帰路に着く
伊織はその後、いったん品川駅とは反対方向に走った後、完全にまいたと判断した時点で日向を降ろそうとしたら、日向にぎゅっと抱き着かれた。
とりあえず走るのを止めて、そのまま歩き続ける。
「お兄ちゃん、本当にスゴイね。
まさか、逃げきれるなんて思わなかった。」
日向がちょっと顔を離して、伊織の顔を見ながら言った。
「まあ、あっちに助けられた面もあるけどな。
あんなライトを持ち出してこなきゃ、たぶん逃げ切れなかった。」
「ううん、あの場面であれだけ的確に行動できるなんて、普通できないよ。
あたし、もうダメだと思ったもん。」
そう言って、日向は再び顔を寄せて、ぎゅっと伊織に抱き着いた。
それから。
「あ、ごめん、もう降ろしてくれて大丈夫だよ。
あたしも歩くから。
ずっと抱っこだったもん、疲れたよね。」
「いや、全然平気だぞ。」
「・・・本当にお兄ちゃんってスゴイよね。」
どこか呆れたように言う日向に、伊織がちょっと目を細めた。
「なんか今、変なニュアンスが混じらなかったか?」
「ううん、混じってないよ。
お兄ちゃんってスゴイなってこと。」
あはははーと、ちょっと誤魔化し笑いなんかしつつ、日向は首を振った。
「それにしても、お兄ちゃん、格闘技かなんかやってるの?
強すぎない?」
「ああ、まあ、前にちょっとな。」
日向の疑問に、伊織は言葉を濁した。
なんでも話してくれるのに、初めて伊織が言葉を濁したことで、何かあるんだなと察した日向はそれ以上は聞かないことにした。
「そっか。
ところで、この後、どうしよう?」
「それなんだが、やっぱり一度、大阪の事務所に帰ろうと思う。
やっぱ電話じゃ伝わらないことも多いからな。
あっちで一度、顔を合わせて作戦会議だ。」
伊織のの言葉に、日向を顔を曇らせた。
「え、じゃあ、これでバイバイ?」
「は?」
伊織が理解出来なかったとばかりに目を細めて日向を見る。
「え、だって、お兄ちゃん、大阪に帰るんでしょ?
だから、ここでお別れってことでしょ?」
伊織が今度は眉を顰めた。
何を言ってるんだこの子は。
「いや、お前も一緒だぞ?
それとも、大阪に行くのは嫌か?」
「え、あたしも一緒に行ってもいいの?」
日向の顔が一瞬でぱっと笑顔になった。
「最初に一緒に来るか?って聞いただろ。
もちろん、一緒だ。」
「わぁい、お兄ちゃん最高!
結婚は無理だから、婚約でもしちゃう?」
日向が伊織の腕に抱き着いた。
なんで腕かというと背丈があまりにも違いすぎて、伊織の胸に飛び込むのは無理だったから。
「いや、だから、そこから離れろって。」
伊織が目を細めながら言うが、別に日向を剥がそうとはしていない。
「えへへ。
でも、本当にありがとう、お兄ちゃん。
見ず知らずのあたしに、こんなに親身になってくれて。
いくら感謝してもし足りないよ。」
日向が身を離して、とりあえず手を繋いで伊織を見上げながら言った。
「気にしなくていい。
子供はそんなこと気にしないで、大人に頼ってればいいんだ。」
「うん!」
日向は元気よく頷くと、伊織を引っ張って歩き出した。
◇ ◇ ◇
結局、その後、朝まで襲撃はなかった。
ひょっとすると、完全にまけたのかもしれない。
と、思いつつも、警戒は緩めない方がいいだろう。
二人は途中で折り返すとちょっと回り道をしながら品川駅に向かい、朝一番の新幹線で大阪へと向かった。