2.再会
講義を終え、同じ教室で2限目の講義がある佐保と別れて教室を出ると、そこに見知らぬ人物が向かいの柱に寄りかかりながら立っていた。
フワッとしたボブが似合うショートカットの可愛らしい女性だ。
教室の出入口の方向を見て時計を確認しながら辺りを見回しており、誰かを待っているようだった。まぁ俺の人生では一切関わることのない人物であろう。
おっと、俺としたことが知り合いでもない人のことをこんなにも観察してしまうなんて。こんな失敬な真似をするのは初めてだ。申し訳ない。
俺は2限目には受講する講義が無いため、大学内で一番落ち着ける空間である図書室に向かおうと、彼女の前を通り過ぎようとすると、突然彼女が俺の方を向いたかと思えば、何故か俺の前に立ち塞がった。
「やっと見つけた!!琉人くん!!!」
…………………………………は?
「ずっとずっとずーっと探してたんだよ!!」
ちょっと頭が追いつかない。
「えっと、ごめん…君は誰かと勘違いしているんじゃ…?」
「え?私が琉人くんを間違えるわけないじゃん!!新道琉人くん、でしょ?」
人違いではない、ということなのか...?だが彼女のことは全く思い出せない...。
「あの...君の名前は...?」
「えっ...百川七瀬だけど...。本当に私のこと覚えてないの...?」
「百川...七瀬...ナナセ......あっ...!!」
「ナナセ」という名前を聞いた途端に記憶が駆け巡り、ドラマやアニメでよく流れる離れていた点と点が繋がる演出が今まさに俺の脳内でも起こった。
危うく何の変哲もない普通に年老いた祖父の名にかけて名推理をお見舞いするところだった。
「思い出した...!!君は─────」
彼女が漫画のように目をキラキラさせて身を乗り出してまで俺の方を見ている。
「─────俺を探し回っていたという女性か!!」
彼女は西の喜劇かのごとく綺麗にずっこけた。
「そうだけど!!!間違ってはないけど!!!!」
やはりそうだったか。俺の読みは当たっていた。彼女が佐保の言っていた俺を探している謎の女性か。
「でも覚え方そこじゃないじゃん!!!そっか...。忘れちゃったか...。もう4年も前だもんね...。」
4年前といえば俺が中学3年生の時だ。だが最近年齢を重ねるごと昔の記憶が朧げになっている。
もちろん全て忘れている訳ではない。
今では考えられないが、当時は普通にクラスに友人が居て楽しい学生生活を送っていたことや、父親のことを尊敬していて父のような格好良い男になりたいと思っていたことは何となく覚えている。ただ、個人の名前までは厳しい。
ふと冷静になると、教室から出てきた連中がチラチラ俺達のことを見ていることに気付いた。
無理もない。彼女は居るだけで目立つ。
彼女は教室を出てすぐ目の前に居るというのに声や挙動が大きすぎる。そして何より一般的に見て彼女は美人だ。俺に対する嫉妬の目がちらほら散見される。
せっかく始まった優雅なキャンパスライフをぶち壊されては困るので、俺のオアシスに逃げ込むのが得策だろう。
「何か色々申し訳ないです...。じゃあ俺はこの辺で...!」
そのまま横を通り過ぎようとする俺の腕を彼女が掴んだ。
「待って!琉人くん、これから暇?」
「これから?」
「その様子だと2限ないんでしょ?ちょっと付き合わない?」
彼女は一体何を考えているんだ...?
呼び止めてまで人脈が一人だけの俺なんかと交流を持っても何も得しないはずなのに。もしや金でもたかる気か?そんな見え透いたハニートラップには屈しない。
「お昼を友人と一緒に食堂で食べる約束があるんだ。君の用事に付き合っている時間はないよ。」
「お昼って、まだ1限終わったばかりでしょ?それにお昼なら一緒に食べれば良いじゃん!」
「何でそうなる...。とにかくそれまでは図書室で読書をするのがルーティンなんだよ。もう良いかい?」
「要は“暇”ってことね!行こう?」
彼女の思考回路はどうなっているんだ...。
有無を言わさずに腕を掴まれ、そのままどこかに向かって進んで行った。
「ここは...?─────」