第8話:第八停車駅《サルファティナ》 ――追撃者たちと、車輪の意志
南方の大地に、巨大な断崖と赤い岩山が連なる。
そこが帝国最南端、未開の地**《サルファティナ》**。
帝国時代、この地には「列車の線路は届かない」とされてきた。
だが今、魔導列車はその封印を越え、
かつて存在しなかった“幻の第八駅”に到達しようとしていた。
列車の車窓から見えるのは、崖の合間に建てられた重厚な砦。
その名は《グレイ・フォート》。
帝国が密かに設けた兵器研究と列車解体の拠点。
セレスティアが手帳に視線を落とす。
「……“この駅に停まる時、クロノスは選択を迫られる”。
祖先の記録に、そう記されていました」
ノエルがぴくりと耳を動かす。
「何か、来るよ……これは、戦のにおい」
列車が停車するより早く、数十名の魔導兵が包囲を形成した。
その先頭に立つのは、黒い軍服を纏う壮年の男――帝国特別軍令部長官、ヴァル=ディストリア。
「《クロノス》を、帝国の支配下に戻す。
これ以上の“意志ある列車”は、国家にとって脅威だ」
セレスティアは扉の前で静かに言い返す。
「脅威とは、民を運び、命を救う列車のことなの?」
「違う。統治できないものが国家の中にあることが、脅威なのだ」
その号令と同時に、列車の周囲が封鎖される。
列車を包囲する魔導兵器、空を舞う蒸気式飛翔機、
そして特殊魔法部隊が展開する。
列車――いよいよ国家による“完全破壊対象”となった。
制御室に戻ったセレスティアの元に、
列車本体からの“思念”が届く。
それは、誰の声でもない、
《クロノス》そのものの意志だった。
『選択せよ。
この地で旅を終えるか――
あるいは、“列車の神格”として目覚めるか』
セレスティアは静かに立ち上がった。
「選ぶまでもありません。“止まるべき場所”は、ここではありませんから」
彼女が列車の主制御核に手を触れた瞬間、
《クロノス》の車輪が輝いた。
解放される、クロノスの封印機構。
かつて帝国が封じた“防衛機能”――《幻輪結界》が発動する。
魔導弾を跳ね返し、兵を弾き飛ばし、空を覆う火網を貫いて、
《クロノス》は再び走り出す。
――《逃走》ではない。
これは、《突破》だった。
セレスティアは制御席から叫ぶ。
「この列車は、民の希望です。
その車輪を、国家の都合で止めさせはしません!」
突破の果て、谷を越えた先に、新たな路線が現れる。
だが、それはどの地図にも記されていない。
ノエルが驚いた声を上げる。
「お嬢様! この先、誰も通ったことがない!
でも……《クロノス》が、進みたがってる!」
セレスティアは微笑む。
「ええ。ならば、行きましょう。
――《第九停車駅》へ」
その頃、王都。
レイモンド=クロードは、密かに新たな列車路線図を見つめていた。
「彼女は、もはや“旅人”ではない。
あれは、《時代を繋ぐ運命の車掌》だ……」
その手元に、一通の封書が届く。
差出人――“王女陛下”。
内容はただ一言。
《列車に乗りなさい。次の時代を共に運ぶために》
と記されていた。