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魔王を倒したその後で

作者: 通り雨

ダークファンタジーの一部と思ってもらえたら

過去作の供養に

「もう分かっているかもしれないけれど、私はもう長くはここにはいられないわ。」

「なんでだよ、君を捕えていた魔王はもういない。この僕が倒したんだ。だから、だから君はもう自由じゃないか。君はどこにでもいける。故郷にでも、賑やかな城下町にでも、そうだ君がずっと行きたいと行っていたピクニックにもいけるじゃないか。」

 しかし彼女は首を横に振る。いたずらっ子のように目を細めて、しかしどこか寂しそうに彼女は笑った。

「本当に鈍いのね、貴方って。私が本当に囚われの身だったなら、魔王の力が最も強くなる夜にだけお城を抜け出せるわけがないじゃない。」

 後頭部に棍棒を振り落とされたような衝撃だった。確かにそうだ。彼女の姿を陽が出ている間にみることはなかった。夜に他のメンバーが寝静まった頃にやってきていた。そう、まるで見計らったかのように。

「本当はね、見張りに行っただけだったの。どこまで貴方達がこの魔王城に向かってきているか。パーティーメンバーは増えたり減ったりしていないか。そして何よりお城までたどり着けそうか。それによってお父様にも準備が必要だったから。勇者さん、知ってた?魔王にも貴方達をもてなす準備が必要なのよ。外見的にも、内面的にも、ね。」

「準備、だと?」

「そうよ、準備が必要なの。準備というより覚悟と言ったほうが正しいかしら。死ぬ可能性がある戦いに挑むのに自然体で居られるほうが不思議でしょう?貴方だって相当の覚悟や恨みつらみをここまで抱えてきたはずよ。だからここまで来れた。」

 もちろんそうだ、勇者になったのはただの成り行きだがここに至るまで多くの仲間を失った。だからこそ進めば進むほど引き返せなくなっていた。

「確かに過去には魔王と人間の間で多くの血が流れたでしょう。それは古からの言い伝えにも残っているわ。でもね、お父様が一体貴方達に何をしたというの。お父様は人間界との取り決めをこれまで破ったこともないし、決して人間界に干渉をすることもなかったわ。それなのにどうして生まれながらにして憎しみを向けられなければなかったのかしら。」

 僕は首を振るしかなかった。

「僕は僕の使命を果たしたまでだ。」

「そうね、誰もそのことは責めないわ。それにお父様は貴方を認めていた。そうでなければ貴方がお城に入る前にたくさんの魔物を送り込んで今回の勇者遠征をなかったことにできたはずだわ。そうしたら貴方はこのお城はおろか魔界にも足を踏み入ることもできなかったでしょうね。もっとも、勇者が殺されたことを口実に戦争を始めることが今の人間界の王様の本当の目的だったのかもしれないけれど。」

「……僕は捨て駒に過ぎなかったということか。」

 彼女は眼を細める。

「さあ、どうかしら。今となっては誰もわからないわね。そんなことが今更わかっても何にもならないと思うけれど。」

「相変わらず君は僕に救いをくれないな。」

 よほど僕がつらそうな顔をしていたのだろう、彼女は苦笑いをして言う。

「ごめんなさい、別に貴方を追い詰めるつもりなんてないわ。ただ、お父様のことだけはわかってほしかった。誰が好き好んで悪役をするというの。できれば誰もが正義の名の下に倒される汚れ役なんて引き受けたくなんてないわ。でも、お父様はそれも運命だと受け入れていた。」

 そうか、そうだよな。正義がいつも僕のそばにだけ立っていてくれるなんて都合のいいことはない。しかし、そんなことよりも僕には気にかかっていることがある。 

「それで君はこれからどうなるって言うんだ。僕の使命は魔王を倒すこと、それだけだ。君が魔王の娘だったとして君を傷つける必要も義務もない。それなのに長くはいられないと言うのは一体……」

「貴方は本当に何も分かっていないのね。魔王一族には闇の中でしか肉体を保てないと言う呪いが与えられているの。そして、このお城の周りだけ朝が訪れることがないのはお父様が結界を張っていたから。お父様亡き今、ここにも日が昇るわ。そうしたら、私はもう消えるしか無くなるの。」

「そんな、そんなことは。」

「黙っててごめんなさい、でも私のせいで貴方の決心を揺るがせたくなかった。」

彼女の頬を伝う一筋の涙が松明の灯りに照らされて光った。確かに今まで漆黒の闇に覆われて何も見えなかった窓の外には星がチラチラと光っている。

「でも私は死んでしまうわけではないの。魔界では肉体を失ってもその精神は神に召されることなく彷徨う。だから心配はいらないわ。」

「聞いてないよ、そんなことなんて。僕は君を、君を救うつもりだったんだ。それが君を殺すことになるなんて。」

「間違ってはいないわ。私はこの暗闇の鳥かごからようやく抜け出せるの。それに貴方達と違って条件さえ整えばまた復活できるのよ、だから、だから……」

 彼女は俯く。僕は何も言ってあげられない、いつも僕のすることは裏目裏目に出る。村から追い出された時も、無理やり勇者に担ぎ上げられた時も、仲間が僕を庇って倒れた時も、いつも僕の行動は周りを不幸にし続けてきた。今もそうだ。本当はそっか、じゃあまた逢えるねって一言言って笑って見せてあげたらいいのだ。それなのに、それなのに……。」

「……貴方は本当に女の子の気持ちがわからないのね。まあ、そっちの方が私としては安心なのだけれど。」

 そう言うと、彼女はこちらに向かって歩み寄る。

「もう少しで夜が開けるわ。そうしたら私の肉体は消えてなくなる。だから、一つだけ私のお願いを聞いて。」

 僕はもうただ首を振るだけだった。そんなのは嫌だ、嫌だ、嫌だ。そんな僕を見て彼女は微笑む。

「もう、泣かないの。これじゃどっちが勝ったか分からないじゃない。勇者はいつも誇らしくいなくちゃ。」

 彼女が僕の顔を両手で挟んで首を振るのを止めた。そして自分の顔を近づけ耳元に囁いた。

「私がいなくなるまで抱きしめて、お願い。」

君はいつもずるいな。好きになってしまった女の子のお願いを聞かない男の子がこの世界にいるはずがないじゃないか。



「私ね、物心ついた時から誰かに抱きしめてもらったことがないの。お母様は私を産んですぐに亡くなったし、お父様はずっと忙しかったから。お父様は私の前でも常に威厳を保っていた。尊敬できる父親よ。だけれど、今にして思えば誰にも弱みを見せられず、孤独だったのかもしれない。」

 彼女は僕の腕の中でどこか懐かしそうに呟く。

「そして私も孤独だったわ。話し相手もいなかったし、小さい頃からお父さんの手伝いしかしていなかったから。それに私もお父様も呪いのためにこのお城の周りでしか過ごせなかったし、魔界の外界との交流もほとんどなかったわ。」

「本当に寂しい日々だったんだね。」

「そうね、王の一族なのに呪われる自分の境遇を恨むこともあったわ。ただ、楽しみもあった。」

「それが僕みたいな勇者が来た時ということか。」

「そう。その時は誰かが勇者一団の様子を見張っていなければならない。人間達がどれほど本気で送ってきているのかとか実力のほどとかを見極める必要があるから。たまに私利私欲でならず者とかも入り込んでくるからそういう者は問答無用で排除していたけれど、王様勅命軍だとそういうわけには行かなかったから。彼らを殺すことは常に人間界にとって弔い合戦として魔界に攻め込むための言い訳に利用されかねなかったわ。それを見極めるのが私の役目だった。」

「彼らと僕みたいに話をしていたのか。」

「いや、話をしたのは貴方が初めてよ。それに初めは話す気なんて無かったわ。だってまさか一瞬たりとも寝ない人間がいるなんて思っていなかったもの。」

「それは誰だってそうだ。これは僕への呪いだからな。」

「まさか呪いを受けた人間がいるなんてね。」

そうか、この子は知らないのか。人間は他者に対してよりも身内に対しての方が時に残酷になることを。

「まあ、寝なくていいのは何かと便利だし、一概に悪いとは言えない。」

そういうと、彼女はクスリと笑った。腕の中の息遣いがくすぐったい。

「そうかもしれないわね。でも早死にするわよ。」

「うるさい。今から自分が死にかけているのに、余計なお世話だ。」

言ってからしまった、と思ったが彼女は声を立てて笑っていた。

「それもそうよね。私が真っ先にこの舞台から退場するんだったわ。」

彼女が僕の顔を見上げた。その顔があまりに近くて僕は思わず目をそらした。

「でもね、私楽しみなの。朝が来るのを見るのは初めてだから。本当に最初で最後なのよ。」

 その言葉と同時に、空が白み始めた。窓から少しずつ光が差して来る。それに合わせて僕の腕の中の手ごたえが徐々になくなり始めた。

 「あのさ、もうひとつお願いがあるのだけれど。」

 心なしか、彼女の声も聞こえづらくなってきた。

「さっきのが一つだけのお願いじゃ無かったの?」

「貴方って最後まで意地悪なのね、聞いてくれたっていいじゃない。」

「じゃあ、聞いてあげる。」

「最後に私の名前を呼んで。」

そういえば、ずっと名前を聞いていなかった。好きな子の名前も聞けないなんて僕はなんというヘタレだったのだろう。

「じゃあ、名前を教えて欲しい。」

だけど、僕にはもう彼女の声は聞こえなかった。自分の腕の中にはもう姿は見えなかった。どうしてあそこで余分な言葉を一つ挟んでしまったのか。最後まで僕の行動は空回りだ。

「ねえ、どうして。待って、待ってくれよ。」

もうその呼びかけに応えてくれる人はいない。また僕は間に合わなかった。

今はもう何もない虚空を、さっきまで彼女がそこにいた空間を抱きしめる。慟哭は空を穿つ。既に窓の外で日は登り始めていた。


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