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少女を拾った探偵事務所  作者: 桐原コウ
第1章 帰宅は危険と隣り合わせ
3/12

少女の事情

日向は東野と話しながら、身体を起こして伊織の横に座った。

伊織にも話を聞かせようということだろう。

スマホを完全には耳にあてず、少し斜めにしている。


「三条日向ちゃん、だね。

 とりあえず、歳は?」

「その前におじさんのお名前は?

 あ、おじさん、だよね?」


一瞬、虚を突かれたような沈黙があった後、返事が返って来た。


「伊織のやつ、俺の紹介してなかったか。

 日向ちゃん、すまんな。

 俺は東野仰馬だ。

 伊織の上司で、探偵事務所の所長をしている。」

「東野さん、だね。

 よろしくお願いします。」

「ああ、よろしく。」

「あたしは三条日向です。

 年齢は7歳。

 今年で8歳になります。

 えーっと、あと何言えばいいかな?」


日向はちょっと首を傾げながらもの問いたげに伊織を見上げた。


「どこに住んでるんだい?」


答えを返したのはスマホ。

伊織も何か言おうと口を開いたけれど、半歩遅かった。


「あ、はい。

 えっとね、住んでたのはおっきなビルです。」

「・・・ビル?

 マンションじゃなくて?」

「はい。

 マンションはお家でしょ?

 あたしが住んでたのは、事務所や研究室なんかが入ってる建物でした。

 だから、ビル。

 その一角に、お父さんお母さんと一緒に住んでました。」


過去形。

東野はあえて現在形で質問しているのに、日向の答えは過去形だった。

無意識なのかは分からないが、この少女はすでに帰る場所がないことを自覚している。

そのことに、伊織は胸を痛めた。


「そうか。

 そのビルの場所は分かるかい?」

「東京都品川区にある千桜ビルです。

 品川区にこの名前のビルはここしかありません。」

「品川区の全てのビルを把握しているのかい?」


心底、不思議そうに東野が尋ねた。

それに、日向は、あ、とスマホを持っていない右手を広げて口にあてた。


「あ、ううん、あたしじゃなくて、お父さんのどーりょーって人が言ってたのを聞いただけ。」


ちょっと慌てた様子で日向が答えた。

言葉まで崩れてしまっている。


「・・・分かった。

 そのビルについてはこっちで調べてみるよ。」


東野の声はちょっと不審そうな感じだったが、とりあえずそれ以上は追及しなかった。


「それじゃあ、君を追いかけて来た人について、何か分かるかい?」

「ううん、それは全然分かりません。

 見たこともない人でした。」

「お母さんを追いかけて行った人も?」


東野の質問で、伊織はハッとした。

なるほど、だから日向の答えは『人』だったのだ。

確かに、日向を捕まえたのは一人だったから。

伊織は、そのわずかな言葉のニュアンスの違いに気付けない自分に反省を促した。


「その人達も全然知らない人達でした。」

「その人達はどんな格好をしていた?」

「みんな、揃えたように黒スーツでサングラスをかけていました。

 そうですね、群れとして特徴を揃えることで、個々が特定しにくいようにしているような印象を受けました。

 そういう意味ではまるで蟻さんですね。

 兵隊蟻。」


そして、この少女はよく見ている。

伊織は素直に感心した。


「なるほどね。

 じゃあ、これで質問は最後だ。

 君はこの3日間、どうやって逃げ延びたんだい?」


これが本命の質問なんだろうな、ということが伊織にも分かった。

なぜ、これが本命になるのかは分からなかったけれど。


「捕まえて来た人は、腕を思いっっっっきり噛んで、向う脛を思いっっっきり蹴りつけたら、なんかいい所に当たったみたいで、すっごい痛がってる間に逃げ出しました。

 木がいっぱいある公園だったから、木の間を縫って出来るだけ姿を隠すようにして、時々、後ろを振り返って追いかけてくる人がいたら隠れてやりすごしたりして。

 それで、夜が明けてきたら公園を出て。」

「公園の場所は?」


東野が日向の話を遮って尋ねた。


「港区の芝公園です。」

「・・・どうして公園の名前を知ってる?」

「公園を出る時に確認しました。」

「どうして確認した?」

「所長。」


少し詰問口調になってきた東野を、伊織がスマホに口を近づけて嗜める。


「ああ、すまない、日向ちゃん。

 つい、口調がキツくなっちゃったね。

 ちょっと気がかりなことに気を取られただけで、他意はないよ。」


東野が口調を柔らかくして謝る。

日向はフルフルと頭を振りながら答えた。


「うん、大丈夫だから気にしないで。

 それで、公園の名前を確認した理由だけど、逃げる道を覚えておけば、後で何か役に立つかなって思って。

 それだけです。」

「・・・なるほど。

 続けて。」

「うん。

 えっと、公園を出た後は、わざと人通りの多い道を通って移動しました。

 それから、夜に備えて別の公園の芝生でお昼寝して。

 夜も出来るだけ人のいる道を歩いていたんだけど、深夜で街の灯りも落ちちゃうと、やっぱり追いかけてくる人がいて。

 今度は狭い路地裏を必死に隠れながら走って逃げていました。

 だいたい、こんな感じの3日間でした。」


横で話を聞きながら、伊織は目を細めて痛ましい顔で日向を見ていた。

こんな幼い少女がそんな苦労をしていたなんて。

保護してよかった、と心底思っていた。


「どこを目指して逃げていたんだい?」


これで終わり、と思いきや、東野はさらに質問してきた。


「アテはなかったです。

 ただ逃げなきゃ、とそれだけで逃げてました。」


スマホの向こうから、溜息が聞こえて来た。


「よく分かった。

 頑張ったね、日向ちゃん。

 これからは伊織を頼るといいよ。

 こいつ、身体だけはとにかく頑丈だから。

 きっと、君を護ってくれる。」

「もちろんです。

 日向ちゃん、よろしくな。」

「はい!

 こちらこそ、よろしくお願いします。」


日向が心底、安心した様子でペコリと頭を下げた。

やはり、これまで不安で緊張していたのだろう。

それまで見せなかった、この年頃の女の子らしい笑顔だ。


「伊織。」


スマホから聞こえて来た声に、伊織は表情を引き締めて日向からスマホを受け取った。

何か思うところがあったのだろう、緊迫した声だった。


「ちょっと待っててくれ。」


なので、伊織は日向を残して部屋を出た。

そのただならない様子に、日向も素直に頷く。

扉を閉めると、スマホを耳にあてた。


「なんでしょう、所長。」

「なんでしょうじゃない。

 今夜は襲撃に備えておけ。

 逃げる算段もしておくんだ。」

「はい、もちろんです。」

「緊張感が足りん。

 どうもきな臭い。

 思ったより大きな事件に巻き込まれたと見た方がいいぞ。」

「・・・はい、分かりました。

 肝に銘じます。」

「それから・・・ああ、これは言わない方がいいな。

 忘れてくれ。」

「いや、そんなこと言われたら気になるじゃないですか。」

「本当に大したことじゃないんだ。

 じゃあな。」


それで通話が切れた。

伊織は思わずスマホを耳から話して画面を見つめる。


「ったく・・・まあ、言う気がないなから仕方がないか。」


言わない、と決めた以上は問い詰めても決して言わないだろう。

なぜあんな思わせぶりなことを言ったのかは気になるけれど、本当に口を滑らせて途中で気が付いたような感じだった。

とりあえず伊織は大きく息を吐くと、気合を入れるように両の拳を握った。

そして、気を取り直して扉を開けて部屋に入って行った。

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