◎究極の二択
マスターに彼女が出来ました。
ガールハント及び彼女の取得に成功したことについては私も喜んではいます。
ですが、マスターは最近レナ様のことばかりで運営が以前よりも更に疎かになりつつあります。
今日も予定があるのですが、2時間の遅刻です。
どうしましょう。
やはり、ひとまず、連絡を入れた方が良いですよね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
R:マスター。仕事の時間です。戻って来てください。(既読)
M:悪い、今、ちょっと手が離せないんだ。新パークの実装は先延ばししてくれ。(既読)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「モルくん。どうかしたの?」
「いや、何でもない。こっちの用事。」
「そう。…あ、それでそれで!…」
あの夜から5ヶ月。
俺に念願叶っての彼女が出来た。
相変わらずレナはレストランやカフェといった飲食店に興味津々だが、それでも可愛い。
今日も3軒回ったというのにまだ新しいレストランの話をしている。
「…なんだー。いつか行ってみたいなって。」
「ふっ。本当にレナは食べ物に目が無いよな。」
「えへへ。」
片目を瞑りながら笑っている。
なんて可愛いさなんだ。
「あ!もうこんな時間。…それじゃ、私、そろそろリアルに帰るね。」
「ああ。分かった。」
俺達は席を立ち、互いに顔を寄せ合いキスをした。
彼女の柔らかい唇はとても温かい。
同時に触れ合う身体でも感じられる。
やっぱり最高だ。
口付けを終え離れるとレナは消えてしまった。
はぁー。今日ももう終わってしまった。
また明日にお預けか。
とにかく、リサのところに戻っていつも通り練習するか。
俺はワープポイントでいつもの管理室兼王室に向かった。
「マスター!戻って来て下さったのですね!」
リサは嬉しそうに寄って来る。
「まあな。いつもと同じ用だ。」
「マスター…。了解しました。ですが聞いてください。最近ちょっと問題のある夢を願うプレイヤーがいまして…。」
「うるさい。今はレナのために練習しなければいけないんだ。」
全く、こいつは何も分かってない。
俺がどれだけ本気か。
「…承知しました。」
俺はリサをベットに押し倒した。
「よし、レナの神経を模した感覚をお前に与える。どこがいいか、どこで感じるか、しっかりと記憶し俺に教えろ。いいな。」
「は、はい。マスター。」
その声を聞き、彼女の着ているスーツを脱がし練習を始めた。
やっぱり、冷たいな。
レナの身体はもっと温かくて気持ちいいのだろうか。
目を覚ませ、今は練習だ。
約1時間後、練習を終え、ベットに寝転ぶ。
「どうだ。結果は取れたか?」
「は、はい。マスター。後ほど資料として提出します。」
息混じる声でそう言った。
「ああ、頼んだ。じゃ、俺は帰るな。」
「えっ。マスター!待って下さい。問題のプレイヤーの話が…」
「もう分かった!その問題はお前に任せる。アカウントを停止したり削除したり、何か手を打っといてくれ。」
「は、はい。」
リサはやっと分かってくれたようだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「マスター…。」
私は自分の腕を握りしめました、マスターが消えるのを見ながら。
とその時、いつも通り私のパットが音を鳴らし彼のログインを知らせました。
ID1113 カズト ログイン
夢内容:ゲームマスターの殺害
「やはりですか…。今度こそやめさせないとやむを得ずアカウントを削除することになってしまいます。」
それだけは止めないといけません。
なぜなら、アカウント削除といった行動はプレイヤーの皆様から信用を失うことに繋がるからです。
私はカズト様のIDを使い彼のベッドルームにワープしました。
「おらぁー!!」
ワープし終えるとそこにはマスターの首を切り落としたカズト様がいました。
「ん。なんだ、またあんたか。言った筈だ、俺は絶対にやめないと。」
彼は首だけをこちらに向け睨んでいます。
「すみません。ですが、今回でやめて頂かないと貴方様のアカウントを削除させて頂くことになってしまいます。」
「たくっ。言ってるだろ!」
…!いきなり怒鳴られてしまいました。
彼は近づいて私の胸ぐらを掴んで、
「俺はやめるつもりは無い!俺はアイツを殺す。必ずな。」
血走った目で私にそう言い放ちました。
「アカウントを消したきゃ消せばいい。
だが俺は諦めない、何回でも新アカを作って、あの踏ん反り返ってる王を引き摺り下ろすその時までな。」
はっきり言って私にはよく分かりませんでした、何にそこまで本気になっているのか、
なぜマスターを殺そうとしてるのか。
「了解…しました。では然るべき対処をさせて頂きます。」
私は管理室にワープし戻りました。
ですがワープする直前、カズト様は私のことを憐れに思うような目で見ていたと思います。
一体なぜなんでしょうか。
翌朝、マスターがログインして来ました。
いつものように白を基調とした服を着て、私の顔を横目に見ながらあの言葉を言いました。
「リサ、今日の予定は、」
「はい、マスター、今日は…」
「いや、そうじゃない。今日の予定は俺が決めた通りにしてくれってことだ。」
「ですが、新パークの実装が延期され過ぎています。」
「はぁ。そもそも、お前を作った理由はこのゲームの運営だ。俺に頼らず自分で新パークの一つや二つ作ったらどうだ。」
「すみません…。マスター。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最近、リサの物分かりが悪くなっている気がする。俺にとって初めての彼女なんだ。その人のことを一番に考えて何が悪い。
[ピロッ]
…!レナからだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
L:今日はあのダイナーで会おう♡(既読)
M:了解。あ、あとちょっと話したいことがある
からよろしく(既読)
L:分かった〜(既読)
M:ありがと(既読)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
よし。こうやって連絡が来たってことは…
俺はゲームマスター特権のプレイヤーの位置情報がリアルタイムで分かるマップを取り出した。
「やっぱり、今日もか。」
レナはあの病院の前にいる。
結果として俺はレナを彼女にできた。
だが、彼女になってからと言うもの尚更彼女の秘密が気になって仕方ない。
秘密とはレナの行動のことである。
彼女はゲームにログインする度、一番最初にシティパークの病院に行く、ベンチに座って休むわけでもなく、何をするというわけでもなく、ただそこに行く。
ログインする場所は自由に選べるから通り道になるわけではない。それなのに彼女はわざわざ行く。
さぁ。どう梃入れしその秘密を聞き出そうか。
特権を使えば一時的ではあるがプレイヤーの考えをまる裸に出来る。
だがやはり無理矢理マスター特権で知るのは気が引ける。
意識的に丸め込むか?いや、それもな…。
「はぁ…。どうするか。…まずはレナにあってからだな。」
俺はワープポイントを通った。
赤く光る英語で JukeBoxと書かれたアメリカンレトロな良い店だ。
壁は水色、随所に浮き輪が飾ってあり朝の港のような明るい雰囲気がある。
「おーい!モルくーん!」
彼女が窓を覗いて手を振ってこちらに居場所を知らせた。
俺を見た時、顔が一気に明るくなりやはり可愛かった。
はぁ、やっぱり秘密なんて良いかな。こんな彼女と居られるなら知らなくたって良いかもしれない。
「おはよ!モルくん!」
「おはよう。」
窓際のベンチ席に座り軽く挨拶を返した。
「先に飲み物は頼んどいたよ。それで、話したいことって?」
おっと。最初から聞いてくるか。流石に答える訳にはいかないし一旦誤魔化そう。
「あの話はいいんだ。こっちで解決したから。」
「解決?なんかあったの?」
「いや、大した問題じゃないから。心配しないで。」
「ふーん。…あ!そういえばあと一ヶ月で私達が付き合ってから半年でしょ?」
その通りだ。あんな最高の日を忘れる訳がない。
あのキスの後、しばらくレナから目が離れなかった。そうして、ほぼ惰性で愛を伝えた。
結果は見れば分かる通り。
「ああ。だから何かお祝いしようって?」
「うん!その通り。その案として何かプレゼントし合うってのはどう?」
プレゼント…か。
確かによくカップルがし合っているな。
「なるほど。良いんじゃないか?」
「やった!ありがと!」
レナは両手を合わせて元気に言った。
耳にタコができたかもしれないが
やはり可愛い。
「お待たせしました。ご注文のオレンジジュースとコーヒーです。」
ウェイトレスのNPCは完璧な動きで飲み物を出した。
これも俺がプログラムしたんだっけか。
懐かしいな。
「ありがとうございます。えっと、私がコーヒーで…。はい、モルくん。オレンジジュース。」
「あ、ああ。ありがと…。」
「ふふっ。それにしてもモルくん。そんな見た目なのに好きな物子供っぽいよねー。」
「まだ言うのか?しょうがないだろ、嫌いなものは嫌いなんだから。」
「何ならこの前行ったイタリアンのレストランでパスタに入ってるピーマン嫌がってたよね。」
笑いながら俺をおちょくって…。それでも可愛いのが解せない。
「う…うるさいな。大体、レナだって同じようなもんだろ。」
「私はゴーヤだもん。ゴーヤなんて好きな人の方が少ないで…しょ。」
「いや、でも…。え、」
レナはいきなり椅子から落ち、床に倒れた。
「おい!レナ!どうした!しっかり!」
迷わずレナの肩を揺すり目が覚めるように促した。
だが、一向に目を開けそうな気配が無い。
おかしい。
システム上、プレイヤー自身の意識が無くなった場合、強制ログアウトする筈、ということはまだレナの意識は無くなっていないのか。
だとしたら何だ。俺を揶揄うための演技?
な訳ない。それともバグ?いや、この5年間一度だってバグは起きたことは無い。
俺が忘れている要素。空人形状態になる事象。
「何だ何だ。」
「揉め事か?やめて欲しいな、せっかくの夢の国が台無しじゃないか。」
たくっ。こんな時でも自分のことしか頭に無いのか。
ふざけるなよ。他人の努力で夢を味わう奴らが大口叩くんじゃない。
まず、ここにレナを置いとく訳にはいかないしあそこに連れて行くか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「美淑 麗奈さん。ずっと前から好きでした!付き合って下さい!」
初めてだった。この中学2年生の頃に感じた嬉しさが。私は彼からのプロポーズを快く受け取った。
「はい。お願いします。」
付き合ってカップルになった私達は色んな所に行ったなぁ。
水族館に、遊園地に、たまにお互いの家にお邪魔したっけ。
キスも温かくて気持ちよかったなぁ。
でも…私のせいで。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「う、うん。ここは…どこ?」
悪い夢を見たのかな、目の辺りが熱い。
「…!」
「あ、あなたは…?」
目の前に現れたのは如何にも仕事が出来るって感じの女性だ。
タオルを私の額に当てて看病してくれていたらしい。
「マ…マス…。」
何か口の中で吃ってる?
「あ!目が覚めたのか!」
もごもごとしている女性の後ろから彼がやって来た。
「モルくん!」
私は寝かされていたベッドから降りようとすると上手く歩けず倒れてしまった。
「レナ!大丈夫か?まだ安静に…いや、ログアウトした方が良いんじゃないのか。」
彼は私の肩を持ちベッドに座らせてくれた。
「うん。ありがとう、そうするよ。今日はごめんね。しっかり話せなくて。」
「いや、そんなことない。レナの"身体"の方が大事だ。ここ最近、ログインし過ぎたんだろ、少し休めばまた元通りになるから。心配するな。」
「…うん。そうだね。じゃあね。」
私は彼の優しい笑顔に見送られながらログアウトした。
「はぁー。」
ログアウトしたのにまたベットの上だ。
「…やっぱり私の"身体"のせいでこの関係が終わるのかな。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「マスター。すみません、私のせいで…ですが…なぜですか?」
フラグメント状に消えた彼女を横目にリサは聞いてきた。
「お前だって知ってるはずだ。あの状況で見捨てろって言うのか?」
「しかし、彼女は私の姿を見てしまった上にこの場所まで知られてしまいました。
もしかしたらマスターの正体に勘付いてしまうかもしれません。」
「それで、豹変するとでも?俺がこのゲームの製作者だと知って財産のために…」
口をつぐみ押し黙る。
「…そうなったら……また最初からだ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃあ彼がIFのマスターってこと!!?」
「う、うるさい!そんな大きな声で叫ばないで。」
「ご、ごめん。」
私はアスナの言う憶測に驚いてしまった。
あれから約3週間後、体調も改善した私はあの時見た女性の存在が気になり友達のアスナに相談した。
「あくまでこれは予想よ?それにこのIFには似たようなアバターは五万とあるんだし、決め付けるには…。」
「確かに、そうよね。」
言葉ではありえないと言っていても私には彼がゲームマスターであると確信があった。
彼女には言ってない彼との秘密がそうさせている。
"世界の中心"の存在。
あの時、彼は「私にしか来れない場所」と言っていた。
つまりこのIFにとって彼は何か重要な存在であることを示している筈、
それがゲームマスターというのも納得出来る。
「まさかとは思うけど、あなた…。良くないこと考えてる訳じゃないよね?」
良くないこと…。もしかしたら私が今考えていることは良くないことなのかもしれない。
けど、もう止められない。
このゲームを始めた一番の理由を果たすために決めたことなんだから。
「当たり前でしょ?安心してよ。」
「…そうよね。ごめんね、疑って。」
レナは頷いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[ピロッ]
L:久しぶり!やっと回復したよ(既読)
M:そうか!良かった〜
じゃあ早速会う?(既読)
L:うん。あ、あとモルくんは忘れてないよ
ね?プレゼントのこと♡(既読)
M:ああ。もちろん!(既読)
L:じゃあ今日は私達が初めて会ったあの場所に
集まろ(既読)
M:了解(既読)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
はぁー良かったー!!
これでまたレナと会えるー!
一気に肩の力が抜ける……。
やっぱり、俺の予想通りだったんだろうな。
そりゃ初心者が毎日のように数時間ログインし続ければ体にも影響が出るよな。
今後は俺も気を遣わないと。
レナが倒れてから1ヶ月後。
俺は一人、管理室でメールを見てそう思った。
そして俺達が初めて出会った場所、
モールパークに足を運び始めた。
今日は俺達がカップルとなって丁度半年の日。正にアニバーサリーデーだ。
なので特に服装に気をつけ、久しぶりで緊張する心を落ち着かせた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まだかな、まだかな。変わってないと良いなぁ。でも、変わってても良いなぁ。
妙にソワソワしてその場所をフラフラ歩き回っていると、後ろから声がした。
「誰かお待ちで?お嬢さん。」
その聞き馴染みのある声の方を向くとやはりモルくんがいた。だがいつもとは違う白いスーツ姿で細い線が強調されてカッコいい。
「モルくん!…どうしたの、その格好?」
「どうしたも何も、半年記念日だからね。めかし込んだのさ。それにしても、レナも似合ってるよ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼女の格好は自身の目に合わせたような蒼いドレスでいつもよりも可愛さと美しさに磨きがかかっていた。
「あ、ありがと…。」
何故、こんなにも可愛い表情が出来るんだ。
ダメだダメだ。落ち着け。
俺は彼女を見定めに来たんだ。
今までのような女では無いか確かめる為に。
「じゃあそろそろ行こうか。今日は俺が選んだお店に行こう。」
肘を差し出しレナが腕をかける。
「うん。」
偶然にも夜空には青と白い星が隣り合って淡くちらついていた。
高級フレンチレストランに着いた。
彼女の驚いた顔は忘れられない。
この時のために、店は今日開店させ
レナに絶対知らせないようにしたんだ。
大方満足だ。
しかし、そんな顔が忘れられなくても
そのレストランの料理の味は感じられなかった。
互いにいつも通りの会話をしてるのが違和感でしかなかったからかもしれない。
半年の記念日。
彼女からも俺からも相手に"愛してる"と言えなかった。それはやはり彼女が隠している秘密のせいか、はたまた単に緊張してるだけか。
そんな中、レナが話の流れを変えた。
「モ、モルくん。プレゼント持って来たんだけど…どうかな。」
「え、あ、ああ。俺もだよ。」
俺達は自分のストレージから"プレゼント"を出し机に置き、相手に渡した。
「私のから開けてよ。」
頷き、プレゼントに手をかける。
サイズは小さく、小物類だろうか。
包みを開けると…それは、時計だ。
白色の腕時計だった。
黒い文字盤に白い数字が書かれた時計。
秒針が一秒一秒を正確に刻んでいる時計。
表面が水で濡れている時計。
時刻は21:46を指す時計。
「モルくん。付けてみてよ。」
「ああ。分かった。」
彼女の言う通りに時計を付ける。
「かっこいいな。ありがとう。」
右手をレナに見せながらそう言った。
「どういたしまして。左利き用のやつ見つけるの大変だったから喜んでくれて良かったよ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃあ次は俺のを開けてみて。」
「うん。何かな…。」
私はプレゼントのリボンを取り、箱を取り出した。
サイズは私があげた物と同じくらいだ。
その箱の蓋を上に開けるとある物が現れた。
サファイアのイヤリングだった。
「綺麗…。これって薔薇?」
「ああ。そうだよ。」
サファイアの薔薇…。青い薔薇…か。
「…どうして、これを選んだの?」
「どうしてって、レナの眼の色に合わせたんだよ。」
「…なるほどね。私のこと…ちゃんと見てくれてるんだね。」
「当たり前だろ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こうして、妙に居心地の悪いプレゼント交換の時間は終わった。
互いに喋り合い、店を出た。あとは帰るだけ。それなのに彼女から離れられない。どうしても身体が疼く。
"アレ"をやらなければいけない気がする。
いや、今こそしたい。
「レナ…。」
無言で顔を見上げてくる。
ガチ恋距離というやつか、はたまたその逆となるか。
俺はこの瞬間に初めて"彼女を見た"のかもしれない。
「モルくん…。」
頬は紅く染まり、唇は鮮やかに光り、眼は潤っている。
なぜだか子犬のような可愛らしさを感じず、
一息に色気を感じる。
午前0:00前。薄暗い部屋の中。
「レナ…本当にいいのか?」
俺は彼女の上に四つん這いになりながら言った。
「…だって…ここでやめてって言っても聞かないんでしょ?…大丈夫だよ。私もして欲しいから。」
分かったと一言だけ言って彼女と唇を通わせた。
今まで感じてきた温かさじゃなかった。
寧ろ熱かった。ただもっと長く感じていたい熱さだった。
「モル…くん。入れて。私の中に…。もっと欲しい…。」
キスからの高揚が冷めることはなく、その言葉に従順になった。
「レナの中、暖かいよ。それに柔らかい。」
「…どう?気持ちいい?」
彼女は抱きしめながら耳元で確かめるように言った。
「うん。気持ちいいよ。」
「良かった。嬉しい。」
薄暗い中でも色気と可愛さを孕んだ彼女の笑顔がよく見える。
最初はゆっくりと慣れさせ、徐々に速度を上げた。これもリサとの練習の成果だ。
どれくらい時間が経ったか分からない。
レナと交わった直後、彼女は快感の中こう言った。
「…私の中、あなたのでいっぱい…。」
この言葉は俺の自尊心に拍車をかけた。
彼女の手を握り、そのままキスをした。
俺は抱きしめながらその夜を明かした。
翌朝。
「レナ…。おーい。起きてくれー。」
起きる気配が無い。すやすやとまるでリスの寝息のような音をたてて寝ている。
ゆすってみるが効果なし。
仕方ないのでもう一度寝てみる。
……。ずっと、このままで…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[ピロッ]
L:今日も会える?(既読)
M:もちろん。どこで待ち合わせする?(既読)
L:じゃあ、私のルームに来てくれる?
"ID0709"お願いね(既読)
M:分かったよ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ルームって…。マジか。
ベッドルームはこのゲームの真髄であり、この容姿に対してほとんどの人が干渉しない世界で唯一人を見定める要素だ。
なぜなら人の夢を見ることはその人の本性を見ることになる。
別に、レナを信用していない訳じゃない。だが病院の件や急に倒れた件も相まって知るのが怖いんだ。
しかし幾ら怖くても、レナを裏切ることは出来ない。
俺は手元でメニューを開き、ID入力画面に移る。左手で一つ一つ番号を押していく。
0。7。0。9。
そこは間違いなく外だった。
先がどこまでも続く道を多くの紅葉した木が挟んでいる風景。
「ここが、レナのベッドルーム。」
そんな風景を眺めていると、後ろから声が聞こえた。
「あっー!モルフェお兄ちゃんだっ!」
振り向くと元気よく走る男の子と女の子が俺の足に纏わりつき抱きついてきた。
「おいおい。君たちは誰だ。」
そう質問しても楽しそうに笑ってまるで聞いてない。
はぁー。どうしたものか。
そうやって悩んでいると、はたまた後ろから声がした。
「ほら。二人ともモルフェお兄ちゃんから離れて向こうで遊んできなさい。」
「はーい。」
聞き馴染みのある声。俺は無意識にその声のする方へ向いていた。
「レナ。」
「モルくん。」
相変わらず、綺麗だ。
「良かった。来てくれたんだね。モルくんのことだから連絡したらすぐ来ると思ったけど意外に遅かったから心配しちゃった。」
「ああ。ごめん。色々あってね。」
「ううん。良いんだよ。寧ろ、私こそ急にベッドルームに来い、だなんて。デリカシー無かったよ。」
「ま、まあ、少しは思ったけど、嬉しいよ。」
「本当?…なら良かった。」
「てか、あの子供達は?」
「…………」
居心地の悪い静けさが続く。
「……私の子だよ。」
え。今なんて言った。
「私ね。リアルの年齢16歳なんだー。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「美淑 麗奈さん。ずっと前から好きでした!付き合って下さい!」
初めてだった。この中学2年生の頃に感じた嬉しさが。私は彼からのプロポーズを快く受け取った。
「はい。お願いします。」
「本当!?」
「もちろん、私も前から金森くんのこと気になってたんだ。」
嘘だ。中学生の青春の1ページとして刻むため、私には彼氏がいたという青春を味わうためだけに私は彼を求めたふりをした。
最初の内はそれこそ水族館や遊園地やら、カップルらしいことをして満足していた。
でも、そんなことをしていくと彼が輝いて見えた、細かいところまで私を気遣ってくれて、私の意見もしっかり聞いてくれて、いつの間にか私は彼に惹かれていった。
だから、あの時断れなかった。
「今日、麗奈ちゃんと一緒にいたい。」
その言葉の意味は分かる。
その時は丁度親も帰りが遅く家には私1人だった。
歯止めが効かなかった、彼を家に上げ早速始めた。嬉しかったし楽しかった。愛してると互いに言い合って気持ちよくなるのが、本当に素晴らしかった。
そんな日がたった1日で終わるわけがない。誰も止めない、ただ愛し合った。
そうしてある時、魔が差した。
妊娠してしまった。中学生でしかも3年生と受験もある大変な時期に。
もちろん、彼にも相談した、しかし彼は人が変わってしまった。まるで使い古された布のように私は捨てられた。
親にも相談した。それ以外手がないから。
その回答は金森くんと同じく人でなしの回答だった。
「腹の子を捨てろ」
今思えば、"相談"なんか最初からするつもりは無かったんだろうと思う。自分が抱いてしまった感情を肯定して欲しかった。私が信じる人から。
私は自主退学した。中学を卒業していない。
それもこの子達を守るため。育てられるなら私は死んでも構わない。
この子達を育てるために"お父さん"を見つけようと思った。
だからこのゲームを始めた。あらゆる人が集まるこのゲームを。
かと言って無理矢理引き込むわけにはいかない、私の生い立ちを話し納得してくれる人を探す。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は今まで出来る限りのことをした、そしてようやくここまで来た。
「…ほ、」
「本当だよ。全部ね。あと1ヶ月後には産まれるの。…モルフェくん。」
………………。
「私のこと…愛してくれる?」
言えない。そんな簡単じゃない。
愛してるなんて言えない。そんなに俺は残酷になれない。
俺は、必死に捻り出した。
「俺は、君のことが、好きだ。」
「ふふっ。モルフェくん。懐かしいね。
"あの夜"もこんな感じで静かで誰もいなかったね。でも、あの時は"愛してる"って言ってくれたのに…。」
「いや、俺は、君が好きなんだ。君を愛してる。だから…」
「"好き"と"愛してる"は違うんだよ。」
何が、なにが違う。君を、君のことを全て大切にしたいと思ってるのに。
「…ありがとう、このイヤリング。嬉しかったよ。でも…」
「いやだ。それは持っていて。俺の隣にいてくれよ。お願いだ。」
なんで、どうして、
「ごめんね。モルフェくん。」
「嫌だ。俺には君しかいないのに。行かないでくれ。」
「さようなら。」
「…待ってくれよ、頼むから。…俺から"温かさ"を奪わないで。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[ピロッ]
[一件のアイテムを消去しました。]
ベッドルームはプレイヤー個々に与えられる唯一無二の部屋です。そのためプレイヤーがアカウントを削除すればその部屋には何も残りません。
[ピロッ]
[一件の連絡先を消去しました。]
プレイヤーがアカウントを削除すればそのプレイヤーに関するあらゆる情報は削除されます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
残るものは、何もない。