入学式 その5
「続いては、新入生代表の挨拶です。新入生代表、ラバル・エラートくん、登壇してください」
入学式もいよいよ折り返し地点といったところで俺の名前が呼ばれた。
新入生およそ600名の代表として俺は登壇する訳だが、俺は言わば外様。内部生でも他の学園を卒業した外部生でもない。
ここで何年も過ごしてきた生徒たちには俺はどう映ってんだろうな。
いきなり現れて、首席の座をかっさらっていった謎の新入生とでも思っていてくれるのなら嬉しいんだけどなぁ。
憎まれてないといいんだけどな。
とか思っていた頃もありましたよ。
舞台に上がった俺を見る視線が、好奇の目3割、困惑の目2割、敵対心剥き出しの目5割。
歓迎されていないようだ。
それに一際俺に闘志を燃やしている奴が1人。
つか、よく見たら俺と同じクラスの奴じゃねぇか?
座っている席的にそうだろうけど。
はぁー。学生生活いきなり面倒くさそうだな。
「どうだクソガキ。覚えられたか?」
「当たり前だろ。あんなの覚えるまでもない」
学園長であるフローラ姉さんがそうおちょくってくるので、自信満々にこうは言ってみたが、実際のところ不安でしかない。
「《それではいくのじゃ。用意はいいな!》」
「ああ」
俺は精神世界のフェイに合図を送った。
「《早春の光の中に――》」
「《おい、ちょっと待て。それは卒業式の送辞だろ》」
そんなベタなボケをしなくても。
「《ホントじゃ!これでは我らはここに来た意味がないのじゃ。それでは、気を取り直してもう一度いくのじゃ!》」
「《頼む》」
次こそはちゃんと頼むぞ。
「《桜の花びら舞う晴天に恵まれた今日――》」
おお、やっといい感じだ。出だしはちょっと安直過ぎるが、まぁいい。
後は俺がオウム返しのようにフェイの言葉を言うだけだな。
「《これから始まる学園生活に胸を膨らませながら、私たちは入学します》」
小学生の作文か?
まぁいいまだ始まったばかりだ。
「《強く、逞しく、そしてこの世界に貢献出来るような戦士となれるよう、一層励み、友と切磋琢磨していくことをここに誓います》」
う、うん?
なんか様子がおかしくないか?
「《新たな学友たちとの出逢いや、日々の努力の成果を発表する場である大会など、これから起こる様々なことに胸を踊らせています》」
これ、生徒の代表挨拶ってよりか俺目線の作文って感じじゃねぇか?
まさかな。
「《自身をより強く鍛え、勉学に励み、より良い学校生活をしていけるよう努力していきたいと思います》」
まさかそんなことはないとは思うが、念の為フローラ姉さんに目線を送ってみるか。
「っ――!!」
俺がフローラ姉さんにこれってどうなんだと目線で語りかけると、フローラ姉さんは、不敵な笑みを浮かべた。
一瞬だけ浮かべたその笑みから、大体のことは分かった。
「《フェイ、もういい》」
「《いいとはなんじゃ?まだ終わっておらぬのじゃが》」
「《もうそれを読んだって意味無い。それは俺を弄ぶだけのフローラ姉さんの嫌がらせだ》」
「《なんじゃと!!》」
いきなり黙り込んだ俺に生徒達がどうしたんだと視線を送ってくる。
俺はフローラ姉さんを睨みつける。フローラ姉さんも俺を睨み返す。
「やってくれたな」
「何の話だクソガキ」
マイクの電源を切って俺はフローラ姉さんとタイマンを始める。
そんな俺たちの様子を見た生徒達がどうしたのかとざわめき始めた。
「思ったより早く気付いたのには褒めてやる。だが、途中で止めるのは感心しないな。最後まで読んでくれないと」
「ヤダよ。どうせ俺のことをおちょくってくるに違いねぇだろ」
「なんだ、私に可愛がられるのは嫌いなのか?」
「大嫌いに決まってんだろ!」
「連れないなぁ」
「フローラ姉さんの策略に嵌って俺たちがどれだけ困ったと思ってるんだよ」
「そうなのかい?」
「そうだよ。にしても、いい性格してるよアンタはよぉ。そりゃあ弟たちに嫌われるわけだ」
「ははは!そうじゃなきゃアイツらの姉なんざやってられないよ」
「そうかよ」
確かにこんな性格だからあのハチャメチャな兄弟を御することが出来たのかもな。
「それで、これからどうするんだ首席君よォ」
「まぁ見とけ俺の天才っぷりをな!」
俺は再びマイクの電源を入れた。
「すまねぇないきなり黙っちまって」
先程のような優等生然とする口調から一転、高圧的で今までとは似ても似つかない口調で話し始めたラバルに、会場全体が黙り込んだ。
「どうやら俺はこのクソ姉貴の茶番に付き合わされてたらしい」
フローラはラバルの発言に怒るでもなく、不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「ど、どういうことだ?」
「やっぱりアイツは俺たちのような高貴な奴じゃななかった」
「なんて無礼な人なのかしら」
「あれが、俺たちの代の首席とかマジ有り得ねぇ」
などなど、本性を現したラバルに新入生たちは口々にそう言う。
なるほどそういうことか。
俺の任務はとりあえず、この舐め腐った坊ちゃんどもの目を覚まさせるってことね。
「なぁテメェらはどうしてこの学園に入学した?もっと言うならなぜ学園都市に来た?」
俺はまずコイツらの意識や考えを知ることにした。
「なんでってそりゃあ有名になりたいからに決まってるだろ」
「名声と金のためだ!」
「モテたい!」
「私の家に箔をつけるために決まってますわ!」
「アーレフ学園以外に入る意味なんてない」
「学園都市にも来れないとかダサすぎ」
なるほど。
ここがどういう所なのかまだ理解していないアホどもばかりだな。
この学園都市は魔王と戦うための兵士を育てるためにある。
にも関わらず、なんだこの低意識。
「テメェらアホだろ」
「なんだと!」
「ふざけんじゃねぇぞ!」
ピイピイピイピイうるせぇクソガキどもが。
「ふざけてんのはどっちだ!」
俺の怒鳴り声に会場全体が静まり返った。
「テメェらはこの学園都市がなんのためにあるのか分かって入学したのか!ここはテメェらみてぇな脳内お花畑の連中がそんな生半可な気持ちで暮らせるほど優しくはねぇんだよ!」
果たして俺がこんなことを言う意味があるのか。
これは本来教師がする仕事だろうに。
「テメェらは魔王軍と戦う兵士になるために入学したんだよ!死ぬ覚悟がないのなら、とっととこの学園を辞めちまえ!ここはガキの遊ぶ場所じゃねぇんだよ」
自分の名声を得るためにこの学園都市で活躍するというのは一理ある。
だが、この学園都市で活躍するにはそれ相応の覚悟がいる。
学園都市にはこのアーレフ学園だけではない。他にも数多くの学園がある。
活躍の場である学生大会も年に4回あるとはいえ、その代表には熾烈な競争を勝ち抜いた者にしか与えられない。
生半可な気持ちでは到底叶うことはない。
「テメェらが富、名声、権力、力を得たいなら、死ぬ気で励め。それが出来なければ、この学園にいる意味はない。そして、この学園都市に自分の名を刻みたい奴は、常に上を目指せ!上級生だから、入試の成績がいいから、そんなこと関係ない。上級生がなんだ!首席がなんだ!そんなもの軽く超えてしまえ!」
ラバルのこの激励の言葉に、新入生たちの顔が変わった。
この学園に入れたのが嬉しい、それだけでいい。そんな顔をしていた生徒たちは戦士の顔になっていた。
追う者は下剋上を狙う狡猾な笑みを、追われる者はそれらを薙ぎ払うという強い決意のこもった顔を。
「もう既にサバイバルは始まっている。この戦いに生き残りたければ、死ぬ気で戦え!隙を与えるな!諸君の健闘を祈る!」
ラバルはそう言うとマイクを元の場所に戻し、舞台から降りていった。
ほぉー。成長したじゃないか泣き虫。
この異様な熱気。焚きつけるのが上手くなったな。
ランにもこんな芸当出来なかったぞ。
お前は優秀な“勇者”だよ。