始まり
「……マッチポンプで女を惚れさせて疑似恋愛を楽しみたい」
昼下がりの教室。
ざわざわとした教室にポツンとした呟きは当然かき消されるが目の前にいる加藤には聞こえていたらしく。
「おいおい、遂に恋人を求めすぎて頭おかしくなったのか?」
「元々頭おかしいから平気だっての」
「開きなった…んで今度は何をしようってんだ?」
「流石俺の友、いや、幼馴染みなだけはあるな」
「男じゃなくて女の幼馴染みが良かったぜ」
「それは同意見だ、さっさとTSして恋愛出来なくて切ない俺を満たしてくれる穴でも作ってこいや」
「ほなら抵抗しますよと、んでそんな最低最悪な宮木君は何を思い付いたんですかい?」
「ああ、マッチポンプ恋愛ー通称MPL作戦だ」
「ふむ、話を聞こうか」
「まずは、いい女を見つける」
「最初からムズくね?」
「お前がナンパをしに行く」
「おいおい、死んだわ俺」
「そこで正義の味方登場、お前をボコボコにする」
「勿論俺は抵抗するぜ、拳で」
「そうしたら、いい女は恋に落ちちゃう訳ですよ」
「えぇ…そうはならんやろ」
「させるんだよ!オラッ!逝くぞ!」
「あいあいさー」
「まずは彼女持ちのお前がナンパをする」
「わざわざ彼女持ちを強調する辺り悪意を感じるのは俺だけか?」
「すると大半の女性は嫌悪感を抱くはずだ」
「……因みに良い女は大抵が彼氏持ち」
「黙れ」パァン
「痛て、何で叩かれたん」
「夢ない奴に慈悲はねぇ」
「上手く行くかね」
「賽を投げないと何もならん、右ヨシッ!左ヨシッ!かかれ!」
「はいはいんじゃ」
こんなんでも幼馴染みだ、義理は果たすべきだろう。
適当な美人にナンパしてボコボコにされるかーー
「お嬢さーーーピロロローーん?はい?」
急に電話がかかってきた、嫌な予感しかしない。
ポケットから震えるスマホを震える手で持ちそこにうったのは彼女の名前。
『急にごめんね?かっちゃんが何処の馬の骨かも分からないメスブタと会話しているような気がしてーし て な い わ ね ?』
「………」
おいおい、死んだわ俺。
それから10分後
ん?あいつ遅いな…もしかしてナンパに成功しちゃったのか?彼女持ちの癖に、許せん!!
後で呪いにかけると心に近いーーー悲鳴
…これ、もしかしてチャンスという奴なのでは?
流石は我が友ーーカ=トウ、路地裏に連れていくなんて話はしてないが咄嗟に思い付くなんて見直したぜ。
それじゃ正義の味方な俺が参るぜ!!
「オラッ!何やってんだ……ん?」
「あぁ"?ここを見られたからにはただで家に帰れると思うなよーー坊主」
ありのままーー今起こった事を話すぜ
悲鳴を上げた女性は黒服の怪しい組織ーーヤクザ達に連れていかれそうになっていた。
そこに夢中になっていた俺は、後ろから来る謎の気配に気付かずにーーーって違うぅ!
思ってたのと違う!!
え?あいつ?もしかして逃げた!マジふざけんじゃねぇよ!
大体目視で五名のヤクザ様はそれぞれ拳銃らしき黒い物を腰にぷら下げてますの。
あはは、ここが俺の死に場かーー
いやーー落ち着け俺。
じっちゃんの言葉を思い出せーー
「男には死んでも守らねばならぬ物がある、矜持と女とエロ本だーー」
あの後ばっちゃんに叱られてたじっちゃんの勇姿を忘れない。
女性を拘束してるのは二名。
遮るものは無し。
急な襲来に動揺してる事にかけて。
「うぉぉぉぉ!!」
日体大タックルをしかける。
「うわぁ、何すんだガキィ!!」
一名が体制を崩し拘束が半減。
体制を戻される前に畳み掛ける。
肘でもう一名の右腕の肘から少し上辺りをを折る気で当てる。
「うぐっ…」
良くて打撲程度か?まぁ良い、怯んだ所で拘束が弱くなったのを確認し女性を引き離して逆にヤクザを押す。
距離は1mあるかないか。
「おい、そこのお前!早く逃げろ!」
「…っ!はい、分かりました」
…これでいい。
後一分もしない内に体勢を立て直されボスらしき者も助けに来るだろう
そうなれば終わりだ。
文字通り蜂の巣になるだろう。
そう思い目を閉じようとしてーー
「ありがとうございます、逃げますよっ!」
その時、何か引っ張られる、どうやら女性に服の袖を引っ張られたようだ。
踵を返し走るーー!
「絶対に逃がすな!今すぐ追いかけろ!!」
「はい!ボス」
後ろから声が響くが、冷静になって理解した。ここだと銃声がして大事になるから銃は打てないんだろ
「ちょっとごめん」
「え…、きゃ!」
折れそうなくらい細い手首を掴み。頭に腕が乗るようにし、両足をもう一つの腕で持ち上げる。くっそ重い
「本気で走るわ」
アスファルトが少し割れ踏みしめる足の骨が軋み悲鳴を上げた。
「んー、そういえば宮木って50m何秒くらいなの?」
「んー?7秒くらい?」
「割りと平均くらいだな、もっと速いかと思ってたよ、ほら、だって前に交通事故に巻き込まれそうになった人を間一髪で救ってたじゃん?」
「本気出すとね、足が壊れるからあんまりやらんけどね、人の命かかってる時は別よ」
「何時もそんな感じなら彼女出来んのに勿体ねぇわやっぱり」
ーーーあれ?私は一体…あぁ、そうでした。確か誘拐されかけてーー
「あ、起きた?ちょっとナビお願い」
「え…えぇ!?」
凄い速さで景色が変わって行きます。
何これ夢ですか?いや、押し寄せる風が夢では無いことを告げています。
降ろしてとーー凄く言いたいですが今は抑えます。
「そこを右です」
まるで重いカーナビを持っているかのようだ。
女性ってこう、軽いもんじゃないの?
確かに良い匂いはするけどこう重いんじゃ堪能することさえままならない。
「後ろと前から来ます、左を直進してください」
「さっきから思ってたけど何でそんなこと分かるの」
「GPSですよ、拘束される直前に着けて起きました、お姉ちゃんが助けに来るので、逃げられたら困りますし」
ーーー逃げてるのこっちじゃね?
俺は空気の読める男だ、そんなことは言わない。
後、何か巻き込まれているような気がする。何か壮大な事に。
お、俺はただ恋愛したかっただけなのに…
「そこを真っ直ぐーー」
「よう、良くもこんなところまで逃げてくれたな」
右から声がしたーーそう思った時にはーー日常には不似合いな音が鳴り響き。
ーーー足が打たれていた
「うぐっ」
こいつ、撃って来やがった…!
体勢を崩し倒れこむ。
その衝撃で肘と脇当たりから背中にかけてアスファルトにぶつけ痛みが走る。
「な、なぜ」
「あ?GPSの事か?情けない事に部下共は気付かなかったがーーまぁ撒き餌にや丁度良い、もう一人部下を呼んでそいつに着け追いかけ指したら違和感もないだろ?そこのお前のせいで余計な手間が出来たがーーこれで終わりだな」
カチャっとリロードして銃先をこっちに向ける。
こいつ、銃の扱いに慣れてるーー
アイツは横から撃ってきた、しかも気配を察知されにくくするためかそれなりに距離を離して。
右から左に動く物体をそれなりの距離で足を的確に撃った。
「悪いが時間もかけられねぇんだわ、おい、坊主。そいつを見捨てて去れ。命だけは取らねぇでやるよ。変な正義感で死にたかぁねぇだろ?」
本気で言っているのだとその目でその声で伝わってくる。
「…しかしな、ヤクザさんよぉ。そんなに合理的な判断取れるならここにいないんだわ、俺」
「…最初坊主、おめぇ見た時から思ってたその目がイライラさせんだよっ!正義感に駆られて手を汚す事も知らねぇガキの目だっ!その目から薔薇の花を咲かせてやるよっ!!」
近くに合った鉄パイプを拾って立つこともままならない足を無理やり立たせる。
「…お嬢ちゃん、くっそ重いからさっさとどっか行きな。お荷物だ」
「……っ!」
そのまま行くはずだった進路を真っ直ぐ向かう。
怪我らしい怪我の一つもないやつだ、多分大丈夫だろう
「あぁ、良い判断だ」
パァンと激しい銃声が聞こえたのはそのすぐ後だった。
「はぁはぁはぁ…」
逃げた事の罪悪感ーー銃声からして彼は助かっては無いのだろう。
馬鹿な男だとーそう思う。
悲鳴なんて無視すれば良かったんだ。
わざと災難に巻き込まれに行く真似をして。
しかし、見捨てて良い理由ではなかった筈だ。
確かに、私があの場に残っても彼を助ける事は無理だった。
足を撃たれ鉄パイプがないと立てないくらいの重傷。
背中と脇、鎖骨と肘、
けどそれは本当は私が受けるはずの傷だ。
私を庇うように倒れたから私は五体満足で走っている。
この足を止めるのは彼が許さないだろう。
早く早く、助けに行きたい。
お姉ちゃんが居ればーー彼は怪我すらしなかったのに。
「…お姉ちゃん…助けて…」
「あぁ、助けに来たよ。雪音」
ボフッと私の胸に頭が当たる。
これをする人は一人しか居ない
「…お姉…ちゃん…?」
「………無事で良かったーー発信された奴は全員倒したぞ、ほら、家にーー」
ーー帰ろう。そういった姉を遮るように。
「まだ、残ってるの!助けに行かなきゃ」
「……そうかーーここで待ってろよ雪音」
私も行きたいーーそう言おうとした口は動かなくてーーお荷物だーー悲しくて、姉の姿を見送った後、その場に踞る私がいた。
マッチポンプで女性を弄んだりしようとする奴の最後はハッピーエンドなんかねぇ。
今回でハッキリ分かったよ。
俺が真っ当な青い恋愛をするにはちゃんとした恋をしなければならなかった。
まぁだがーー
目から血が流れる
これでも避けたら睫毛らへんが当たり、結果的に右目が見えなくなった訳だが。
「ーー足掻かさせてもらう、」
「……っ!」
「うぉっ!?」
銃を持つ相手に勝つにはどうしたら良いか?それはインファイトだ。
距離を離れすぎるとそれだけでアウトだ。
一方的に撃たれるだけでエンドゲームだろう。
リロードされる前に決着を着ける
それに足が速くなるだけが特技じゃない。
鉄パイプを前に起きブランコに乗ったように下に滑り込む
鉄パイプを利用した相手との距離を詰め潜り込むーー縮地
「…っ!」
相手が一瞬自分を見逃す
しかしその隙があれば銃を奪っーーー
ふらっ
ーー起き上がろうとして体勢がよろける。
おかしいっ!体感的には大丈夫ーーそういえば女性を庇って怪我をしたっけなーー
走馬灯のようにスローに迫ってくる拳が当たりーわ顔を殴られてバックステップされ距離を離されていた。
カチャ
銃を構えられ倒れる俺。
あぁ、終わったな
他人事のように、だが、諦めることらせず。銃先を見つめ続けた
クソッなんだこいつ。
あれは何かの武術か?ともあれここで確実に殺さないといけない理由が出来た
パァンーー銃の放つ狙いは目
しかしーー
「おいおい、どんな動体視力してんだお前は」
ただの坊主じゃねぇ、部下二人を見事な手際でダウンさせた時から分かってはいたが。
足を狙った一発は完全に不意打ちだったーーというのにかすり傷だ。この俺が。
それに目を的確に狙った俺の一発を目で追いかけていた。ギリギリで眉間をかすった程度だ。
第六感ていうやつなのか?何処までも厄介なガキだ。
立てないのには何かしら他の原因があるのかも知れないがーーラッキーだ。
両足を完全に破壊した後背中を撃ち、脳天に一撃ぶちかませば良いだけだ。
「じゃあな坊主、あの世で反省してな」
再度ガキの足に銃を撃とうとーーコツコツと路地裏に響くーー全身に死が宿った。
鳥肌が立つーー全身が凍り付くーー
まるで死神が取り付いたようだ。
振り向く
「は、ハハハ…まさかお前が生き残るとはな」
光を見ない日は無かったさ、目に宿る事も無かったが。
「兄貴の仇だ!受け取れ糞野郎!!」
最後の抵抗ーー固まった身体に鞭をうち
気配の感じる方に銃を放つ。
そこには確かに経験が詰まった一撃だった。
普通であれば何処に居ようと眉間を貫き死に絶えただろう。
そう、普通であれば。
「ーーー遅い」
信じられないとはこの事だろう。
迫り来る銃弾を当然のように切り伏せる。
達人並みのその業は見るものを魅力されるような太刀筋で美しかった。
多分この人がさっきの人の姉なんだろう。瓜二つとまでは行かなくとも似ている箇所が幾つも存在する。
「ーーー死ね」
瞬きするまでには俺のそばから消えていて次の瞬間には首を跳ねていた。
首から薔薇が咲いて頭と胴が別れる。
それを見て思ったことは恐怖ではなかった
こいつーーカッコいい。
そう思えばそのキリッとした顔もなんだか女受けする顔に見えてくる。
つまりはーーイケメン。
「是非とも、師匠と呼ばしていただいてよろしいでしょうか?姉御」
「え?何だ貴様はーーあぁ雪音を助けてくれたんだな。礼を言う。」
「師匠と呼ばしていただいても良いのでしょうか!!姉御!!」
「えっと、まだ師匠と名乗れる程私も強くないのでな、後仕事柄そういうのは断っているのだ」
「もう片足所か目元まで浸かっています!なので何卒!」
「えぇ…うぅん…あ!そういえば君酷い怪我じゃないか、一旦拠点に連れていくぞ」
「きゃ…」
お嬢様抱っこされちゃった…もうお嫁に行けなーーん?なんか目がボヤけて。そうか。何時もはせいぜいが短距離走の範囲。今回ばかりは少し無理しすぎたか。