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「はっ!?今更元に戻りたいとはどういうことだ?」


早朝から田舎には似つかわしくない豪華絢爛な馬車でやって来た男は、来た早々信じられない事を言い出し俺を動揺させた。


おかげで最近やっと美味しく入れられるようになってきたお茶が手から滑り落ちそうになる。


だがそんな俺に構うことなく、綺羅びやかな衣装に身を包んだ男は、服装に見合わぬ粗野な態度で簡素な椅子にドカリと腰掛けると足を組んで面倒臭そうに同じ言葉を繰り返した。


「だからぁ、王太子やるの嫌になったって言ったんだよ。と言うことで、俺は平民に戻るから、あんたは王宮帰って王太子に戻れ!」


「そんな馬鹿な事が出来るわけないだろ!!」



今、俺の目の前に座る男は現在この国の王太子であり、一ヶ月前に魔王を倒した勇者であり英雄だ。

対して今の俺は田舎も田舎の片隅でひっそりと田畑を耕しているただの農夫だ。


そんな田舎のしがない農夫の俺に、何故この国の王太子であり英雄でもある男がそんな事を言ってきているのかといえば、かつて二人は逆の立ち場だった…………

つまり3年ほど前にお互いの立場を入れ替えていたからた。


「王太子の地位は嫌になったからと言って投げ出して良いものじゃない!

そもそも俺と入れ替り魔王を倒す代わりに、俺に一生平民として生きろと要求したのはお前だろう?

生涯王太子として生きると宣言したからには自分の言葉にきちんと責任を持て!」


こちらとしたって様々な感情を飲み込んで平民として生きる覚悟を決めて3年平民として過ごしてきたのだ。

嫌になったからなんて理由で『ハイそうですか。』と元に戻れるはずもない。


「別にいいじゃねえか、約束通り魔王は倒してやったんだからよ。俺がもういいって言ってんのに何が問題なんだ?」


「問題も何も、あれからもう3年もたっているんだぞ!

今更また入れ替わりなんて無理だろ!あの時は魔王が現れて周りも混乱していたから成功したが、今そんな事したら流石にバレるだろう!?」


「大丈夫でしょ!今も昔と変わらずソックリだもん!俺とあんた。」


「た、確かにそうだが……………。」


「婚約者だってどうせまた気づかねえよ。」


「ぐっ………………。」


人の古傷を抉ってカラカラと笑う男の顔は、他人の空似などというレベルを超えて一卵性の双子のようにソックリだった。

初めて男とあった時も鏡を見るようだったが、3年ぶりに会った男の顔も相変わらず気持ち悪いほどに同じ顔で(おそ)ろしいほどだった。

男が言うように恐らく入れ替わったとしても、顔だけでは入れ替わりに気づける者はきっといないだろうと思えるほどに……。


「とにかく、あんたとの入れ替わりはもうしまいにする!

俺はこれ以上王太子をやる気はないし、魔王を倒す勇者と違って王太子は俺じゃなきゃ駄目って理由もねぇんだ!だいたいあんたにしたら王太子に戻れるチャンスじゃねえか?何を躊躇する必要があんだよ?」


「……………し………しかし……。」


男が言う通り、俺とこの男が入れ替わった理由は魔王を倒す為だった。


数年前、魔王が誕生し配下の魔族共を率いてこの国に攻め入って来た。

当時王太子だった俺は、騎士達を率いてこれに対し討って出たが、魔王軍の力は強大で、状況は日ごとに悪化していくばかりだった。

他国は魔王軍と我が国の戦いの様子見を決め込んで援軍を寄越すことすらしない。

助けもないまま王国は孤立無援となり、領土は次々と占領されていった。

王国軍はじりじりと後退し、魔王軍はもうすぐ王都まで目と鼻の先というところまで迫ってきていた。



『聖剣があれば…………。』



追い詰められて疲弊した騎士達の誰か一人がポツリと漏らした。


聖剣というのは魔王を打ち倒す事が出来る剣であり、我が国の初代王が持っていたと伝えられて来た伝説の剣の事だ。


我が国は今でこそ小国だが、かつては広大な領地を治める王国であり、どこよりも古い歴史があった。

1000年以上前の昔に王国の開祖である初代王が、神から "勇者の剣"と呼ばれる 聖剣を賜り当時の魔王を倒して開いた国が我が国であると伝えられてきた。


そしてその初代王は魔王を倒した際、聖剣を大岩に突き刺しこんな言葉を残したと言われている。。


『遠い未来、もしも再び魔王が国を脅かす時、()()()()()() "勇者の剣" を引き抜ける者が選ばれ魔王を倒すであろう。聖剣は勇者にしか抜けず、" 勇者の剣" でなければ魔王を打ち倒す事は出来ない。故にその時が来るまで代々守り伝えよ。』


それ以来、聖剣の刺さる大岩がある森は "聖なる森" と呼ばれ、聖剣は自身を引き抜くことのできる勇者が現れるのを待ち続けていると伝えられてきた。


王国の人間なら誰もが知る建国神話だ。



……………が



これは誰もが知る完全なる御伽噺(おとぎはなし)でもあった。


なぜなら確かに聖剣と伝えられる剣は " 聖なる森 "とよばれる森の奥の大岩に刺さってはいた。

刺さってはいたが、もはや剣と呼ぶのも憚られる赤錆まみれの棒に近い状態だったからだ。

抜こうとしたならボロリと崩れてしまいそうな酷い有様。

説明されなければ()()が剣だとは、ましてや1000年以上も昔に初代王が残した聖剣だなどと思う者など一人としていない事だろう。


そもそも鉄の剣が岩に突き刺さったまま野晒しの状態で、無事である筈がない。

1000年という長い歳月、朽ち果てずに形を保っていられるわけもない。


この伝承はあくまで初代王の箔付けの為の偽物語であり、伝えられている聖剣もせいぜい後世の王達の誰かが、初代王を讃える為にモニュメントととして作らせたものにすぎないと考えられていた。


王国の者ならば誰もが知っていて信じる者など誰一人としていない御伽噺。


もちろん俺も信じてなどいなかったし、『聖剣があれば…。』と呟いた者も同じだろう。



それでも………



御伽噺(おとぎばなし)でもいいから縋りたい。』


当時の王国にはそんな雰囲気が広がっていた。


劣勢の戦況で他国からの援軍も得られない中、勝つ見込みも見えず疲弊していくだけの毎日では、 縋れるもには何でもいいから縋りたくなるのが人というものだろう。


()く言う俺とても同じ心境だった。


頭では『御伽噺に縋っている場合ではないだろう。』と思いつつも、足は一人聖剣のある " 聖なる森 " へと向かっていた。


『錆びた剣とはいえ "勇者の剣" を持ち帰り見せれば、騎士達の士気を上げる事くらいは出来るかもしれない………。』


そんな思いもあり一人向かった " 聖なる森 " の大岩で、俺はこの男に出会い、聖剣が抜かれる瞬間を見たのだ。


聖剣がまさに大岩から引き抜かれる瞬間を……。


男が聖剣に手をかければ、聖剣は大岩に突き刺さっているとは思えないほど、滑らかにスッと引き抜かれた。


そして大岩から抜き放たれた途端、聖剣はまるで鱗が剥がれ落ちるかのようにパラパラと鉄錆を振り落とし、赤茶色だった刀身を白銀の(やいば)へと変えて神々しい姿を取り戻し光輝いた。


あの時の驚きをどう表現していいのか分からない。


そして


聖剣を手に振り向いた男の顔をみた時の衝撃を…………。


聖剣を抜いた男の顔が自分と瓜二つだったのだから、どれ程驚愕したかなど説明するまでもないだろう。


男の方も俺の顔を見て驚いたようで、一瞬呆けた顔をしていたが…


『うげっ、キモッ!!』


………お陰で正気を取り戻せた。

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