第3話:第三停車駅《アステリア》 ――詩人と逃亡者と、懐かしき影
魔導列車《オリエント=クロノス》は、黄昏の空を切り裂いて走っていた。
車窓の向こう、赤く染まった丘の稜線の先に、小さな街が見えてくる。
そこが、第三停車駅。
緑豊かな詩人の街――かつて音楽と学問、詩と恋の都と呼ばれた地。
だが、今は人影も少なく、静かに、衰えかけた文化の残り火が燻っていた。
セレスティアは駅のホームに降り立ち、周囲の空気を深く吸い込んだ。
「……懐かしい香り。ローズウッドの煙と、葡萄酒の酵母」
ノエルが列車の扉から顔を出す。
「ここって、音楽祭が有名だった街でしょう? 今年はやらないのですか?」
セレスティアは静かに答える。
「いいえ。もう何年も、詩人たちはこの街を去ったと聞いています」
だがその晩。
列車の外から、詩の朗読が聞こえた。
――「風は東へ、少女は西へ、心はまだ、この街に……」
線路脇の石段に、一人の青年が腰かけていた。
髪はぼさぼさ、服も薄汚れているが、その声には不思議な力があった。
「その詩は……《イリヤの月》ですね。古の抒情詩」
セレスティアが声をかけると、青年ははっと振り返った。
「……あんた、列車の人か?」
「ええ。技術顧問、兼、臨時車掌。セレスティア=フロレンティアと申します」
青年は目を見開いた。
「おいおい、冗談じゃない。王都で断罪されたって、あの……!」
「ええ、どうぞ続けて。“悪役令嬢”とでも?」
「……いや、違う。あんた、本物の“貴族”だな。詩を知ってるなんて」
青年の名はラディス。かつて詩人を目指したが、今は“王都を追われた逃亡者”だった。
理由は――王家の陰謀を告発したから。
「……この街も、もう終わりです。
誰も真実を信じちゃくれない。俺が読んだ詩は、全部“でっち上げ”って言われた」
酒場の奥、セレスティアは静かにラディスの言葉を聞いていた。
やがて彼女は、小さく言った。
「貴方の言葉は、誰かを動かせます。
それだけで、詩人の名に値します」
ラディスが、驚いたように彼女を見た。
「信じてくれるのか?」
「私も、“でっち上げ”だと烙印を押された人間ですから。
だから、よくわかります」
ラディスの手が震えた。
だが、その夜。
街の広場に、王都からの査問官部隊が到着した。
「詩人ラディス・フェノール。王家への名誉毀損により、逮捕する」
――逃げるしかない。
しかし、追手は多く、道は封鎖されていた。
セレスティアは、列車の制御室に飛び込み、ノエルに命じた。
「モード・エマージェンシー。列車を“側線”に導いて、中央広場へ接続。
目標:ラディス救出」
「ラジャっ☆! 機関出力、フル開放ぅ~!」
《クロノス》が再び咆哮を上げる。
列車が街の石畳を割って進み、セレスティアが扉を開く。
「――貴方はまだ、詩を読まなければなりません。
だから、乗りなさい!」
ラディスが飛び乗る。
追手が手を伸ばすその瞬間、列車が猛加速――脱出成功。
夜が明け、丘を越えていく中で、ラディスが静かに呟いた。
「ありがとう、セレスティア。……あんたは、本当に強いな」
「……いえ、私はまだ、“逃げている”途中ですから」
そして彼女の視線は、列車の後方車両に届いた一通の手紙へと向かう。
――送り主:《レイモンド=クロード》
かつての婚約者。
そして、彼女を“断罪”した男の名だった。
次なる停車駅。
そこで、彼女は病に伏した少女と、王都からの“影”に出会うことになる――。