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少女を拾った探偵事務所  作者: 桐原コウ
プロローグ
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プロローグ

伊集院伊織は今年21になる青年。

大柄でよく鍛えられた体躯にそれなりに整った容貌。

小綺麗な恰好をすればいいところのお坊ちゃんに見えるのだろうけれど、ぼさぼさの髪に擦り切れたジージャンにジーパンという恰好が全てを台無しにしていた。

その恰好と体躯、それからつい目を細めてしまう癖のおかげで、むしろ周囲を威圧するような雰囲気を醸し出してしまっている。

この青年、18で家出。

それから大阪に事務所を構える探偵に拾われて探偵見習となり、今に至る。


伊織は、今日は出張で東京に来ていた。

仕事は浮気調査の報告で、それはすでに終わっているので、せっかく東京に出て来たということでブラブラと町を散策していた。

お金は持っていないので、本当にブラブラするだけだ。


・・・まあ、実は出張費をわずかでも浮かせるために、クライアントの家から新幹線駅である品川駅までの移動費をケチっているのが本当のところなのが世知辛いところ。

そんなわけで、クライアントの家を出てから、すでに30分。

品川駅も近くなり、高層ビルが立ち並ぶ辺りまでやってきた。

まだ午後の早い時間なので、あえて裏道を選んで歩いてみる。


そうして、のんびり散歩気分で歩いていると、古いビルとビルの合間の狭い路地裏に、不意に意識が引かれた。

そちらに視線を移すと、その先には、人が。

一人の少女が倒れていた。


 ◇ ◇ ◇


伊織は少女に駆け寄った。

屈んで、抱き起す。

少女は本当にこの世の人なのかと思うほどに軽かった。


そのことに嫌な予感がした伊織は、思わず手を少女の鼻の辺りにかざして息を確認する。

息はしている。

ほっと胸を撫で下ろした伊織は、そのまま少女を抱き上げた。


それで気が付いたのか、少女の身体がビクッとなって、うっすらと目を開けた。

伊織がその目を覗き込むように見ると、少女の瞳の中に目を細めている伊織の顔が映った。


「え・・・。

 えっと・・・お兄ちゃんは?」


掠れた声で少女が尋ねる。

驚いている様子だが、怖がっている様子はない。

伊織は初対面だと、その威圧感から怖がられることが多いのだが、この少女はそんなことはないようだ。

単に気が付いたばかりで意識がぼんやりしているだけかもしれないが。


「大丈夫か?

 君はここで倒れていたんだ。」


そう言われて、少女はハッとすると、途端に不安そうな顔でキョロキョロと周囲を見回した。

それから、伊織から逃れるように身を捩る。

両手で伊織を押すようにもしてきたけれど、力が弱すぎて伊織はビクともしなかった。


「逃げないと。

 お兄ちゃん、降ろして。

 巻き込んじゃう。」

「いや、そう言われても。

 倒れてた女の子を一人で放り出せるわけないだろう。

 逃げるって?

 巻き込む?

 何があったんだ?」


伊織が尋ねると、少女は動きを止めて、じっと伊織を見上げた。

そして、口を開こうとした瞬間。


グウウッ!


少女のお腹が大きな音を立てて鳴った。


 ◇ ◇ ◇


伊織と少女は場所を変えて、品川駅の近くのラーメン屋に入っていた。


あの後、少女を抱きかかえたまま路地裏を出て、周囲に怪しい人影がいないことを確認すると、少女も安心したのか伊織を振りほどこうとするのをやめた。

それで伊織は少女を下ろすと、とりあえず食事を、ということで、二人でラーメン屋さんにやってきたのだった。


道中、軽く話を聞くと、少女はなんと3日も食事を取っていなかったらしい。

それから、逃げないといけない、と言っていたことに関しては、本人もよく分かっていなかった。


なんでも起きたら夜で周囲は真っ暗。


必死に走る母親に抱かれていて、どこかの公園で繁みに隠すように置いていかれたのだそうだ。

そこからしばらく動かないで、20分したらそこから離れて逃げるように、と言われて。


その後、母親はどこかに走り去っていき、その母親を追いかける複数の人物が見えたらしい。


少女は母親に言われた通り20分後に隠されていた場所を抜け出したところで何者かに捕まり、捕まえた手を全力で噛んで振り解いて、それからずっと当てもなく逃亡していたとのことだった。


こんな幼い少女が3日間も?と伊織は疑問に思ったけれど、嘘を言っているようには見えなかったので、信じることにした。


伊織の目の前で一心不乱にラーメンを食べるこの少女の名前は、三条日向。

見たところは7~8歳くらい。

全く癖のない真っ直ぐな髪を腰の辺りまで伸ばしていて、咲いたばかりの花のように可愛らしい容貌をしている。

黙って座っていればお人形さんのように見えることだろう。


もっとも、3日間逃亡していたというだけあって今は全身が薄汚れているし、抱き上げていた時は少々異臭もしていたしで、見る影もないけれど。


なので、伊織はこの後は風呂に入れないといけないなぁと漠然と考えていた。

あと、思わぬ出費だったが、出張費に計上してもらえるかなぁとか。

ちなみに少女をどうするかについては、あえて考えないようにしていた。


うん、現実逃避、素晴らしい。


 ◇ ◇ ◇


少女はラーメンを平らげると、満足した顔で「ごちそうさまでした。」と手を合わせた。

それから、何かに気が付いたようにハッとすると伊織を見た。


「伊織お兄ちゃん、ありがとうございました。

 この御恩はいつか必ず返します。」


そう言うと、ペコリと頭を下げて、席を立とうとした。


「いや、待て待て待て。

 日向ちゃん、これからどうする気だい?」


それを、伊織が引き留める。

すると、日向は目を瞑って首を傾げて、うーん、と腕を組んで考え出した。

なんだか小動物的な可愛さだ。

と言っても、伊織は別にロリコンではないので、妹を見るような気持ちだ。


実際、伊織には妹がいて、このくらいの歳の頃は同じように可愛らしかった。

今でも妹のことは可愛いと思っているものの、そもそも伊織が家出をした原因は妹なので、なかなか複雑な気持ちではある。


「決めた。

 とりあえず、住み込みで働けそうな所を探してみる。」


伊織が日向を見ながら色々と思いを馳せているうちに、日向の決心が固まったらしい。

ぐっと拳を握って宣言する日向に、伊織はガクっと肩を落としてツッコミを入れた。


「その年齢で雇ってくれるところなんてあるわけないだろ。

 お爺ちゃんとかお婆ちゃんとか、親戚の誰かとかいないのか?」

「いないよ?」


何言ってるの?とばかりにキョトンとした顔で答える日向。


「・・・そうか。

 すまん、余計なことを聞いたな。」

「余計なこと?」


気まずそうな顔で謝った伊織だったけど、日向はキョトンとした顔のままだった。


「いや、気にしてないならそれでいい。

 うーん、でも、そうか、頼れる人はいないのか・・・。

 とりあえず警察行くか。」

「警察はダメ。」


途端、日向は両腕をクロスして大きくバッテンを作った。


「え、どうして。」

「だって、あたし、追われてるでしょ?

 警察なんて、見つかりに行くようなものじゃない?」


日向の鋭い意見に伊織はぐっと詰まった。

確かに人を探すなら、警察に頼むのが一番だ。


「いや、でも、怪しい連中なんだったら、警察になんか依頼するかな?」


伊織がちょっと考えながら言うと。


「迷子の捜索くらいだったら、警察は依頼主のことなんてそんな気にしないんじゃないかな。

 それに、警察にはそれっぽく話すだろうし、警察も疑わないんじゃない?」


再び、伊織はぐっと詰まった。

日向の洞察力に目を見張る。

その割に住み込みの仕事を探すだなんて非常識なことも言ってくるところが少々アンバランスな感じがするが。


「つまり、八方塞り、というわけか。」


伊織が思わず天を仰いだ。


「とりあえず、伊織お兄ちゃんにはとってもよくしてもらったから、大きくなったら結婚してあげるね。

 まだ小さいから、少し待ってて。」

「いや、どうしてそうなる?!」


伊織はテーブルに手を付いて、がた!と椅子を蹴倒しながら立ち上がった。

あまりの話の展開に、思わず叫んでしまう。

途端、周囲の視線が集まり、店主の非難の目も感じて、伊織は周囲にぺこぺこと頭を下げながら椅子を戻し、小さくなって座った。


「伊織お兄ちゃん、騒いじゃダメだよ。」

「元凶に言われたくないぞ。」


楽しそうに注意してくる日向に、伊織はジト目で返した。


「ふふ。

 じゃあ、伊織お兄ちゃん、今度こそ行くね。

 伊織お兄ちゃんの働いてる所はしっかり覚えたから、大きくなったら訪ねてくから待っててね。」


日向はそう言ってぺこりと頭を下げると、席を立って店を出て行った。


 ◇ ◇ ◇


日向を見送った伊織は、はあ、と大きな溜息をついた。

なにやら大変な面倒を抱えようとしている自覚はある。

たまたま、見かけただけの少女だ。

しかし、あんな幼い少女をたった一人で危険に放り出すなんて、出来るわけがない。


「釣りはいらない!」


伊織はテーブルにラーメン代よりも少し多めのお金を置くと、店を急いで出て行った。


 ◇ ◇ ◇


幸い、日向は店を出てすぐに見つけた。

どこに行こうとしているのかは分からないけれど、周囲をきょろきょろと見回しながら歩いてる。

警戒しているのは明らかで、まるで知らない所に放り出された猫のようだ。


伊織は、その日向に駆け寄った。

伊織が後ろから追いかけて来たことに日向はびっくりしながら振り向く。


「日向ちゃん、いっそ俺と一緒に来るか?」


そう、声をかけた。


 ◇ ◇ ◇


こうして、伊集院伊織は一人の少女を拾った。

その、大いなる運命と共に。

探偵(見習い)はこうして一人の少女を拾いました。

この出会いが、今後どのように進んで行くのか。

見守っていただけますと幸いです。

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