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少女を拾った探偵事務所  作者: 桐原コウ
第1章 帰宅は危険と隣り合わせ
4/12

楽しい夕食

伊織が部屋に入ると、日向は身体をくの字に曲げて眠っていた。

ようやく安心して眠ることが出来たのだろう。

穏やかな表情で眠っている。

その寝顔を優しい笑みで見つめる伊織。

天使の寝顔、というのはまさにこの寝顔のことだろう。


とはいえ、その寝顔に伊織は妹を思い出した。

なにせ、伊織の妹もテレビでも見たことがないほどに整った容姿の少女だったから。

美少女という存在は、どうしても妹を思い出してしまう。


その、苦い想いと共に。


伊織は小さく溜息をつくと首を振って感傷を振り払った。

それから、日向が掛布団の上で寝てしまっているので、起こさないように掛布団を二つに折るような感じで布団をかけてやった。


伊織は日向を起こさないようにベッドではなく椅子に座ると、ホテルの案内書を読んで逃走経路を探した。

二人が取った部屋は13階。

そして、このホテルのエレベータは二基。

下に降りるにはエレベータの他に非常階段が一つあるだけ。

狭い非常階段を下りるよりも、エレベータで降りた方が案外、対処しやすそうな気がする。


まあ、どちらにしても相手次第。

その時は日向を護るだけのことだ。


 ◇ ◇ ◇


19時ころに、伊織は日向を起こした。

寝かせておきたい気持ちもあったのだが、腹が減っては戦は出来ぬ。

それよりも夕食を摂ることを優先した。

日向の服も乾燥機で乾燥まで済んでいるので、日向を着替えさせて、部屋を出て来た。

フロントで近所のレストランの場所を聞いて、レストランに向かう。

ルームサービスを頼んで籠城することも考えたのだが、どうせ監視がついていて伊織の顔ももう把握されているだろうし、日向の話では人の目のある所では襲撃はなさそうなので、いっそ開き直って出て来たのである。


日向は、どこにでもあるチェーンのレストランを前にして目を輝かせた。


「うわぁ、本物のファミレス!

 ねえ、本当にこれからここに入るの?」

「あ、ああ。

 なんだ、ファミレスがそんなに珍しいか?」

「うん!

 入るの初めて。

 楽しみ!」


初めて?

伊織は少し違和感を感じたものの、飛び跳ねんばかりの日向のはしゃぎっぷりに水を差さないように質問するのは控えた。

まあ、後で聞けばいいだろう。


日向はタタタッと走ってレストランの周りを走り始めた。

後ろ手に両手を組んで横を覗き込んだり、よほど物珍しいらしく、なにやら観察して回っている。

結局、伊織も付き合ってレストランの周囲を一周すると、ようやく入口に辿り着いた。


「あたし、開けていい?

 開けていい?」


日向が入口の取手を握って、目を輝かせて伊織を見上げる。

それに、伊織は苦笑して頷いた。


「ああ、いいぞ。

 早く入ろう。」

「うん!」


日向はそーっと入口を開けて中に入る。

じっくりエントランスの観察をしながら、店内に入る扉の取手を握って、先ほどと同じように伊織を見上げて来る。

それに、伊織も今度は笑みを浮かべて頷いた。


そうして、店内に入ると、案内係の店員が寄って来た。


「どうぞ、お席に案内します。」

「はい、よろしくお願いします。」


元気よく日向が答えると、店員はちょっとびっくりした後、微笑ましいものを見るように笑みを浮かべた。

それから、テーブルに案内してもらって、向かい合わせに席に座る。

伊織は椅子、日向はソファ席。

この移動中も、日向は周囲を物珍しそうにキョロキョロしながらついてきた。

席に着くと、伊織はメニューを日向に渡した。


「食べたい物を好きに選んでいいぞ。」

「え、なんでもいいの?

 あと、いくつ頼んでもいい?」

「ああ。

 ただし、食べられる量だけだぞ。」

「はぁい。

 それはもちろんだよ。」


日向は嬉しそうにメニュー表を捲った。

1品づつ、全ての料理を吟味するように見つつ。


「うーん、これとこれ!」


メニュー表の料理の写真を嬉しそうに指差す。

そうやって、少々時間がかかったものの、最終的に日向は2つの料理を頼んだ。

キッズ向けのハンバーグプレートと、あとデザートにケーキ。


「え、それでいいのか?」

「うん、食べてみたかったんだ。」

「いや、うーん・・・ま、いっか。」


伊織は、そんな歳でもないだろうと言おうとしたが、一度も来たことがないなら興味本位でメニューを選ぶのもいいかと思って止めておいた。

それから、メニュー表を返された伊織も料理を選んで、注文のために呼び出しベルに手を伸ばしたところで、ピタ、と手を止めた。


「日向ちゃんが押す?」

「何々?」

「店員を呼ぶためのベルだよ。

 これを押すと、お知らせがいって店員が来てくれる。」

「わぁ、押す押す!」


言われて、嬉しそうに日向が呼び出しベルに手を伸ばして押した。

ピン、ポーン!と厨房らしき方向から音が聞こえた。


「わ、これで店員さん呼んだんだね。

 迷惑じゃなかったかな。」

「いや、注文受けないと料理作れないだろ。

 それに、これが仕事だから、大丈夫だよ。」

「そっか。

 うん、分かった。」


店員が来ると、日向はペコリと頭を下げて迎えた。

それに、店員も軽く頭を下げて対応する。


「ご注文は。」


伊織がドリンクバーを加えて注文すると、店員は注文を確認して、一礼して下がった。


「さ、飲み物取りに行くぞ。」


伊織が日向に声をかけて立つと、日向が不思議そうに伊織を見上げた。


「ドリンクバーって言って、ジュースとか自由に取れるんだよ。

 説明してやるからついてきな。」

「へえ。

 うん!

 お願い。」


日向もよじよじとお尻を横にずらして移動すると、テーブルの横に出て来て立ち上がって、伊織について来た。


ドリンクバーのコーナーで、伊織は日向に使い方を説明して、オレンジジュースを飲もうとした日向がボタンに届かないので代わりに押そうとしたら、抱っこ、とでも言うように日向が伊織に向かって手を伸ばした。

伊織はちょっと目を細めて日向を見た後、何も言わずに背中から日向を抱えて、ジュースのボタンを押させてやった。

それから、伊織は自分はコーヒーをブラックで入れて、二人一緒に席に戻る。


「・・・面白かったか?」

「うん!」


満面の笑みで頷く日向に。


「そうか。」


伊織もふわりと笑みを浮かべて頷いた。


「ところで日向ちゃん。」


そこで、日向がピッと伊織を指差した。


「ん?

 どした?」

「呼び捨てでいいよ、お兄ちゃん。

 ほんとはあたしも伊織って呼びたいけど、まだ小っちゃいから、お兄ちゃんで我慢したげる。」

「あ、あー。

 いや。」


伊織はどう反応したらいいか分からず、言葉を濁した後。

ちょっと視線を上げて頭をポリポリとかきながら言った。


「うん、まあ、いいや。

 分かった、日向。

 それで、お前、一回もファミレス来たことないって言ってたが、外食したことないのか?」

「うん、一回も行ったことないよ。」


日向が、ずずず、とストローでオレンジジュースを飲みながら答える。


「ふーん。

 まあ、ウチも冠婚葬祭がないと・・・と思ったけど、冠婚葬祭でもウチの広間だったから、似たようなもんだな。」

「お待たせしました。」


と、伊織が呟いたところで、日向の頼んだハンバーグプレートが来た。

やっぱりペコリと頭を下げて迎える日向の前に店員はハンバーグプレートを置いて、一礼して去って行った。

ウズウズ、といった様子で日向が伊織を見る。


「食べていいぞ。」


と、言われて、日向はハッと視線を逸らせた。


「ううん、お兄ちゃんにもお料理が来るまで待つ。

 やっぱり、せっかく一緒にいるんだから、一緒に食べないとね。」

「ああ、まあ、そんなもんか。

 じゃあ、俺のもすぐに来るだろうから、少し待ってくれ。」


ワクワク、と言った感じでフォークとナイフをそれぞれ両手に握った日向が、フンスと鼻息も荒く頷いた。

伊織はファミレスでこんなに喜んでもらえたならよかったと思いつつ、そんな日向を眺めていたら、すぐに伊織の料理が来た。

伊織はカットステーキとハンバーグと焼いた鶏肉が一枚の鉄板に乗ったプレート。

それでも大食いの伊織には足りないくらいだが、なにせ先立つ物がない。

これでもギリギリ頑張って注文した物なのだ。


「じゃあ、食べようか。

 いただきます。」

「うん!

 いっただっきまーす。」


日向はハンバーグを小さく一切れ切った後、フォークで刺して、じっと伊織を見た。

どうした?という顔で伊織がステーキを一切れ、口に入れると、それに合わせて日向もハンバーグを口に入れる。

なるほど、一口目は一緒に、という意味なんだな、と伊織は微笑ましく思った。

目を細めて日向を見たので、横からみると返って怖い顔だったりするが。

しかし、日向はその怖い顔を特に気にしないで、二口目以降はパクパクとハンバーグプレートを食べていった。


「お兄ちゃん、ジュース、もう一回いい?」


途中で、そんなリクエスト。

それに伊織は頷いてドリンクバーまで付いて行き、さっきと同じように背中から抱きかかえてボタンを押させてやった。


 ◇ ◇ ◇


ハンバーグプレートを食べ終わると、日向がキョロキョロと周囲を見回した。

それから。


「お兄ちゃん、ここ、おトイレある?」

「ああ、えっと。」


尋ねられて、伊織は首を伸ばしてキョロキョロと周囲を見回すと、Toiletと書かれた札が天井からかかっているのを見つけた。


「ああ、あっちだな。

 ついていこうか?」

「だから、お兄ちゃん、デリカシーないって。

 女の子のおトイレについてきちゃダメでしょ。」

「女性にはな。

 子供相手にそんなの意識しないよ。」

「お兄ちゃんの馬鹿。

 だから、デリカシーがないって言ってるの。」


日向は頬を膨らませてそう言うと、怒ってます、という態度のまま、トイレに行った。

まあ、トイレから戻ってきた頃には機嫌も直っていたけれど。


 ◇ ◇ ◇


ホテルへの帰り道、伊織はコンビニによって、フローリングワイパーを買った。


「お兄ちゃん、ワイパーなんか買ってどうするの?」

「とりあえず、なんか武器になりそうな物買っただけだよ。

 素手よりはマシだろ?」

「じゃあ、殺虫剤とかもあると便利だよ。

 目潰しにもってこい。」

「・・・お前、意外とえげつないな。」


とりあえず、伊織は日向の助言に従って殺虫剤も購入した。

あと、今後のことも考えておにぎりとお茶、それから日向に背負わせるためにリュックも買っておいた。


 ◇ ◇ ◇


ホテルに戻ってくると、深夜に出て行くかもしれないと説明して、カウンターで先に支払いを済ませた。

部屋のキーはキーを入れる箱がカウンターに置かれているので、そこに入れておけばいいとのこと。


こうして、逃げるための準備をしつつ、二人は部屋に戻った。


 ◇ ◇ ◇


ところで。

伊織がホテルの部屋でトイレに入って出て来ると、日向に思いっきり睨まれた。


「だから、お兄ちゃんはデリカシーなさすぎ!」

「え、いきなりどうした。」

「音!

 レディがいるんだから気を付けて!」

「・・・あー。

 すまん。

 次は廊下のトイレに行くよ。」


ちなみに日向がレストランでトイレに行ったのは、部屋でトイレに行かなくてもいいようにするためだった。

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