3.青春
「─────ここは...?」
「食堂だけど?あれ、まだ利用したことなかった?」
彼女が俺を連れてきたのは食堂だった。
「いや、そうじゃなくて、何で食堂...?てっきりどこに拉致監禁されて身ぐるみ剥がされた挙句に金目のもの全部奪われる覚悟でいたから。」
「何言ってるの?笑 女子に対して悪い偏見持ちすぎ!」
何か鼻で笑われたぞ。こっちは本気なのに。
「じゃあ俺を食堂に連れて来た意味は?」
「意味っていうか、友達とお昼食べたいんでしょ?外のカフェとかで時間潰しても良かったけど、どうせ戻るなら食堂で話した方が良いじゃん!」
「なるほど。案外合理的なんだな。」
「ちょっと〜!私のことバカだと思ってた!?」
「…」
思ってました。
「ちゃんとこの大学入れるぐらいには勉強出来るんだから!結構大変だったんだからね?」
「そういえば佐保…友人が言ってたんだけど、君は遠くからこの大学に来たんだって?何か理由はあるの?」
「それ聞いちゃう?うーん、でも今の琉人くんに話しても全く響いてくれないと思うから、私のことを思い出したら教えてあげる!」
「じゃあ結構です。」
「撤退早くない!?」
「別にそこまで君に興味ないし...。」
「ていうかさっきから気になってるんだけど、『君』って呼ぶのやめてくれない?」
「いやだって君は俺のこと知っているのかもしれないけど、俺的には今日会ったばかりだし...。馴れ馴れしすぎるでしょ?」
「逆に距離感遠すぎます〜!!『七瀬』って呼んでくれても良いんだよ???」
「じゃあ…...『百川七瀬さん』...?」
「『七瀬』!」
「『百川さん』...?」
「『七瀬』!!」
「あぁ...もう分かったよ!『七瀬さん』!!これ以上はまだ無理!!」
「はい」
彼女...いや、“七瀬さん”が何かを手渡してきた。
「えっ?」
「登録しておいたよ?」
目線を下ろすと、それは俺のスマホだった。いつの間にか七瀬さんに取られてしまっていたらしい。
そして何かのアプリケーションが開かれている。
この母と佐保の名前しかないメッセージ履歴は『LENI』か?
連絡先を互いに交換し合いメッセージを送り合うことが出来るという、昨年夏にリリースされながら、国内シェア率が約93%にまで至った超大手SNSだ。
もちろん俺は、海外に行く前にギリギリでダウンロードした母と、3日前に登録した佐保以外、誰の連絡先も登録していない。
「え!?いつの間に!?」
「ちゃんと名前を『七瀬さん』で登録したから安心して!」
「謀ったな!?こうなること予想して敢えて最初は呼び捨てから提案したんだろ!!」
「まぁまぁ、そんな細かいことは良いじゃない!」
満面の笑みが癪に障る。こうして俺のLENIに3人目が登録された。
まさかこの俺が同年代の女子とLENIを交換する日が来るとは…何か悔しいが少し嬉しい。
この嬉しさは佐保のような邪なものではなく、単純に連絡先を交換するような相手がこの3日間で2人も出来たことに起因している。この喜びを表に出さないようにひたすら耐えた。
七瀬さんは自分のスマホを見た後、大学の入り口に目線を移し、急に立ち上がった。
「あっ!怜!こっちこっち!」
七瀬さんから「怜」と呼ばれたその女性はアッシュ系の色のロングヘアーでハーフアップの髪型にしていて、春らしい薄手のコートから高いピンヒールまで、全身白系の色でコーディネートされたその様子はまるでお姫様のようだった。
「紹介するね!彼女は梅房怜!私の一番の親友!」
「どうも、梅房怜です。よろしくね。もしかして彼が噂の“琉人くん”?」
「そう!彼が新道琉人くん!」
「なるほど。あなたが七瀬を……」
「ちょっとストップ!!その話はまだしちゃダメ!!琉人くんに自分で思い出してもらわないとなんだから!!」
「えっ!?七瀬のこと彼は覚えてなかったの!?」
「そうなの〜!!酷くない!?」
「七瀬から話を聞いた時はどんなに聖人君子かと思ったら失望しました。」
俺が一言も話さない間に印象がどん底まで落ちている。事前にどんな話をしていたのかは知らないが、勝手に理想を描かれて勝手に失望された。こんな理不尽なことがあるのか。
「あの時の琉人くんじゃないのかもしれないけど、それでも琉人くんは琉人くんだから。この少しの時間話してても改めて思ったの。何がと聞かれたら言葉には出来ないんだけど、とにかく琉人くんであることには変わりない。だから怜も彼のことを信じてくれない?」
「そっか...。そこまで七瀬が言うなら私も彼のことを信じてみようかな。」
怜さんが鋭く恐ろしい眼光をこちらに向けてきた。
「ねぇ、聞いてるの?もしこれ以上七瀬を失望させたら絶対許さないんだからね?」
「えっと、はい...。分かりました...。気を付けます......。」
普通に頭が追いつかない。二人は既にニコニコしているし、これは許されたということで良いのか?
少し目を離すと、先程の手口で怜さんのLENIも追加されていた。七瀬さんの手捌きはもはや詐欺師の域だ。
「怜のLENIも登録しておいたからね〜!後でグループ作らないと!」
「グループ」とはなんだ...?まぁ彼女に任せておけば良いか。
すると、彼女の手の中にある俺のスマホが鳴った。
「うわっ!びっくりした!琉人くん、電話だよ!」
俺に電話をかけてくる奴なんて一人しかいない。
『もしもし?琉人?もう食堂行った?』
『あぁ、いるけど...。ちょっと先客も居る...。』
『先客?琉人、他に友達出来たのか?』
『あー、うん...。そんなところかな...。』
『じゃあすぐに向かうわ!』
電話を切ると、七瀬さんが俺の顔を覗いてきた。
「どうして私たちの名前出さなかったの?お友達さん、私のことは知っているんでしょ?」
「それはそうだけど、この状況を電話越しで正確に伝えられる自信がなかった...。」
そんなことを言っていると、佐保が食堂までやってきた。
佐保は一瞬驚いた様子を見せた後、俺の耳元で囁いた。
「………………モテ期?」
アホだ。
「お前みたいな単純思考の人間しかいなかったらもっと世界は平和なんだろうな。」
「おい!今めちゃくちゃ悪口言っただろ!!」
「こちらが百川七瀬さんで、こちらがその友人の梅房怜さん。」
「スルーすんな!!えっ!?あっ!!あの“ナナセ”さんか!!」
「いちいちリアクションがデカいんだよ。」
「いつも琉人がお世話になってます!琉人の友達の佐保奥人です!!」
「こちらこそ琉人くんの友達になってくださりありがとうございます!」
「誰目線だよ」「誰目線なの」
不覚にも怜さんとツッコミが被ってしまった。案外気が合うのかもしれない。
再び佐保は俺の耳元で囁いた。
「こんな美女2人も連れて何勝手にランチしてるんだよ...!」
「七瀬さんの話を聞いていただけだよ。佐保も知っているだろ?七瀬さんが俺を探していたって。事情が聞きたかったんだよ。でも結局俺が思い出すまで教えないとか言って何も教えてくれなかったからな。案外面倒臭いひ…」
「二人で何コソコソ話しているの?」
気付いたら七瀬さんの顔が俺の真横にあった。これは本当に心臓が止まるかと思った。
顔は満面の笑みだが目が笑っていない。うん。陰口は良くない。絶対ダメ。
「い、いや...特に何も......。」
「そっか〜『俺が思い出すまで教えないとか言って何も教えてくれない面倒臭い人』なんて言う訳ないよね〜??」
地獄耳かよ...。
「今、『地獄耳かよ』って思ったでしょ?」
俺はこの人には一生敵わない気がしてきた。諦めよう。
「そんなことより早くお昼食べないと3限始まるぞ。」
「あぁ〜!聞いてよ怜〜!私の深刻な問題を『そんなこと』で片付けたよ酷くない!?」
「佐保くんはいつも食堂で何食べてるの?」
「えっとね、俺は…」
「ねぇ、みんな無視!?」
「佐保ってここ毎日それ食べてるよな。他のメニューも試してみたら良いんじゃないか?」
「琉人がそこまで言うなら仕方ないな〜!琉人の奢りね!」
「何でそうなるんだよ。」
「私も琉人くんのやつ頼もうかな。美味しそうだし。」
「おっ!これの魅力が分かるとはさすが怜さんだね!」
「ちょっと!!私抜きで話進めないでよ〜!!ねぇ、待って〜!!私も琉人くんと同じもの食べる!!!!」
高校生の時は友人と共に遊んだりはしゃいだりした楽しい記憶が全くない。だからこそ、3人といると遅れてきた“青春”を体験しているようで新鮮だった。これが「楽しい」という感情なのかもしれない。
しかし、この時は想像もしていなかった。3人との出会いが全ての引き金になっていたことを…。
そして俺自身の秘密を……………………。