◎お見合い
とは言ったが…。
「出来ない!!彼女のかの字すら無い!」
「マスター。急に叫ばないで下さい。びっくりします。」
膝から崩れた俺を蔑みながらリサは文句を言った。
「ああ。悪かったよ。」
たくっ!少しくらい同情してくれたって良いじゃないか!と口を尖らせた。
俺は立ち上がりこう続いた。
「じゃあリサ、今日の予定は?」
「そう仰るってことは…マスター、今日が何の日か覚えていますか?」
「え?えっとー。確か…」
やばい、分からない。
「"IF"完成5周年ですよ!」
…リサが先に答えを言ってしまった。
その声は半分怒り混じりに聞こえた。
「も、もう、そんなに経つのか。そうだ、何か記念になる物が…、」
「それなら皆さんにプレゼントを贈るのはどうでしょうか!?」
「…欲しいよな…。」
随分と食い気味だな。そのせいで呆気に取られ、後に続く言葉は希薄な風になってしまった。
「プレゼント…ね、」
俺はずかずかと顔を近づけるリサから目を逸らす。
「そうだ!こうしよう!」
その時、頭に電流が流れたように最高の案が浮かんだ。
「俺の銅像を作ろう!右手に伝説の剣を持たせて、頭には…そうだ、王冠を被せよう。リサ、明日の予定は何だ?」
「明日の予定は、全体的に"IF"の不具合の確認や新パークの開発…になってます。」
リサはタブレットを見ながら言った。
「よし、じゃあその予定を全っ部キャンセルしてくれ!」
「りょ、了解しました。」
銅像か♪どれくらいのサイズにしよっかなー。
あっ。そうだ。せっかくの休日だ。"アレ"しなきゃな。
「リサ、もう何個かお願いしてもいいか?」
「はい。何でしょう?」
「最近、女性国民はどのパークに飛ぶんだ?」
「あー。それなら…」
手元のタブレットでホログラムの棒グラフを空中に出した。
「全ワールドの女性プレイヤーのログイン数です。ここ1ヶ月はモールパークに集中していますね。」
なるほど。あそこか。
「あと、最近、流行ってる…」
「ファッションですよね?えっと。それについては…」
俺が言わんとすることが分かるようだ。
「こう言ったスマートな物ですね。」
俺は細かい服の種類は全く分からなかったのでリサに選んで貰ったものにした。
「なるほどな。だったら、服に合わせて顔も変えるか。」
右手でウィンドウを開く。
いくらゲームマスターでもこの画面は国民(一般プレイヤー)と変わらない。
右手側には"プレイヤー""アイテム""マップ""ベッドルーム""設定"と上から順にボタンが並ぶ。もちろんこのアイフは"ログアウト"ボタンがある。
左手側にある縦に長い長方形のウィンドウには自分のアバターが映される。
リアルとはかけ離れた異世界勇者のような白髪の若青年の顔が張り付いている。
俺はアバターの顔をタップした。
すると数十種類のイケメン顔がずらーっと一列に並んだ。前々から作っていた顔のプリセットだ。その中から服に合うものを選んだ。
「おお!別人だな!」
通った鼻筋に堀が深い目元、寸分の狂いもない整った髪型。鏡に映るその姿はさながらスーパーモデルだ。
「はい。別人ですね。」
リサは何かと癇に障る言い方で俺を皮肉った。
ま、そう思うのも無理はない。リサの外観は自分では変えられない。
俺がそう設定したからな…。
「リサ、今日の運営は任せた。あと、銅像の件もよろしくな。」
「了解しました、マスター。"ガールハント"改め"ナンパ"頑張って下さい。」
彼女は背筋を伸ばし毅然とした態度でこちらに手を降った。
「やってやるよ!」
手元のウィンドウを操作し、ワープする。
今日はなんだか行ける気がする。
[ワープポイントに降り立てば目の前にはこの世の全てが置いてある世界最大のデパート!服からゲームならではのアイテムまで、何もかもがここにある!さぁ!あなただけのショッピングを楽しんで!]
空中に展開される大きなホログラムオペレーターが言う通りの近未来型デパートに着いた。
上下左右に動くエレベーターにどこまでも続く棚、テナント一つ取ってもとてつもなく広い。
商品の全てはその場で試着できるし、使って試せる。
プレイヤー達にも笑顔が溢れている。誰1人として苦い顔をしてる者はいない。
素晴らしい。
さてと、まず2、3階に向かって上から眺めようかな、その方が前みたいなことにはならないだろうし。
前回は本当に酷かった。というのも…
「よ、良ければ、一緒に食事なんてどうですか?」
俺は国民がよく待ち合わせ場所として選んでいる噴水に向かった。
その噴水は他の誰でもない俺が作ったものなのだがかなり美しい。ヨーロッパの有名な彫刻家が作ったといっても騙せるだろう。
しかしそんな優美な噴水も霞むような女性が奥から現れた。正しく俺のタイプであった。
この時、ガールハントを始めて間も無かった俺は迷わず彼女に提案した。食事でもどうか、と。答えはなんとイェスだったのだ!
俺は歓天喜地、有頂天になって喜んだ。今になって思う、どれだけ俺がバカであったかを。
「ですが、お金の方は…。」
女性は申し訳なさそうに上目遣いで聞いてきた。
もちろん彼女にいい格好したい俺はこう答えた。
「ご心配なさらず。私持ちで構いませんよ。」
鼻高らかに、な。
「それはそれは嬉しいお誘いだ。ぜひよろしく頼むよ。」
背後から声がした。とても女性らしくない野太い声。聞くだけで分かるその声の主の首はトラックのタイヤ並みに太く体長はクレーンほどある大男だと。
その後は大変だった。断るに断れず美女と野獣の焼肉を奢った。言わずもがな値段は張った、だがそれよりも目の前で見せつけるかのようにイチャイチャとキスをしてハグをして小声でクスクス笑うんだ。
キリキリと精神が削られいよいよ俺は心が折れた。
しかし!あれから5年経ったのだ。隠し事をしてる国民、裏がある国民を見分けられるようになった!
俺は2階の渡り廊下から下を眺めた。
サービス開始の式典の時よりも人の量が多い気がする。
こう見ると国民一人一人に味があると思える。奇抜な人もいる。なんだかピカピカしててとてもうるさい。
というか奇抜な人ばかりじゃないか。
タンクトップ一枚で頭にニワトリを乗せてるような人とか、ピンク髪でメイド服を着てる人とか、はっきり言って風情が無さすぎる。
そんな風に思いながら手すりに頬杖をついて早数時間、一向にタイプの人は現れない。
ところで俺のタイプは巨乳でスタイル抜群で優しくて甘えさせてくれるような女性だ。
俺の理想が高いのか?でも、男性が願う理想の人はそんな人ばっかりだけどな。
さぁどうしたもんかとそろそろ腹も減ってきたと絶賛お悩み中である。
うーむ…よし!決めた!
どれにしよっかな。マック?ケンタッキー?悩むなー。
俺のフードコートに向かう足取りは軽かった。
ちょっと不思議に思うかもしれないがこのゲーム内にリアルの店があるのは当たり前だ。
その理由は簡単。このモールパーク、どころか全てのパークにスポンサーが必ず一社ついているからだ。
パークというのはこのゲーム独自のオンラインワールドのことであり、その種類は様々で、
このモールパークを始め中世の時代を再現したキャッスルパーク、そこら中スロットなどの賭博が出来るカジノパーク、古代のジュラ期を再現したジェラシックパーク…狙ってるわけじゃない。
とにかく時代から特定の施設まで個人だけでは成り立たないような夢を叶える場所のことである。
特にこのモールパークは激戦区。
さっき言ったマク◯ナルドやKF◯、ルイヴィ◯ンにエル◯スなんて高級ブランドもスポンサーだ。
世の女性達がこのパークに集まるのも分かるよな。お金も自由に稼げるし、閉店時間も無い。
そんな時後ろから声がした。女性の声だ。
「あの、すみません…」
お淑やかな雰囲気を纏った優しい声だ。
「は、はい。」
振り向くとそこには白いワンピースに白い大きなつばの帽子を被った女性がハンカチを差し出してきた。
姿はまるで八尺様だ。身長はそこまで高くないけど…
「これ、落としましたよ。」
「あ!ありがとうございます!」
瞬時にお礼を言ってそれを受け取った。
受け取る時その女性の白い手に触れた。ドキッと来た。胸の高鳴りが抑えられない。
「では、これで。」
「あ、あ、」
まずい!女性が行ってしまう!引き止めないと!
俺は咄嗟に彼女の手を掴んだ。
「待って下さい!これも、何かの縁、ですし、一緒にお茶でも…」
と、言うつもりだった。
だが、現実は厳しいな。
「きゃーー!!!痴漢ですっ!!」
「えっ!違います違います!私はそんなつもりじゃ!」
周りはざわめき出した。
「え。嘘だろ、せっかく自分の"寝室"があるのにか?」
「全く迷惑よねー。自分の欲求も制御できないなんて。」
[警告!警告!モールパークA区でわいせつ罪!隔離します!]
そんなアナウンスと共に床が抜けた。
「…で、こんな場所に来たって訳。初めてだよなー、ゲームマスターが自分で作った違反行為規定に引っかかってるんだから。はは。」
「笑えません。」
「ですよね。」
リサが迎えに来てくれた。
「…よし!仕切り直しと行こうか!」
俺は元気よく檻のドアを開けようとすると
閉め返され、リサに止められた。
「待って下さい。同じ格好でまた行く気ですか?」
「え、ダメか?」
「ダメに決まってるでしょう。"あなた"は今服役中なんですから。」
俺に指を指しながら言った。それも嫌味たっぷりと。
「あー。なるほど。だから姿を変えろってことだな?」
「はぁー。そうですー。…姿だけで良いんのでしょうか。もう頭の中から変えて欲しいです…。」
「今、なんか言った?」
「いいえ!さあさあメイン制御室に向かいましょう!」
そうして姿を変えて別のスーパーモデルとなった俺は再びガールハントへ繰り出した。
因みに今日はあれから1日経った後であり
リサに仕方なく仕事を持ち越しにしてもらいガールハントが出来ている。
今度は3階の渡り廊下で観察するとしよう。
ここなら……大丈夫な筈だからな。
にしても国民一人一人が小さくなってしまう。これではタイプの人が見分けられない。本末転倒だ。
そうだ。こんな時のための会話補聴器じゃないか。
これは数メートル先の国民の会話をそのまま俺に伝えるゲームマスター専用ガジェット、つまるところ盗聴機…だな。
使うのも気が引ける…、いや!迷ってる場合じゃない!俺は決めたんだ、本当に今年こそは彼女を作ると!手段は選ばない!
俺は盗聴機、いや補聴器を耳に付けその機械のつまみを回し会話を聞ける距離を調整する。
段々と国民達の声が聞こえてくる。
「見てみて!これ安くない?」
「本当だ!買っちゃお!」
「あー、腹減ったー。なんか食いに行かね?」
「マクドとか?」
おお!すごい!初めて使ったが、こんなにもはっきり聞こえるとは。
俺は更に耳を澄ました。とその時雑多な物音や人の声の中に気になる音が聞こえた。
「大丈夫、ね?大丈夫だから。」
「うわーん!お母さーん!!」
迷子か。流石に聞き逃す訳にはいかないよな。
俺は颯爽とその声の場所に向かった。
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「うわーーん!!お母さーーん!!」
「お願い泣き止んでーじゃないと私も探せないよー。」
困った。自分も元から困っていたのに加えて自分の首を絞めてしまった。
一先ず、迷子のこの子を落ち着かせないと。
でもどうやったら…。
「お嬢さん。ベロベロバー!」
「……、ぷっ!あははは!お兄ちゃん面白い!」
私はすかさずそのお兄ちゃんを見た。
「ね?泣き止みましたよ。」
彼は私に微笑んだ。しゃがんでいたが分かる。モデルのようなスタイルと俳優のような顔付きの男性だった。
かっこいい……
いやいや!待った!忘れちゃいけない。ここは仮想世界。自分の姿なんてどうにでも出来ちゃうんだ。
この先にいるのは汗が染みて黄色くなっちゃったシャツを着てる中年のおじさんかもしれない。
自分を持たなきゃ。私、しっかり!
「えっと、あなたは…」
「あ、ああ。そうでしたね。失礼しました。私はモルフェと申します。」
「モルフェ…さんですか。ありがとうございます。」
モルフェ、珍しい名前…。
「いえいえ、ところでこの子はお知り合いか何かですか?」
「え?あ、いや、この子は道端でうずくまって泣いていたので見逃すわけにも行かず…。」
「なるほど…」
モルフェさんはそう言うとまた女の子の方を向いて、
「君の名前を教えてくれるかい?このお姉ちゃんと私が君をお母さんのところまで連れて行ってあげるから。」
「う、うん。お兄ちゃんの頼みなら良いよ。
ユイ、ユイって言うの。お母さんはユーちゃんって言うんだよ。」
「ユーちゃん、ありがとう。ちょっとだけこのお姉ちゃんと一緒にいてくれるかい?」
え!?今なんて…
「分かった!ユイ待ってる!」
「良い子だ!」
また彼は私を見てきた。
「じゃあ、少しの間だけ待っていて頂けますか?」
い、いや、こんな状況で断れないよ。
「は、はい。」
そうして、どこか行ってしまった。
私がボーッとしていたのか、ユイちゃんは手を引っ張り合図した。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「え?も、もちろん大丈夫だよ。」
こんなんじゃダメだ。小さい子から心配されるようじゃ、大人っぽく振る舞わないと!
「それよりも、ユイちゃんはなんでこのゲームに来たの?」
「ん?なんでユイが来たのって?それはねー…お母さんと買い物するために来たのー!」
「そっかー!楽しそうー!お母さんのこと好き?」
「うん!大好き!」
こんな時、どんな反応をすれば良いのだろう。
良いなー!とか、羨ましいー!とかだろうか。
お母さんと仲良くね!、違和感がある。
なんとかしてユイちゃんと会話を繋いで5分後。
「ユーちゃん!!」
「あ!!お母さん!!」
ユイちゃんはお母さんのところへスタスタと走って行ってしまった。
抱き合う二人の後ろからモルフェさんがやって来る。
私もすかさず親子の元へ向かう。
「本当にありがとうございます!」
お母さんは深々とお辞儀をしてそう言った。
「礼を言われるほどの事は、私は少し手を貸しただけですよ。彼女がいなかったら通り過ぎていました。」
モルフェさんの"彼女"という言葉とともに向けられた視線は私の顔を下げさせた。
「い、いえ、私は何も…。」
「ううん!お姉ちゃんのおかげ!ありがと!お姉ちゃんはユイの心配してくれた人!ありがと!」
しかし、ユイちゃんの笑顔を見ると実感が湧いてしまう。私がこの子を助けた、と。
この子の笑顔は魔法のようだ。
ユイちゃん達を見送った。
はっ!忘れるところだった!アスナを探してる途中だったんだ。
「どうしよう、どうやったら探せるんだっけ。
……人探しだし、彼にまた頼むのが、
いやいや、だめよ!私!流石に気が引ける…。」
「あのー。大丈夫ですか?さっきからずっと声に出てますよ。」
「え!?本当にすみません!そんなつもりじゃなくてただ私は、えと……」
「人探し…でしたよね?良いですよ。もちろん手伝います。できる限りですけど。」
「あ、えと、本当にありがとうございます!!」
彼は連絡機能やこのゲームの説明を手取り足取り丁寧に教えてくれた。
彼が言ったことをまとめると、この"IF"というゲームは夢を叶えられるゲームでありその夢はどんな夢であっても時間をかければ絶対に叶えられるらしい。
それに簡単な夢であるなら短い時間で叶えることができる。それが出来るのが"ベッドルーム"というプレイヤー1人1人に与えられる特別な部屋である。
そこではオリジナルの世界を作り体験できる。
例えば、自分が有名人になった世界とか、自分が天才になった世界とか。
その現実感は異常でリアルでも話題になっていた。このゲームが一躍有名になった原因だろうと思う。
後で、私も行ってみよ。
数分後。
「あー!なるほど!そうやればフレンド登録が出来るんですね。」
「はい。お友達と再会出来ましたら是非やってみて下さいね。」
「はい。ありがとうございます。」
本当に優しい人。これでアスナとも連絡が取れる。
「せっかくですし、お友達を探すのも手伝いましょうか?」
胸を撫で下ろしていると彼はそう提案してくれた。
正直、自分1人でも出来ると思ったが、私自身、彼ともう少し長く居たいと思っていたので二つ返事でオーケーした。
「でしたら、オススメのお店があるんですよ。付いて来てください。」
私は彼の後を追いかけた。
その先にはまるでスタ○…いや、スタバそのものがあった。
流石、"もう一つの現実"。
落ち着いた雰囲気の茶色と自然に茂っている葉のような深緑。ショーケースの中にはワッフルやケーキが置いてある、レジの近くにあるからかついつい買ってしまう。
そういえばリアルのスタバとは違ってレジがない。どうやってコーヒーを頼むんだろ。
「お友達はこのゲームについてある程度、知識があるのでしょう?でしたらここの名前を送れば駆けつけて来る筈ですよ。」
彼は優しく笑いながらそう言った。
席につくと目の前に、いや、本当に視界を遮ってメニューが出てきた。視線を変えメニューを見るとその詳細を知れる。
すごい先進技術…。というか、この世界もゲームの中なのか。
所々モルフェさんに質問しながら注文したキャラメルカプチーノは円形のテーブルの中心にある銀の円から勢いよく出てきた。
驚きながらそのコーヒーを一口飲んだ。
普通の味…。
アスナにメールを送り、彼とこのゲームの話をしていると、ふと私は我に返った。
これ…デートじゃ…ない?
そう思った瞬間、心臓が勢いよく跳ねる。
落ち着くんだ、私。
そう。これはアスナを待ってる間の時間潰し。
そんなわけない。
「そういえば、お名前をお伺いするのを忘れていました。宜しければ教えて頂けますか?」
と彼は胸に手を当て私に言った。
確かに、彼は名前を言ってくれたんだし言わないのは失礼だよね。
「は、はい。私は…」
だけど、本当に言っていいのかな。実際、今会ったばかりの他人だし…
「おや?どうかなさいましたか?」
彼の優しい声が私を急かす。
あー!もういいや!名前を言ったところで何もでないでしょ!
「私は…レナです。」
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なんて最高の名前なんだ!この可愛らしい容姿 に負けず劣らずの良い名前だ!!
「レナさん…ですか。良い名前ですね。」
危ない、勢い余って大人な雰囲気を壊すところだった。ここまで近づけたんだ。耐えるんだ。
「あ、ありがとうございます。」
彼女の顔が少し赤らめている。リサの怒り顔とは全く違った赤さ加減だ。
控えめに言って可愛い。
俺はそんな可愛い彼女から目を離せなかった。そうして時間が経ってしまい…
「おーい!レナ!」
彼女の友達が来てしまった。
「あ!では、これで失礼しますね。本当に今日はありがとうございました。」
レナはそそくさと席を立ち俺に一礼した。
連絡先は"あの時"教える程でレナと交換した。
あとは彼女と会う回数を増やし、あっちにもその気にさせるだけだ。
まあ、それが一番難しいんだが。
そんなことは口にも顔にも出さずレナの一礼に応えるために俺も席を立ち、エレガントに礼を返した。
とにかく、今日は今までのガールハントで一番の功績だろう。
翌日、早朝。
「よし、まずはレナと会う機会を増やさないと。」
机に無作為に置かれたゴミやネジを腕で振り払い、空いたスペースにキーボードを叩きおく。
自慢のヘキサモニターを壁一面に光らせゲーム内で貰った連絡先を使い彼女の行動パターンを割り出した。
だが、やはりというかビギナーであるためか決まった動きはあまり無かった。
ただそれでもたった一箇所、ログインしたら行く場所があった。そこは…
ハリボテの病院だった。
それは僕がシティーパークを作る時に何となく置いたオブジェだった。街の景観を崩さないためだけの意味のない建物。
そのため内装なんて作っていない。
ただ不思議だ。リアルで病院にまつわる思い入れがあるのか、はたまた何か別の理由があるのか、少なくとも今の僕には分かるはずのない謎だ。
僕は脱いだソクメットを再び被った。
見た目はバイクのヘルメットに似ている。頭をすっぽり覆い正面に大きな透明なパネルがはめられている。
…これは、先程述べたVR流行時代を生き抜いたゲーム会社"SOAK"が作ったVRグラス(と言うには見た目がそぐわないが)である。
それだけではない。このSOAKは僕のIFを売るゲーム会社でもある。今の富と名声はこの会社のおかげであると言えるだろう。
だが、僕は、この会社が嫌いだ。
「やっぱり、こっちの方が空気が美味しいな。」
そんな独り言を吐き捨て、ハリボテ病院に向かった。
向かってる途中に気づいた。彼女のインしている時間帯はかなり不揃いで行っても彼女はいないのでは?と。
少し甘い考えだったと今に思う。
案の定、俺が着いた時レナはそこにいなかった。
しかしながら、病院に着いたのも午前9:00。
午後からの仕事までそれなりに時間が余っていた。
「朝早く起きてパソコンと睨めっこしてたし眠いな。」
欠伸をしてハリボテ病院の壁に寄りかかった。
日々の運営による疲労か俺は1分と経たず眠ってしまった。
「あれ?ここはどこだ?」
目の端がぼやっと曇りがかっている。
その違和感は程無くして忘れていた。目の前の光景に目を大きく見開いたからだ。
「一叶くーん!」
そう俺を呼ぶ人影の後ろには真っ赤な太陽と真っ青な海。
「早くー!」
そう急かす人影を映すのは金色の砂と少し欠けた貝殻。
「一緒に遊ぼうよー!」
そう俺を誘う彼女達はもう少しでナニかが見えそうなギリギリな水着を着て、立派なモノを揺らしこちらに寄ってくる。
「ああ!もちろん!」
と即答するのは俺の声。しょうがないだろ、こんなの我慢できる男がいる訳ない。
俺は彼女達に抱きついて揉まれ揉み合った。
きっとスケベだとか、変態だとか世の人間は言うだろう、だがこれが男の性なのだ。
「はぁー。夢みたいだ。」
俺は彼女達に揉みくちゃにされながら言葉を漏らした。
うん?今の"俺の口"から出たよな。
周りの靄が晴れ目の前には大きくて立派な谷が…
「はっ!」
俺は激しく飛び起き、
口元の涎を手で拭き取りながら振り返るとそこには…
「おはようございます。モルフェさん。」
レナがいた。
「レナさん!?どど、どうしてここに?」
「それはこっちの台詞ですよ。こんなハリボテの病院の前で寝てたんですから。」
そうだった、俺はレナを待つためにここに来ていつの間にか寝てたんだ。
それにレナは毎回ここに来てるのだからいつもはいない男がいたらすぐに気付けるに決まっている。
「いや、少し早くインし過ぎたようで眠くなってしまいまして…」
頭を掻き目を逸らす。
「それで、病院の前で居眠り?ふふっ。相当お疲れなんですね。」
ふふっと笑う彼女の顔は国宝級だ。
「ま、まあそうですね。というか、レナさんこそこの病院に何か用事でも?」
「え?…あ、いえいえ、私はたまたま通りがかっただけで、そしたらモルフェさんが壁をズルズルと滑りながら寝てたのでチャンスと思ってベンチまで運んで寝かせたんです。」
"たまたま通りがかった"。嘘か。
他人には言えない何かがあるのか?
というか、
「チャンス…ですか?」
「はい。えっと…昨日結局、私が逃げるように帰ってしまってしっかり恩返し出来なかったのでモルフェさんを探してたんです。」
恩返し…だって?この子は天使か何かなのか?
いや、もはや女神だ。
だがここで乗り気になってはいけない。
俺は今までの経験から学んだんだ。
「いえいえ!そんなの悪いですよ。私はただ連絡方法を教えただけですから。」
「そんなご謙遜なさらないでください。もし他に用事があればお断りして頂いても構いません。」
レナはそう言い、一拍置いてからこう付け加えた。
「…でも、いつか、二人で…」
今度は彼女が顔を背けてそう言った。
…今だ。今がその頃合いだ。というか流石に我慢できない。
「いえ、今、今二人で行きましょう!」
彼女の目はキラキラに輝き出した。まるで目の中に星が現れたようだ。
「はい!えっと、こういったところやここもで…」
イタリア語か英語かの店名を彼女は次々と出してくる。
俺にはそれがどんな店なのか分からなかった、
が、可愛いかった。レナの少女っぷりが。
「ここでとやかくいっても仕方ありません!早く行きましょう!!」
彼女の愛おしさに見惚れているといきなり腕を掴まれ、行き場所も分からぬまま連れて行かれた。
「到着です!ここが私のイチオシのお店の一つです!」
到着店は、"モーニングス"
雰囲気は年季を感じさせる古びたパン屋って感じだ。木製の看板、煉瓦造りの壁、など、随所にそう感じるポイントがある。
「えっと、ここは?」
俺は戸惑いを隠せずレナに聞いた。
「はい!ここは開業100年の古店で有名なパン屋さんです!何といってもここのクロワッサンはサクサクでふわふわで何個でも食べられるんです!」
物凄いマシンガントーク。
「な、なるほど。」
「ほらほら!モルフェさん!ひとまずこれを買いましょう!」
またもや手を引っ張られクロワッサンを二つ買った。
「モルフェさーん!こっちですよ!」
元気よく手を振り俺に居場所を知らせてくれている。店内の中々の混み具合で俺が右往左往と迷っていたからだろう。
それにしても、この状況。側から見れば完全に彼氏彼女のやり取りだ。
「あ、はい!」
ま、それでもこのですます調は消せないんだけど。
レナと向かい合って席に着く。
クロワッサンを頬張る彼女とそんな姿をクロワッサン片手に見る俺。
「…!ご、ごめんなさい!夢中になりすぎちゃって…」
俺の目線に気付き顔を紅く染めて俯いてしまった。何度も言う、可愛い。
そんな時、彼女の口元についたクロワッサンの食べかすにハッとした。
これはチャンスでは?と。よく彼氏が彼女の口を拭いてもっと距離が近くなるアレが出来るチャンスだと。
よし!彼氏スキル、起動!
説明しよう!彼氏スキルとは俺が彼女を作ろうと決めた時に世の男性が彼女に対して高頻度でやる行為をまとめた100のことを状況に応じて身体を動かす設定である。もちろんこれはゲームマスター特権だ。
そう脳内で叫ぶと俺の手は速くも遅くもない速さで彼女の唇へ動いていく。
レナは俺の不可解な動きに気付いたのかクロワッサンを食べる手を止めた。
俺の手は進み、彼女の口手前で親指を立ててかすを拭き取った。
だが、まだ終わりじゃなかった、その拭き取ったかすを俺の口元に運び食べてしまった。
…恥ずかしっ!
世の男性はこんなことを平然とやってのけるのか…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼の目が微かに動き、目を逸らした。
…今、間接…、
モルフェさん…大胆…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あら、見て、あそこの二人。」
「まぁ。二人とも顔が紅くなって、初心ねー。」
「ねー。」
レナはこんな状況に耐えられなくなったのかテイクアウトにしたパンの袋と俺の手を掴んで店を後した。
「あ、あのー。レナさん…。」
「こ、これからは…ああいうのは…。」
「は、はい。」
好感度が下がったかもしれない…。
「で、では、次行きましょう!」
と、思ったが彼女はまだ乗り気だった。
「ま、まだ行くんですか?」
「もちろんです!まだ返し足りませんから。」
そうして、案内された場所は、
「イタリアンの味の深さを突き詰めミシュランシェフ達を唸らせた名店。イタリオです!」
また飲食店だった。
「ここはパスタやピザといった有名どころの他にフォッカチャやリゾットと様々なイタリアンを揃えているんですよ!そのどれもが本場の味でとても美味しいんです!」
「ほ、ほぅ。」
彼女の食に関する知識は底を知らないな。
俺達は店に入り、俺はパスタを、
レナは何とかかんとかのアクアパッツァみたいなのを頼んでいた。
ここで俺は期待を裏切られた。
というのもイタリアンといえばパスタ、
パスタといえばあのシーンがあるからだ。
一皿のパスタから一本を伝い互いの唇に向かい合うあれだ。
少し、いや、とても残念だ。
そう頭で思いながら料理を完食した。
既にだいぶ満腹だが彼女はさっさと席を立ち次に移った。
「着きました!ここは…」
最早、聞こえなかった。きっと彼女のことだ。
飲食店の紹介だろう。
確かに、彼女の食に関する知識は底なしだが、
加えて腹の底もないようだ。
ここから更に何件か店を回った。
俺は2件目でキていたので食べなかったが。
現在時刻は午後7:00。
そろそろ、時間だな。
俺はレナが食べている隙間時間にある予定を立てていた。
それを決行する時が来た。
「レナさん。今日は本当にありがとうございました。」
「は、はい!私こそ食べるのに夢中になってしまって…。」
彼女は軽く目を逸らす。
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、私からも贈り物をしたいのですがよろしいですか?」
「え?そんな良いんですよ、これは私が好きでやった事なので。」
「そんなこと言わずに、ほら。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼は私に手を差し出した。
…他に選択肢なんて無いもんね。
すると手を触れた瞬間に目の前が真っ暗になった。
「レナさん。」
耳元で彼が囁いている。
「私の"秘密"を見せましょう。貴女とこうして過ごせた"証"に。さぁ、"目"を開けて下さい。」
私は言われるがまま目を開けた。
開いた目はもういっそう見開いた。
「綺麗……」
目の前に広がるのはIFにある色々なパークが泡に包まれ宙に浮き、まるで惑星のようになっている光景。
下を見れば、まだまだ無数の惑星が浮いている。ついでに私も浮いている。
「モルフェさん、ここは…」
「ここは、私しか来れない場所。世界の中心です。」
"世界の中心"。
一つ一つのパークが星になり惑星となって本当に宇宙の中心にいるよう…。
彼は私の手を握った。
自ずと私達は顔を向かい合わせ互いの眼に写る星を見た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まさか、昨日会ったその人とするとは思わなかった
私は強く握り返し合い、熱を感じた
あなたの柔らかい唇を通わせ、幸福感でいっぱいだった
懐かしかった
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー