第5話:第五停車駅《ミラダ》 ――封鎖された路線と、帝国の検閲
魔導列車《オリエント=クロノス》は、南の山脈を越え、
都市国家ミラダへの路線に差し掛かろうとしていた。
だが――その先には、帝国軍の検閲線が設けられていた。
線路上に、分厚い魔導障壁。
帝国の赤い紋章旗がはためく checkpoint。
ノエルが操作盤の前で困った顔をしている。
「お嬢様~……これ、完全に“軍用魔法封鎖”です。無許可列車は通れないって」
セレスティアは、椅子の背にもたれ、眉をひそめた。
「“帝国直轄線”の停止通知、届いていません。
……なるほど、正式な手続きを踏まずに“実力行使”してきたわけですか」
外に出ると、帝国将校が待ち構えていた。
「魔導列車の乗員、セレスティア=フロレンティア。
あなたには“帝国機密技術の無断再起動”の疑いがかけられています」
「……あら、帝国から見れば、私は“追放済みの技術顧問”だったはずです。
今さら“無断再起動”も何もありませんでしょう?」
将校は顔色を変えた。
「帝国の命令に従わない場合は、列車の押収も辞さない」
その言葉に、列車の中のノエルが憤然と叫ぶ。
「なにそれ!《クロノス》はお嬢様の列車だもん! 誰にも渡さない!」
将校はため息をついた。
「ならば……強制排除を実行する」
魔導兵たちが前に出る。
手にするのは“雷火結晶弾”――装甲すら貫く、列車封鎖用の兵装。
だがその瞬間、空から声が響いた。
「待て、勝手な真似はするな!」
騎馬の影が駆け込んでくる。
その男の鎧には、“王都近衛”の紋章があった。
「その列車は、王都の許可の下に運行されている。
帝国軍といえど、現時点でこれを押収する権利はない!」
帝国と王都――かつて一体であったはずの両者の亀裂が、ここに明らかとなる。
セレスティアは、その騎士の顔をじっと見つめた。
(……あなた、どこかで……)
その目には見覚えがあった。
検問が解除され、列車はミラダに入る。
だが街は混乱していた。
商会間の争い、密輸の横行、そして市民たちの“列車に乗せてほしい”という訴え。
帝国から締め出されている彼らにとって、クロノスは“自由への路線”だった。
セレスティアは言う。
「クロノスは、命令には従いません。
……正しく“乗るべき人”を、私自身の判断で選びます」
騒然とする駅前広場。
その中に、一人の貴族風の青年が現れる。
「やはり、君だったんだな――セレスティア」
その声を聞いた瞬間、彼女は微かに息を飲んだ。
レイモンド=クロード。
彼女を“断罪”したかつての婚約者。
だがその瞳は、あの日の冷たさとは違っていた。
「……会いに来たの?」
「いや――“君に許されるため”に、来たんだ」
夜。列車の後部車両。
扉一枚を隔てて、ふたりは再会する。
「私はまだ、あなたを“赦していない”です」
「わかってる。
でも……本当に、あの時、君を守るためだったんだ。
王族の圧力に、俺は――」
セレスティアはそれを遮る。
「言い訳なら要りません。
私はもう、“誰かの庇護のもと”で生きてはいませんので」
その言葉に、レイモンドは黙り込む。
やがて彼は、懐から一枚の銀色の切符を差し出した。
「……次の駅で、君にもう一度、“同行者”としての申し出をしたい。
その時に、もし……君が許してくれるなら」
セレスティアはその切符を見つめる。
そして、受け取らなかった。
ただ、一言だけ――
「“列車”は、軽々しく、同じ場所に戻りはしませんので」
翌朝。
魔導列車は汽笛を鳴らし、次なる地へ向けて再び走り出す。
次の停車駅は、かつてセレスティアが“全てを失った地”――
王都近郊、《グランヴェール》。
運命が、再び大きく動こうとしていた。