第4話:第四停車駅《ノイシュタイン》 ――病の少女と、訪れる王都の影
魔導列車《オリエント=クロノス》がたどり着いたのは、
山間の静かな町――ノイシュタイン。
かつて薬草と温泉で栄えたこの地は、
今や疫病と経済封鎖によって、外界から隔離されていた。
セレスティアは、停車の許可を求めて駅の管制塔に通信を送る。
【帝国技術顧問ID:セレスティア=F=登録確認済】
【非常医療活動として停車を認可します】
扉が開き、彼女は風の冷たい駅に降り立った。
診療所の中。
そこには一人、痩せ細った少女が寝ていた。
名はマリエル。この町の領主の一人娘だった。
町に蔓延しているのは、“瘴霧熱”と呼ばれる古い疫病。
かつては帝都でも流行したが、現在は治療法がほとんど失われていた。
「列車に“医療区画”があると聞いたが、本当か?」
領主はセレスティアに懇願するような目を向けてきた。
「ええ。魔導換気炉と希釈抽出装置も稼働可能です。
ただし……必要なものがあります」
「なにか?」
「――過去の記録。私の失われた技術だけでは、治すことができません」
夜。
彼女はノエルとともに列車のアーカイブ室で、
帝国時代の医療記録を手繰っていた。
「これ……この病、かつては“温泉魔法水”と“銀樹の根”で完治できた、と記されてますね」
「でも、“銀樹”はもう絶滅したって……」
「いいえ、クロノスの薬草冷凍庫に保管されていた記録があります。
“列車が記憶していた”はずです」
セレスティアは列車の魔導厨房を使い、
煎じ薬と熱蒸気の調合を開始する。
ノイシュタインの技師たちが呆然と見守る中、
車内にはふわりと薬草の香りが漂った。
彼女は、かつての魔導兵站のトップでありながら、
今や一人の“旅の治療師”として、目の前の命に手を差し伸べていた。
そして――
「……ありがとう、ございます……」
マリエルが、微かに笑った。
治療の知らせが広まると、町の人々が次々と列車に集まり、
セレスティアは深夜まで診療と調合を続けた。
気づけば、ノイシュタインの町には久しぶりに“灯り”が戻っていた。
その灯りのひとつの下で、静かにセレスティアを見つめる影があった。
――王都より派遣された影の諜報員。
その背後には、レイモンド=クロードの命があった。
「彼女が……あの“列車”の主か。
レイ様、これは……想像以上です」
一方その頃、王都。
宮廷の高層塔。
王家直属の会議室で、かつてセレスティアの婚約者であり、
彼女を断罪した男――レイモンド=クロードは、報告書に目を落としていた。
「……魔導列車、再起動。
ノイシュタインにて瘴霧熱の臨時治療を実施。
治療者:セレスティア=フロレンティア」
その名を見た瞬間、
彼は無意識に拳を握っていた。
「……やはり、生きていたか」
隣席の宰相が問いかける。
「では、召喚なさいますか? 再び王都に?」
「いや……今は“彼女自身”の意思に任せるべきだ。
あの人はもう、誰かの道具ではない」
だが、その目には確かに――後悔と焦りが宿っていた。
列車が再び走り出す。
次の停車駅は、《ミラダ》――
そして、帝国軍が“列車そのもの”に対して動きを見せ始める地。
旅は加速する。
運命もまた、魔導列車の次なる停車を待っている――。