第2話:第二停車駅《ルクサリア》 ――暴走する遺産と、再起動の記憶
霧深い峡谷を越え、列車は次の目的地へと走っていた。
その名は、《ルクサリア》。
かつて魔導文明が最も栄えていたと言われる都市。
今は――封印された地下遺跡と、半壊した塔だけが残る、廃都。
列車の制御席でセレスティアは地図を確認しながら、小さく息を吐いた。
「……記録では、ここに“人工魔核炉”があったはず。
燃料も、稼働状態も不明。ならばまずは――安全確認、ですね」
車輪がきしみ、列車が停まる。
扉が開き、セレスティアが一歩踏み出すと、
その足元で、大地が震えた。
「――見つけたぞ、侵入者!」
遺跡を管理していたのは、古い貴族家の末裔と称する男、カーヴェスだった。
十数人の私兵と共に、荒廃した塔の上階から見下ろしてくる。
「その列車は我が家の物だ! 勝手に乗り入れていいと思ったか、断罪女!」
「……ほう。帝国法に基づく、放棄施設の再利用申請。
技術顧問の立場に基づき、魔導災害の予防を最優先としているのですか?
“個人の所有物”に分類される魔導列車など、聞いたこともございませんけど?」
ピシッ――と、何かが割れる音がした。
塔の地中から、異様な魔力の波が広がる。
「――魔核炉、稼働状態……!?
馬鹿な、暴走している……!」
地下遺跡。
魔核炉室の奥、古代の文字が刻まれた制御盤の前で、セレスティアは苦悩していた。
(反応炉、すでに過熱状態。
このままでは、あの塔ごと吹き飛ぶ。
最悪の場合、峡谷一帯が……!)
背後から足音。
「……来るなと言ったのに、なぜついて来たのです?」
振り向くと、列車に乗り込んできた小柄な少女――《クロノス》の精霊AIの疑似人格、ノエルが立っていた。
「だって、お嬢様が“すっごく怖い顔”してたから。
わたしも一緒に、動かしたいって思ったの」
セレスティアは苦笑した。
「まったく、あなたは……」
だが――その言葉に、ふと“かつての記憶”が蘇る。
帝国時代、研究所の魔核部室。
そこでも彼女は、似たような装置と格闘していた。
何度も失敗し、仲間を失い、叱責を受け――
それでも、「人を救う技術」を信じていた。
「……いいでしょう。ノエル、あなたの力を貸してくれる?」
魔力供給ライン、再接続。
強制冷却魔法、展開。
浮かび上がる古代の文字列を、セレスティアの指が次々と書き換える。
制御盤の魔法陣が青く光り――
【強制停止、完了しました】
遺跡は静寂に包まれた。
塔の上で震えていたカーヴェスが、膝をつく。
「な、なぜ貴様のような……断罪された女に……!」
セレスティアはただ、一言だけを返す。
「――それは、私が“この列車の技術顧問”だからです。」
魔導列車が汽笛を鳴らす。
空気が震え、再び走り出す準備が整った。
その音に惹かれたように、塔の屋根にいた子どもたちが駆け寄ってくる。
「すごかった! お姉さん、本物の魔導師だね!」
「ルクサリアって、まだ生きてる街だったんだ!」
セレスティアは微笑んだ。
「ええ。――遺されていた価値は、きちんと守らねばなりませんから」
車内に戻った彼女のもとに、一通の手紙が届けられる。
差出人は不明。
だが封蝋には、王都の宰相印が押されていた。
(……この旅は、ただの自由気ままな道行きでは終わらない)
彼女の視線が、次の停車駅へと向けられる。
次なる出会い。
次なる事件。
そして――“ある人物”との、すれ違い。
物語は、静かに動き始めていた。