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少女を拾った探偵事務所  作者: 桐原コウ
第1章 帰宅は危険と隣り合わせ
11/12

新幹線での逃亡戦

伊織が黒スーツを背負ったまま、日向に先導されて乗務員室までやってきた。

ここに着くまでにすでに名古屋駅は過ぎて、次は京都に向かっている。


3号車から8号車まで、細い上に安定しない床を移動するのはなかなかハードな上に、名古屋駅では乗降客の波に飲まれてしまい、かなり大変だった。

日向はちょっと息が上がっている。

伊織は平然としていたが。


それはともかく、先に歩いていた日向は軽く深呼吸して息を整えると、乗務員室の扉をノックした。

すると、すぐに扉が開いた。

車掌が顔を出すと、驚いた様子で伊織を見た。


「だ、大丈夫ですか?」

「3号車の乗降口に倒れていたのです。

 心配だったので、運んできました。」


伊織が口を開く前に日向が説明した。

それに車掌が下を向いて、再びびっくりしたような顔になった。

男を背負っている伊織に注意が向いていたので、日向が視界に入っていなかったらしい。

でも、そこはプロ。

すぐに落ち着いた態度を取り戻した。


「そうでしたか、ありがとうございます。

 とりあえず中にお入り下さい。」


車掌がそう言ったところで、途端に日向が警戒する顔になった。

半歩下がって伊織にぶつかると、後ろ向きに見上げるようにして伊織を見た。


「お兄ちゃん、気を付けて。」

「どうした?」


伊織が目を細めて日向を見下ろすと、日向が緊迫した表情で短く告げた。


「普通は、乗務員室に客を入れたりしないの。」


言うと、日向はパッと進行方向、つまり元来た方に向かって走り出した。

伊織も日向がその短い言葉に籠めた意味を受け取って、背負っていた黒スーツを車掌に向けて背負い投げの要領で投げつけた。

日向が言外に何を言いたかったのかと言うと、つまり、この車掌もおそらく追手の仲間。

そう言えば、この黒スーツも車内のどこかへ連れて行こうとしていたな、と伊織は思い出した。

新幹線という空間で、乗客に秘密で捕まえておくなら、乗務員室は持ってこいの場所だ。


伊織は黒スーツを投げつけた後、日向を追いかけて走り出した。

揺れる床に苦戦しながら走っていた日向にすぐに追いついて、抱き上げるとそのまま進行方向に向かって走る。

日向も伊織の首に腕を回して、ぎゅっと抱き着く。

この移動方法にも、もう慣れたものだ。


伊織が投げた黒スーツをモロに受けてしまった車掌は、黒スーツに押し倒されるような形で乗務員室に倒れ込んだ。

車掌は慌てて黒スーツを身体の上からどけると立ち上がって、車内放送のマイクを手に取った。


 ◇ ◇ ◇


日向を抱えた伊織が新幹線の狭い車内を駆け抜けていると、車内アナウンスがかかった。


『現在、車内で緊急事態が発生しています。

 男が少女を攫って逃亡中です。

 危険ですので、手出しはお控えいただくようにお願いします。』


思わず天井を見上げる伊織と日向。

もちろん足は止めずに。


二人の周囲がざわついた。


「なるほど、そう来たか。」

「そう来たかじゃないよ、お兄ちゃん。

 誘拐犯にされちゃってるよ。」

「大丈夫だろ。

 捕まっても、日向が証言してくれれば問題ない。」

「甘いよ、お兄ちゃん。

 警察に捕まったりなんかしたら裏から手を回されて、お兄ちゃんと引き離されて、そのままお兄ちゃんは独房入りだよ。」


日向はだいぶ焦っている様子で、早口で喋っている。

ただ、その時、ハッと気が付いたような顔をした。


「そうだ、お兄ちゃん、次の駅で降りようよ。

 少なくとも、新幹線内からは逃げれるよ。」


その時、伊織の足を引っかけようとしたのだろう。

乗客が横から足を延ばして来たのを、伊織は簡単に躱して走り続けた。


「ん、そのつもりだ。」


伊織が答えると、日向はムッとした。


「考えてたなら言ってよ、お兄ちゃん。

 焦っちゃったじゃん。」

「足を止めてから言うつもりだったんだ。

 すまない。」


伊織が素直に謝ると、日向はムッとした、ではなくて、ムムーッとした顔になった。


とりあえず先頭車両まであと2両。

といったところで、客室を出たところで道を塞がれた。

伊織ほどの背はないものの、ガタイのいいお兄さんが仁王立ちしている。

伊織が足を止めたので、伊織の方を見ていた日向も前を見た。


「さっきの放送は君のことだね?

 悪いことは言わない、素直に捕まりなさい。」


伊織が目を細めて相手を見定めようと見つめる。

着ているものは黒スーツなどではなくて、普通にTシャツの上にジャケット、綿パン。

善意の協力者、というヤツだろう。

もちろん、油断させるためかもしれないので、警戒は緩められないが。


「いや、あの放送を鵜呑みにしないでくれ。

 俺がこの子を攫って来たような顔に見えるか?」


そう言われて、目の前の男性は伊織と、そして日向を上から下まで舐めるように見た。

日向は伊織に掴まる腕に力を入れてぎゅっと抱き着いて、笑顔を見せている。


「・・・懐いてるように見えるな。

 じゃあ、あの放送はなんだ?」

「あたし、何者かに追われてるの。

 それで、車掌も追いかけてくるやつらの仲間。

 お兄ちゃんは、そんなあたしを助けてくれたの。」


ここが正念場とばかりに、日向がまくし立てるように言った。


「そう言わされてる、というわけでもなさそうだな。

 分かった、信じよう。」


男はあっさりとそう言って頷いた。

伊織と日向が拍子抜けしたように顔を見合わせると。


「なんて言う訳ないだろ!」


男が伊織の腕を取ろうと手を伸ばして来た。

伊織はそれを、さっと躱すと。


「仕方ない。」


伊織は左手で日向を抱きかかえたまま、右手でポケットから黒スーツから奪った銃を取り出した。

その銃口を男に突き付ける。


「動くな。」


伊織は凄むように目を細めて、男を睨む。

男も伊織を睨み返してきたが、銃が本物なのか判断がつかないようで、動きを止める。


「まるっきり悪役だよ、お兄ちゃん・・・。」


日向が呆れたように思わずぼやく。


伊織はそのまま男と位置を入れ替えて、進行方向側に出ると、銃を突きつけたまま、ゆっくりと男から離れた。

そして、あるていど距離を取ると、ばっと振り返って前方に走り出した。

銃はもちろんポケットに戻して、日向を両手で抱きかかえて。

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