第7話:第七停車駅《ユグドラシル》 ――封じられた起源と、世界の綻び
魔導列車《オリエント=クロノス》は、北方の雪原を越え、
霧と氷に包まれた地、《ユグドラシル》へとたどり着いた。
それは、帝国歴以前の古代魔導文明が“神の根”と呼んだ、
世界の魔力網の起点にして、禁忌とされた地。
セレスティアは列車の制御室で、地図に記されていない終点を見つめていた。
「……このルート、もとは存在しないはずの“廃線”ですね。
《クロノス》が、自ら選んだのでしょうか?」
ノエルはいつになく静かな表情だった。
「……この場所だけは、わたしも、記憶が曖昧なんだよ。
でも、お嬢様が来ると、列車はここへ向かいたがるの」
駅と呼べるものはなく、列車は白霧の谷に停車した。
扉を開けると、目の前にそびえていたのは――
純白の樹。空に突き刺さるほどの巨木。その根元に、古代遺跡が広がっていた。
セレスティアは驚愕する。
「……これが、《クロノス》の“建造原典”……!?
この遺跡、帝国の魔導設計よりも、数世紀古い……!」
ノエルがぽつりと呟いた。
「ここは、《列車》が“初めて止まった場所”。
……“時の断層”が、始まった場所なんだよ」
遺跡の中心。
そこには、朽ちかけた魔導記録装置と、ひとりの人物が待っていた。
黒衣をまとい、顔を覆面で隠した青年――
その名は、《世界の調律者》を名乗る者。
「君が、《クロノス》の車掌か。
ずいぶんと“逸脱した軌道”を進んできたようだね」
セレスティアは警戒を崩さない。
「あなたは、帝国の者ではありませんね。
この遺跡の存在を知っていて、ここで待っていた……いったい、何者なのでしょう?」
アルカは小さく笑った。
「我々は、“列車という概念”そのものを管理する役目を担っている。
――君の《クロノス》は、かつて世界の魔力循環を乱した“大災害”の発端だ。
その再起動は、世界の均衡を危うくする」
セレスティアの瞳が揺れる。
「……ですが、私はこの列車で“命を救って”きた。
クロノスが引き起こした災いは、私たちが責任をもって正していくべきでは?」
「君にその資格があると、誰が決めた?」
青年が杖を掲げる。空間が歪み、魔導空間に閉じ込められる。
「《調律試練》を受けよ、セレスティア=フロレンティア。
君が“列車の主”にふさわしいか、世界が試す」
空間が歪む。
現れるのは、過去の記憶。
――王都で裁かれた日。
――誰も助けてくれなかった夜。
――ひとり、閉じられた部屋で泣いた日。
「あなたに、この列車を動かす資格などない」
「お前は世界にとって不要だ」
「なぜ、生きている?」
心に突き刺さる“声”が、幻影となって襲いかかる。
だが、そのとき。
「……うるさいですね」
セレスティアの声が響く。
「私は“誰かの認可”で動いているのではありません。
私は、必要とされた場所に、必要とされた速度で、止まる列車の車掌です」
幻影が砕ける。
空間が戻り、調律者の青年が驚いたように見つめてくる。
「……お前は、“神格列車クロノス”の“正統な継承者”か。
ならば……《第零停車駅》を訪れるがいい」
遺跡の奥、封印されていた扉がゆっくりと開く。
その向こうにあるのは、失われた車両の一つ――《起点車両:エピローグ》。
そこには、帝国よりも遥か以前に書かれた、「列車の始まりの記録」が眠っていた。
セレスティアはその車両の中で、一冊の記録帳を開く。
そこに記されていたのは――
彼女の祖先の名と、《列車に託された使命》。
「世界をつなぎ、傷を縫い、過去を運び、未来を届ける」
――それが、“魔導列車クロノス”の本当の役割だった。
列車が再び走り出す。
その車輪の音は、かつてよりも重く、力強いものだった。
次なる停車駅は、《サルファティナ》――
帝国最南端、かつて“列車が通ったことのない未開地”。
だがそこには、王都より差し向けられた“列車解体部隊”が待ち受けていた――。