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10.婚約の真実(2)

 友人によれば、周囲の婚約者のいない子弟の大半は傷物の公女なら或いは、とダメ元で応募しているという。中にはすでに落選の通知を受け取った者もいるらしい。

 それを聞いて、ルキウスは前世の記憶を思い浮かべた。ルキウスが生きていたのは平成の世であり、彼の常識(・・)の中では女性の純潔に対する神聖視など無いに等しかったが、生まれ変わったこの国の貴族社会においては、それは何よりも求められるものである。そうして少し噂を調べたところ、傷物となった公女には婚約の辞退が相次ぎ、今では素行に問題があり婚約相手に事欠く問題児か、窮乏している家の子弟で公爵家の地位や財産に擦り寄りたい者ばかりが残っているらしい、とのことだった。

 それを知ってルキウスは思ったのだ。果たしてそんな者の中に『公女が真に望むもの』を提示できる者がいるのだろうかと。そして未だに婚約者が決まらないところを見ると、おそらく公女は候補者たちに満足できていないのだろうと。


 だから彼は、釣書を送る気になったのだ。

 元々、公女の姿は公募の時点で姿絵として広く開示されており、その容姿が麗しいのはもちろん、学園で首席を取るほどの知性と、夜会などで度々賞賛される立ち居振る舞いの見事さと、何もかもが完璧な彼女の情報は直接会ったこともないルキウスですらよく知っていた。

 彼女に唯一足らないのは純潔だけで、その唯一の欠点だけで有力な子弟の多くが辞退してしまった。だがもしも、公女の真に望むのがそうした付加価値(・・・・)を除いた、肩書のない彼女自身を求める者であったとしたら。そうした本当の自分自身(・・・・・・・)を求める者こそを彼女が望んでいるとしたら。


 だから彼は釣書に書き加えたのだ。『まず一度お会いして、互いに相手の人となりを確かめて、その上でなければ公女さまが真に望むものをご提示できるかも分かりません』と。

 実際、元日本人のルキウスからすればそうであった。彼にとって公女レジーナは、前世で言うところのTVの向こうの芸能人である。どれほど美人で優秀で性格がよさそうでも、それは外向きに作られたものでしかない。実際の本人と直接会わなければ、少なくともメールや手紙、電話などのやり取りをしてどういう人なのかを確かめなければ、愛も恋もないのだ。

 まあこの世界にはメールも電話もないし、身分差があるから手紙のやり取りなども望むべくもない。だが婚約者の公募に応募するのであれば、直接会って話することくらいは認められるはず。


 そうして釣書を送付したのが2年生の雨季(つゆ)のことである。それから1ヶ月半ほど経った暑季(なつ)のはじめに、子爵家に公爵家から公爵領の本邸への招待状が届いたのだ。



 招待を受けて、精一杯の礼装に身を包んで緊張の面持ちで公爵家本邸を訪れたルキウスは、丁重に応接室へと案内された。


「貴方が釣書に添えた一言がとても気になったわ。それで、わたくしの何が知りたいの?」

「公女さまのお姿や能力などはすでに広く知られています。けれど貴女が何を好み、何を嫌い、何に喜ぶ方なのか、私は何も知りません」

「それらを知れば、わたくしの婚約者として名乗りを挙げられるかしら?」

「どうでしょう?公女さまが私に正式に応募してほしいと願われるのでしたら、やぶさかではありませんが」

「…………わたくしが乞わなければ、婚約者候補にはならないと仰るの?」

「だって公女さまがもしも私をお気に召さないのであれば、そもそも手を挙げる意味もないでしょう?それに私が公女さまのことを何も知らないのと同様に、貴女様も私のことを何もお知りでないですよね?」


「貴方、気に入ったわ。貴方をわたくしの婚約者と致します」

「その決断は、いささか拙速に過ぎますね」

「…………なんですって?」

「だって私は、まだ貴女の『真に望むもの』を提示できてもいないのに」


 ですからそれを提示できるか、しばらく“お試し期間”を設けてみませんか。そうルキウスに言われて、レジーナは考えた末にそれを了承した。



 それからの1ヶ月間に、ふたりは二度のお茶会と一度の公爵領領都での街デートを行い、両者ともに相手を好ましいと感じたことで正式に婚約の運びとなった。

 ルキウスがレジーナに対して『その身に傷があろうとも純潔でなくとも関係ない。貴女が貴女であるならば私は終生貴女だけを愛し、貴女のためだけに生きましょう』と宣言し、彼女もまた『それこそわたくしの求めていたものだわ』と応じたのである。

 ふたりは表向きは義務的な婚約者のフリをしつつも、人目を忍んで領都で逢瀬を繰り返した。ルキウスは逢瀬のついでに公爵家本邸で婿入りのための教育も受け始め、その合間にレジーナと何度も話をし、同じ時を過ごし、互いの理解を深めていった。






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