08.反乱
そして今、思惑通りに事件の真相を捏造し、突き止めたと称する者が現れた。密かに集めさせた様々な情報や状況証拠の数々を元に公女が予測した通りに、それは王家から現れたのである。
つまりそれは、王家が餌に食いついたということにほかならない。一見して第三王子の独断専行に見えるが、公爵家の後ろ盾が欲しい側妃の意向を受けてのものであるのが明白であり、その側妃を愛してやまない王の黙認のもとの行動なのだ。おそらく王も、婿入り先を失った愚かで可愛い息子を片付けたくて仕方ないのだろうが、それで割りを食うのは公爵家である。従ってやる義理など微塵もない。
「今日これあるを見越して、公爵家はすでに準備万端整えておりますの。では愚かな第三王子殿下、次は王都陥落の際にお会い致しましょう」
たおやかに淑女の微笑を浮かべて、見事な淑女礼を披露して公女は踵を返す。それに婚約者の子爵家次男や配下家門の学生たち、そして会場警護の騎士隊が続く。
驚き混乱する王子をひとり残して、たちまち会場は騒然となった。公爵家の配下にない家門の学生や学園の教師陣、報せを受けて慌てて飛んできた学園長ら学園幹部も大慌てで、自らの家や領地に知らせねばと慌ただしく会場を出てゆく。
「なんでだ!?なんでこうなった……!?」
混乱する王子のことは、もはや誰も一顧だにしない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
公爵家の起こした反乱により、王国全土は戦火に包まれた…………わけではなかった。公女の宣言した通りに軍備を整え終えていた公爵軍に対して、青天の霹靂状態であった各地の領主たちは相次いで戦わずに降伏し、実際に戦闘が行われたのはほとんど王都の攻防だけであった。
そしてその王都も、平時の守備体制のままであったため、さしたる抵抗もできずにあっさりと陥落した。
王は何とか公爵と公女の怒りを鎮めようと、軍使を派遣し交渉を試みたが黙殺され、王城玉座の間にまで乗り込まれてなす術なく虜囚となった。無論、王子たちも王妃も、側妃たちもだ。
「なにが……何が不満なのじゃ……!」
「あら陛下。わたくしにそれなる愚者を引き取らせようだなんてなさったではありませんか。かように愚弄されて、それでも忠誠を誓い従わねばならぬ道理などございませんわ」
「そ、その件については撤回する!求めるのなら謝罪も致そう!じゃから」
「いえ、結構ですわ」
「なに……?」
「謝罪は言葉ではなく態度で表して頂きますわ。ですからどうぞ、責任をお取りになって?」
「まっ、待ってくれ!」
「そっ、そなたはこのオレの妻になりたくはないのか!?」
「……貴方は最初から勘違いなさってますわよ」
「…………なに?」
「万が一にもあり得ませんが、仮にわたくしと殿下が婚姻致す場合、殿下がわたくしの婿に入るのであって、わたくしが殿下の妻になることなど断じてあり得ませんわ!」
「な、なん……だと……!?」
「むしろ頭を下げて『婿にしてくれ』と縋りついてくるべきでしょうに、貴方あの時仰いましたわね?『妻にしてやるから喜べ』と。入り婿になりたいだけの分際でそのように尊大な態度を崩さない不良品の引き取りなど、断固お断りですわ!」
「ふ、ふりょう、ひん……」
「そ、第三王子は何ということを!『公爵家に婿に入るのじゃから腰を低くして誠意を見せろ』と、あれほど……!」
「お話は終わりです。⸺連行しなさい!全員個別に貴人牢に入れて厳重に監視も付けるように!」
「「「「「はっ!」」」」」
こうして反乱は、公爵家側の完勝に終わった。国王は退位させられ、代わって王位に登ったのは公爵……ではなく、大人しく恭順の意を見せた第一王子である。
公爵は爵位そのままに、新たに設けられた“副王”の地位に就いた。そして公女は次期副王ということになる。元々、公爵家には過去幾度も降嫁があって王家の血が含まれているため、これはそう驚くべき人事でもなかった。
だが実際に実権を握ったのは、誰が見ても副王家であろう。今のところは残された王家だが、誰の目にも、いつでも成り代われるという宣言のようにしか思えなかった。