◎ある日
ある朝、だが、ただの朝では無い朝。
窓から朝日は差し込み、微かな音が緊張感を煽る。
「リサ、今日の予定は?」
俺はベッドのすぐそばにある姿見の前でスーツの上着を震える手で羽織りながら聞いた。
艶やかな黒髪を後ろで一纏めにしたポニーテールを持ち青斑の四角い眼鏡と青いネクタイが映える黒いリクルートスーツに身を包む彼女は、このゲーム、と俺、を管理するシステムAI、リサである。その眼鏡をくいっと人差し指と中指を綺麗に立てながらこう言った。
「あと1分でサービス開始セレモニー。
その後、新たなパークの開発、共にデバッグ。違反行為規定の再確認。プレイヤー達からのリクエストやコメントへの返信。決算書の作成。
あとは…」
「待った。ひとまずここまでで。」
手を彼女の前に出しながら言った。
目の回るような予定の数々が実行する前から疲労感を感じさせた。
顔を両手で挟み込むようにして叩き、よしっと意気込んでから大きな扉を両手で開けた。
軋む扉の音をかき消し微かに聞こえていた音は更に大きくなった。
「おー!あの青い空によく馴染むなぁ。この"歓声"は!」
さっきまでの緊張も共に歓声に消えたようだ。
テラスから覗き込むと数多の国民が俺に手を振り黄色い歓声を浴びせる。
本当に気持ちいい、と思っていた。のに、
「マスター。時間です。」
「…分かったよ。」
…では始めようか、
俺は手をバッと横に広げ、肺に空気を多く送り込む。人々の声は盛りに盛り、音の圧で
石造りの床が震えた。コロコロと小石が落ちてくる。
準備は出来た。
「ようこそ!我が世界に!この"IF"に!」
約15年前。突如として始まったVRブームによって様々なゲームが作られた。
アクション、ロールプレイング、パズル、もっとグレーなものまで。
とにかくその時代は老若男女、すべての人がゲームをやっていた。
だがある日、一人の男が画期的なゲームを作った。言わずもがなその男とは俺のことだが。
そのゲームというのは"夢"が叶うゲームだ。
このゲームで叶う夢に幅はない。
何でもできる。
空を飛ぶことも、アーティストになることも、スポーツ選手になることも。
もっと言えば、アイドルと付き合うことも、人を殺すことでさえも。
人の欲は全て叶えられるゲーム。
そんなゲームがあれば、他のどんなゲームも要らなくなるのは当然だ。
そこからは言うまでもない、どんな会社がどんなゲームを作ろうと結局は売れず赤字続き。次々と倒産していった。最後、残ったのは、俺のゲームだけだ。
たった1週間のうちにこのゲームは全世界で1億本以上が買われた。
毎日SNS上ではIFで行った夢の話が共有され、ニュースではゲーム売り上げやレビューの世界記録更新の話題で持ちきりになった。
こうして、地球上で一番の大金持ち、そしてゲーム開発発展の先駆者となった。
しかし、これらの万人が羨むようなものを持っていても渇望して止まないものがある。
それは、恋愛したい!
やはり、いくら金があろうと、有名人になろうと、キスをする相手がいなければ意味がない。
俺は決めたんだ。生まれてこの方20年。
今年こそは彼女を作ると!!