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04.悲劇の公女と、その婚約者(2)

 たちまち、様々な噂が社交界を飛び交った。

 傷物となった公女を父の公爵が憐れみ、金に物を言わせて貧乏子爵家の子息を買い取った(・・・・・)のだとか、貧乏子爵家のほうが公爵家の足元を見て、子息を差し出すことで莫大な婚約金をせしめたのだとか、婚約と婚姻は形ばかりのものにして、腫れ物扱いの公女を公爵家から追い出すつもりなのだとか、あるいはすでに公爵家では縁戚から養子を迎える準備が進んでいて、もはや公女が公爵家を継ぐことはないから子爵家に払い(・・)下げる(・・・)のだとか。


 だが公爵家も公女も、もちろん選ばれた子爵家次男も子爵家(その実家)も、表向きは一切なんのリアクションも見せなかった。それどころか学園でも街中でも社交の場でも、ふたりは一切会うこともせず、会話はもちろん、目を合わせることさえしなかった。


 そのせいで噂はますます加熱するばかり。ようやく調った公女の婚約が、お世辞にも円満とは行かなそうなのだから無理もない。だったらもっと良い条件を提示すれば、公女も公爵家も飛びついてくるのではないか。傷物になったとはいえ妊娠はしなかったわけだし、そこ(・・)にさえ目をつぶれば彼女は変わらず美しく、学年首席を取るほど知性に溢れ、しかも触れれば手折れそうなほど華奢で魅力的だ。引き取ってやれば公爵家に恩も売れるだろう。

 そうしてついには、子爵家次男に婚約を辞退するよう直接詰め寄ってくる者さえ現れる始末であった。

 だがそうした者たちが「公爵家の意向」の前に次々と返り討ちに遭っているのは、最初にご覧頂いた通りである。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「しかしまあ、自分の意のままになると思い込んでる子弟が多すぎて笑っちゃいます」


 やれやれ、とため息をつきながら言うのは子爵家次男だ。習ったばかりの所作を崩さぬよう、彼は慎重にカップの把手をつまみ上げ、音を立てないようそっとカップに注がれた鮮やかな琥珀色の紅茶に口を付ける。


「貴方には大変だろうけれど、もう少し我慢してくださらない?この際だから全部炙り出してしまいたいのよね」


 彼の向かいに座るのは、たおやかに微笑むひとりのご令嬢。だがその喉元には隠しきれないほど大きな傷痕がはっきりと見える。

 所作も容姿も衣装も、非の打ち所のないほど洗練された彼女こそはそう、彼の婚約者の公女である。


 ふたりは月に3回、(10日)に一度のお茶会を、王都の公爵家公邸ではなく公爵領の領都にある公爵家の本邸でひっそりと開いているのだ。


「分かっていますよ。公爵閣下からも直々に仰せつかりましたものですから、私ごときに否やなどあり得ませんし」

「ふふ。でも毎回貴方がバッサリと論破しているのを見ているのはとても痛快だから、わたくしは楽しくてよ」

「他ならぬ貴女に楽しんで頂けているのなら、もうちょっと頑張ろうかな」

「ええ、是非そうしてくださると嬉しいわ」


 毎回、記録の魔導具を持たせておいて、回収したあと自室でこっそり確認してケラケラ笑ってるの、あんまり褒められたことじゃないと思うんだけどなー。

 でもまあ、そういうとこも可愛らしいから、いっか。


 要するに公女と公爵家は、婚約者である子爵家の次男を使って公爵家の意に沿わない者たちを炙り出しているのだ。ふたりの婚約及び婚姻に異を唱えなければよし、異を唱えてくるようなら後々潜在的に対立することになるわけで、そうした者たちは今後の付き合いを考えなくてはならない。

 だからこそふたりは婚約者であるにも関わらず、学園内で一切の交流を断って、あたかも不仲であるように見せかけている(・・・・・・・)のであった。


「貴方、今日は泊まっていくのでしょう?」

「姫がそうお望みならば」

「嫌だわ、姫だなんて。ふたりの時は名を呼んで頂戴といつもお願いしているでしょう?」


「…………そうでしたね、レジーナ様」

「敬称も要らなくてよ?」

「さすがに、それはまだ荷が重いです……」


「ふふ。そうやって照れる貴方も好ましくてよ、ルキウス」


 若い婚約者たちの仲が睦まじいことを知っているのは、両家の関係者だけである。

 ちなみに、泊まると言っても同衾するわけではない。あくまでも婚約者であるうちは、ふたりとも、良識に則った節度ある清い交際を崩すつもりはなかった。






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