聖剣が、他国の王家の皇子に抜かれる様を見て右往左往すればいいのよ!
より効果的な復讐が出来るように、あんたが生まれる時にちょっとした細工をしといたから、楽しみにしとくのよぉ!』
そんな事を告げられ、幼い頃からレオニダスは来たる魔王復活の時の為、また千年前の勇者の真実を明らかにする時の為に、あちらの戦場こちらの戦場と渡り歩き、勇者としての力をつけることになった。
『帝国はあたしの加護の元、軍事に力を入れ続けてきたから、千年前に比べたら武器や防具も天地ほどに良くなってるし、聖剣もあるから心配はいらないと思うけどぉ?
まあ、勇者が弱々じゃ格好つかないもんね!がんばって〜!』
と言われて、文字通り血の滲む地獄の日々を送らされた。
そして魔王が復活し、聖剣のある王国に魔王が攻め入ったと報が入った矢先、レオニダスは突如一人姿を消したのだ。
なぜなら
(マジでムカつく…………。)
帝国の第二皇子として生まれた男として、いずれ魔王と戦う事には同意出来ても、なぜ唯々諾々と女神の望みのままに動いてやらねばならないのか。
真の勇者の真実だかなんだか知らないが、千年以上も昔の出来事の為に、どうして子孫とはいえ、子供の頃から戦場を駆けずり回らなければならないのか。
それにいくら裏切り者が建てた王国だと言われても、己の目で見てもいない国を滅ぼすには抵抗があった。
せめて己の目で見てから判断したかった。
『ちょっとあんた、何一人で勝手な行動とってんのよぉ!
王国が滅ぶ時に、真の勇者が大帝国の軍を率いて華々しく帰還するってシナリオをめちゃくちゃにする気!?
せっかく、あたしが色々とお膳立てしたのにぃ!』
いい加減キンキンと頭に鳴り響く姦しい声にうんざりしてたせいもある。
それに興味が湧いたのだ。
魔王が復活し、魔王軍が王国を攻め始めた当初、王国の国王も王妃も城のある首都に引きこもり、高位貴族たちは自分達の領地へ逃げ込み、軍の指揮を執ることなく『魔王を倒せ』と威張り散らしているだけと聞く中、王太子だけが自ら騎士達を率いて先陣を切って戦っているという。
王国の王家の中にも、まともな奴がいるのかと気になった。
だから一足先に、そいつが死ぬ前にちょっと顔でも見てやろうかと、平民の冒険者として王国にもぐりこんだのだ。
随分と時間が空いてしまいました。見て下さっていた方申し訳ございません。
そして、どう捏ねくりまわしてもまだ終わりませんでした。
かなり見積もりが甘かった……。
必ず完結させるつもりですが、もう少しかかりそうです。
ごめんなさい。




