第6話:第六停車駅《グランヴェール》 ――記憶の交差点と、最後の許し
王都近郊、《グランヴェール》。
それは帝国最大の魔導学園都市――
かつてセレスティア=フロレンティアが、婚約者として王宮に出仕し、
そして“断罪”され、すべてを失った地だった。
魔導列車は静かに駅に滑り込む。
セレスティアは車窓から街を見下ろしながら、そっと呟いた。
「ここは……“終わった場所”。でも、同時に……始まりの場所でもありますね」
ノエルが不安げに首をかしげる。
「お嬢様……本当に、ここに停まっていいの?」
「逃げたままでは、前には進めませんから」
彼女は決意とともに、列車を降りた。
駅前には、驚きと戸惑いの視線が集まる。
“追放された令嬢”が、堂々と帰ってきたのだから。
その中に、ひときわ大きく息を呑んだ人物がいた。
――王宮直属の女官、《エメリア》。かつての侍女長だった。
「セレスティア様……まさか、御帰還とは……!」
「ええ、“列車の件”で調査が入っていると聞きまして。
私自身の口で、お話しをしに参りました」
王城では既に列車の噂が広まっていた。
各地で事件を解決し、瘴霧熱を治療し、帝国軍の横暴を退けた“動く奇跡”。
だがそれを“信じたがらない”者もいる。
――王弟派閥の貴族たち。
彼らの目論見は明白だった。
「帝国の遺物を勝手に起動させ、国を乱す存在を正式に“処罰”すべきでは?」
その場に現れたのは、あの男――レイモンド=クロード。
「それを言うなら、断罪を下したのは私だ。
ならば私自身が、彼女の再審を申し出る資格があるはずだ」
ざわめきが広がる中、セレスティアは一歩前に出た。
「私はもはや、王都の令嬢でも、誰かの婚約者でもありません。
私はただ――“クロノスの車掌”として、この地に立っております」
その静かな言葉に、一瞬の沈黙が生まれた。
その夜。王都の旧図書塔。
セレスティアは、一冊の古文書を手にしていた。
そこには、彼女がかつて提出しようとしていた“魔導輸送改革案”の原本があった。
だが、あの日の裁判では、その文書は“紛失”していた**とされていたものだった。
「やはり……すべては仕組まれていたのですね」
背後に気配を感じる。
レイモンドが、静かに立っていた。
「君の論文は、消されていた。私が気づいた時にはもう、取り返せなかった」
「……知っていたのなら、なぜ“断罪”したのですの?」
レイモンドは言葉を探すように息を吐いた。
「君を裁かせることで、君の命を守れると……そう思っていた。
だが――間違いだった」
セレスティアは、彼の瞳をじっと見つめた。
「“赦す”ことは、簡単ではありません。
でも、“信じるかもしれない”と思える相手が、また一人できたことは――
少しだけ、嬉しく思っております」
翌朝。
列車の汽笛が鳴る。
再び走り出すその扉の前に、レイモンドが立っていた。
「……もし、いつか“もう一度並んで歩ける日”が来たら。
その時は、切符を持って、正面から乗り込ませてくれ」
セレスティアは、答えなかった。
ただ、銀の切符を――そっと胸ポケットに差し込んだ。
それが、返事の代わりだった。
次なる停車駅、《ユグドラシル》――
そこは、古代魔導の聖域。そして、《クロノス》の本当の始まりの地。
だが、そこには、列車の存在そのものを否定する“世界の調律者”が待っていた――。