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「嘘…………?」
「はい…勇者様が魔王討伐に手を抜いていたなど、絶対にあり得ません。」
「???」
きっぱりと言い切るフィオーナの確信に満ちた力強い瞳に戸惑いを隠せない。
「しかし……あの男は確かに……。」
言いかけて気づいた。
フィオーナへの狼藉が嘘だったのなら、魔王討伐に手を抜いた話も嘘である可能性があることに。
(まさか……あの話も嘘だったのか?)
背中を嫌な汗が伝い始めた。
「なぜ…そう思うんだ…?」
慎重に彼女に問いただす。
「勇者様は…戦闘で生死の境を彷徨うような大怪我を何度もされております。」
「怪我!?」
「ええ…私が手当ていたしましたので間違いありません。」
「!!!!!!」
王太子の婚約者が後方支援の為に自ら戦場へ出向き、負傷兵達の治療に当たっているという美談は、献身的な未来の王妃として、風の噂に何度も耳にしたことがあった。
その度に、流石フィオーナだと思っていたのだが…
「だか…王太子が負傷したなどと一度も聞いた事がないが!?」
「それは…勇者様が口外されるのを禁止したからですわ……。
…………勇者である王太子が倒れたと知れたら軍の指揮に関わるからと…。」
フィオーナはその時の事を思い出したのか、辛そうに顔を歪めた。
「!!!!!!!!」
(一体何度衝撃を受ければいいのだろうか…。)
世の中から、音という音が消え失せたような気がした。
静寂の中、聞こえてくるのは、心の臓が破れるのではないかと思うほどの、自分の鼓動だけだ。
『手を抜いていたって事だよ。』
憎たらしくもゲラゲラと笑っていたあの男の顔が思い浮かぶ。
「………教えてくれフィオーナ……。あの男の事を………。
君から見た……俺の知らない…勇者の3年間を………………。」
魂の抜け出た表情でフィオーナに尋ねる。
フィオーナは俺の言葉を受けて神妙に頷いた。
「勇者様はどれほど酷い怪我をされても、傷が癒えれば直ぐに戦場へ戻られましたわ。
私は、戦場近くの野営地て負傷兵達の看病の任に就いておりましたので、戦っているお姿を戦場で直接見たわけではございませんが、騎士や兵士達から勇者様がいかに勇敢に、命を賭して戦って下さっているのか何度も聞きました。
どれほど劣勢であろうとも、怪我を負おうとも、勇者である王太子としてあの方は常に騎士や兵士達を鼓舞し、前線から下がることは無かったと聞いております。」
「あまりに苛烈な戦い方に心配した側近達が、少しでも休むようにと婚約者として口添えして貰えないかと、私の元を度々訪れた事もございます。
その度に『勇者が先陣を切らずに誰が切るんだ。』と仰って決して聞き入れることはございませんでした。」
「それに身分に胡座をかいて戦場に出ぬ貴族達を『国の大事に戦わなければ貴族席を剥奪する。』と引っ張り出し、どれほど大反発されても『俺が能力を認めた身分低い者が問題を起こしたのならば、自分の首をかけて責任を取る。』と戦場に身分を持ち込む事を禁じ、能力による登用を徹底されました。
能力主義とした事で、指揮系統は無駄なく的確な指示や攻撃が出来るようになり王国軍は持ち直しました。」
「また周辺の諸国へは、これまでの王国のあり方を詫びる手紙を戦闘の合間、束の間の時間を使って何通もしたため、諦めずに王国への支援要請を続けてらっしゃいました。
そうして王国は孤軍奮闘しつつも魔王軍に対抗し続け、真摯な要請を嘆願するあの方の姿勢と熱意に心打たれた各国から、少しずつ信用を得て支援を得られるようになったのです。」
フィオーナは当時を思い出しながら、時に辛そうに顔を歪めならも必死に説明してくれた。
俺は彼女の話を食い入るように聞いた。
彼女の語る勇者……それはこの3年俺が思い描いていた勇者の姿。
それ以上の姿だった。
気づけば、涙が頬を伝っていた。
そして……湧き起こる自責の念に震えた。
(俺はどうしてこんなにも愚かなのか……………!)
(魔王がどれほど強大で、魔王軍がどれほどの脅威だったのか、かつては自分も軍を率いて対峙し十分わかっていたはずなのに!)
(何故あんな嘘をあっさりと信じてしまったのか………!)
あの男に王国軍を託した時、王国軍は瓦解寸前の状態だった。
勇者の剣が魔王を倒すことの出来る剣だとしても、魔王討伐という偉業が簡単に成される訳がなかったのだ。
それなのに、あの男の嘘を深く考えもせずに鵜呑みにするとは愚かにも程がある。
「全て………嘘だったのか……………………。」
「殿下………………………………。」
愕然としながら後悔に涙する俺にフィオーナが心配そうに声を掛ける。
だが俺には心配してもらう資格などないだろう。
「俺は……なんてことを……。」
国を救ってくれた大恩人を殴り飛ばしてしまったのだかから。
だがどうしても納得は出来ないことある。
「何故あの男は………勇者は…あんな嘘をついたんだ………?」
嘘をついたところで、俺が王太子の地位に戻れば直ぐにでもバレてしまう嘘だろう?
男の3年間を知った今となっては、あの『真実の愛』と言っていた恋人の存在も疑わしいとしか思えない。
勇者が命懸けで戦ったのは、フィオーナの為以外にないのだから。
フィオーナとの結婚式を控えていたタイミングで何故……
つい答えを求めるように無意識にフィオーナを見つめてしまった。
俺の視線を受けフィオーナは俺を見つめ返すと、彼女は星のような瞳を悲しげに揺らめかせた。
そして俺の無言の問いに解するようにポツリとこぼした。
「私が……身勝手にも………魔王討伐を達成された勇者様に…入れ替わりを元に戻して欲しいとお願いしたからだと思いますわ………。」
「は………………。」
「勇者様への報酬は………王太子の地位を完全に譲ることだったのでございましょう?
それなのに私は……魔王を倒し王国を救って下さった勇者様に対して…恥知らずにも約束を反故にして欲しいと願い出たのです。」
「!!!!!!!!!!」
もう何度目か分からない衝撃に身体が震えた。
茫然としてフィオーナに尋ねる。
「…………入れ替わりを元に戻す事を願ったのは………君…なのか…?」
尋ねればフィオーナが申し訳なさそうに詫びた。
「……はい…………お許し下さい。殿下が覚悟を決めてご決断されたのだろうとは存じております。
それなのに私の一存で勝手に約束を反故にするようにお願い致しました……。
ですが……私初め、殿下の側近の方達も…殿下の事を諦められなかったのです!!殿下にどうしてもお戻り頂きたかったのです……。」
フィオーナの瞳が悲しく揺れる。
俺は衝撃から愕然と声を漏らす
「…………そ…れであの男は……勇者は何と…?」
出てきた声はカラカラに掠れていた。
「……構わないと………。
……元よりそう言う約束だったと…笑ってらっしゃいました。」
「!!!!!!!!」
ハッと息を呑む。
『彼女が…もしも俺達の入れ替わりに気づいたら……そしてそなたとの婚姻を嫌がった時には……彼女の好きなようにしてやってくれないだろうか?』
フィオーナに会わせる前に交わした記憶が蘇る。
「……でも本当は怒ってらっしゃったのでしょう…。
私で差し上げられる物でしたら何でも差し上げると申し上げたのですけど、王太子殿下の地位よりも上の物など…私に用意出来るはずもございません……。
気にする必要はないと仰って下さいましたが、3年間も命懸けで戦って頂いたのに恩に報いるどころか、約束を破り、恩を仇で返すようなお願いをしたのですもの………。
本心ではきっと………私に酷く失望されていたのだと……。」
「違う!!!!!」
思わず叫ぶように大きな声で彼女の言葉を否定する。
「えっ?」
「あの男への報酬は王太子の地位などではない……。」
王太子の地位など、あの男は最初から興味などなかった。
むしろ面倒くさそうにしていたくらいだ。
「違うんだ!あの男が…………アイツが望んでいたのは…………。」
君だった………と口には出せなかった。
(あの男が何も告げずに去ったのなら……俺が伝えるわけには行かない……。)
ぐっと唇を噛みしめた。
それでも……男の名誉の為にコレだけは伝えねばならない。
「報酬の内容は…言えない……。だが誓ってあの男の望みは王太子の地位では無かったと断言出来る。
それにアイツは……勇者は……君に怒って嘘をつくような、小さな男ではない。」
俺が言えた義理ではないが、フィオーナにだけはあの男を誤解させたくはなかった。
フィオーナは数回瞳を瞬かせた。
「そう……ですね。勇者様は……そんな事で嘘をつくお方ではあリませんでした。」
俺の言葉に頷くと、それから申し訳なさそうに笑い涙を零した。
どうしても10話で収まりきらなかった……。
もう少しお付き合い下さいませ。




