授業 (2)
「まずはその腰にぶら下げてる木剣を構えろ!」
鬼教官フローラ姉さんの訓練もとい“しごき”はこれで何回目だろうか。
師匠の下で稽古をしていた時から俺たちの姉弟子として俺たちを鍛えてくれた。
まぁそのせいで実の弟たちから怖がられてしまっているが……。
「ラバル!早く構えろ!お前はいつも遅い!」
フィリア姉さんと同じでフローラ姉さんも剣を握ると別人のように凶暴になる。
鬼姉と悪魔姉という絶望のコンボを受けた俺たちは強く育っていった。
師匠自慢の弟子たちと言っても過言じゃない。
しかし、それはそれで悪い方向に行くことになってしまったというのもまた事実だが。
「すいませーん!以後気をつけまーす!」
「分かればよろしい!それでは、始めッ――!」
この訓練は『地獄のタイマン――倒れたらお仕置きだぞ♡――』というフローラ姉さんの鉄板ネタだ。
最悪の訓練メニューだ……。ネーミングセンスもだが……。
十年前に俺たちが受けているのを見たフィリア姉さんが絶句するほどの地獄のような――むしろ地獄の方がマシとも思える練習メニューだ。
「サラ、この訓練テキトーに流せばいいから。どうせ死ぬほど走らされるから」
「そうなんですか。分かりました」
相変わらず無表情だな。
「それじゃ、いくぞ!」
サラは守備型の剣士だ。
相手の攻撃を流したり受けたりするのが上手い。
俺の知り合いにはいないタイプの剣士だ。
まぁ俺の流派というか師匠が攻撃重視のタイプだからなぁ。
「ラバルくん、そんな打撃では私を倒せませんよ」
そしてこの減らず口である。
普段は物静かで謙虚なのだが、どういう訳か俺にだけはなぜか当たりが少し強い。
平気で俺を挑発するし、毒舌を浴びせてくる。
「よくそれで首席になれましたね。ラーナくんが可哀想で仕方ないです」
無表情のまま繰り出される打撃と毒舌のコンボは、ある意味芸術の域だ。
「サラって無自覚でやってる?それともわざと?」
「何をですか?」
無自覚らしい。
「そうか。なら、サラ友だちは?」
「いないですね。必要ないですから」
自称一匹狼のエースにこの言葉を聞かせてやりたい。
「なるほど。この無慈悲さはそのせいか」
「ラバルくん、私のことバカにしてます?」
「まさか。大切なバディだよ」
「とてもそうは思えないんですが」
「そうか?」
そんな軽口を叩きながら俺とサラは軽く剣を交わす。
「よし!そこまでだ!」
フローラ姉さんの合図で皆動きを止めた。
「それじゃあ壁から壁まで五往復ダッシュだ!」
はい、来ました!
戦いからのダッシュ。人権を無視した極悪非道な仕打ちの始まりだぁ!
「さぁさっさと行く!一番最後の奴は罰として腕立て30回だ!」
フローラ姉さんのその一言にみんな血相を変えて走り出した。
「それじゃあ行きますか」
俺はゆっくりと走り出した。
「もっと速く走らなくて良いんですか?」
「良いんだよ。最後に最下位じゃなければ」
「そういうものなんですか」
俺の言い分に不満げなサラにどう説明したものか。
「競馬って知ってるか?」
「ええまぁ……」
「逃げと差しっていう作戦があってな、最初から先頭を走って一着を狙う逃げと、後方で待機して最後に一着を取る差し」
「へぇーそうなんですね」
まだ納得していないらしい。
「まぁ何にせよ最下位じゃなければいいってことだ」
「そういうものなんですか……」
サラは納得していないが、実際問題、五往復も全力で先頭で走るとか狂気の沙汰じゃない。
鬼の俺でも先頭で走り続けるのは無理だろう。
それにこれが最後ではないだろうし、いきなり全力疾走は頭の悪い戦い方だ。
それになんだったら腕立て伏せ30回の方がまだ楽だ。
「ちなみにラバルくんの好きな作戦とかあるんですか?」
「競馬のか?」
「はい」
「そうだな……。逃げだな」
「そうですか。なら、逃げますか?」
「逃げないよ」
「なぜですか?」
「俺は競走馬じゃないからな」
そんな軽口を言っている間に集団に追い付いてきた。
「それじゃあもう少し上げるか」
残りは3往復。そろそろ上げていかないとキツくなってくるな。
「分かりました」
ラバルはサラを置いていく勢いで加速した。
最後方にいたが徐々に先頭へと迫る。
残り2往復という所で先頭から5番目まで順位を上げてきた。
一方サラは予想以上のラバルの加速についていくことは出来なかったものの、中団に入り込んだ。
そして残り1往復。ラバルはここでもう一段階ギアを上げた。
先頭を走るヘンルーダに並ぶ間もなく抜き去った。
そしてそれを見計らったかのように、アリア、レン、ダニエル、エース、ユリアクがスパートをかけた。
中団に控えていた彼らがラバルを目掛けて飛んでくる。
サラも同じように彼らの後ろにくっついてスパートをかける。
他の生徒も同じようにスピードを上げるが、追い付けない。
彼らとの距離がどんどん開いていく。
ラバルはなおも走るスピードを緩めない。
「ラバル一着!よくやった」
結局ラバルは2着と3秒差をつけて先頭でゴールした。
「お前たちもよくやった。しかし、最下位のオーフェリア、腕立て30回だ」
全員がゴールしたところで最下位だったリアに死刑宣告がなされた。
「ぜぇぜェ……。ちょっと、タンマ……」
今にも死にそうな顔をしながらオーフェリアは倒れ込んだ。
「そんなことで音を上げるな」
鬼をもビビらす鬼軍曹フローラ姉さんは容赦がない。
「フ――じゃなくて、学園長先生、少し休憩してからでもいいのでは?」
「クソガキ。いつからあたしに意見出来るようになったんだ?首席様はそんなに偉いのかい?」
「そういうことじゃない。この訓練に慣れている俺たちや上位組はいい。だが、下位組にはキツイはずだ。あの時と同じだと思わないでくれ。それに今日はまだ初日だ。俺たちの時だってこんなキツくなかった」
「そうだな。一度休憩にしよう」
俺の説得に納得していないとはいえ、理解してくれたようでフローラ姉さんは休憩することを許可してくれた。
「みんな少し休憩しよう。柔軟も忘れるなよ」
俺は地面に座り込むリアの元へと駆け寄った。
「大丈夫か?」
「死ぬ。死んじゃう。なんでみんな平気そうなんだよ?」
ギャル語を失念するほどキツかったらしい。
「まぁ俺やアリアたちは慣れてるからな。それに上位組はスタミナ多いだろうしな」
「ラバルっちは優しいんだなー。あーしのために学園長せんせに歯向かったしょ」
「まぁな」
リアは疲れるといつものギャルっとした威圧感が無くなるらしい。
「やさしー」
「俺は誰にでも優しいんだよ」
「あはは。なにそれウケるんだけど」
死にそうな顔しながらウケるとか言われても困る。
「はー……。マジパネェってキツすぎるっしょ」
座っているのもキツイのか、リアは地面に寝転んだ。
「オーフェリアさん。女の子が恥ずかしい格好で地面で寝ない!」
寝転ぶリアを叱るように注意するのは、アリアだった。
「アリアっちじゃん。どしたのそんな怖い顔して」
しかしそんなことお構いなしに大の字でリアは床に寝ていた。
「はぁー。あんたも何か言いなさいよ!」
「俺!?」
「そうよ!あんたが注意しないでどうするのよ学級委員長さん!」
「俺が学級委員長っていじったことまだ忘れてないのかよ」
「当たり前でしょう!」
俺たちが初等部時代、アリアが学級委員長で、そのことを連日いじっていたことをアリアは覚えていたらしい。しかも相当根に持たれてる。
「仕方ねぇな。リア、起きろ。キツいかもしれんが、次のセットいくぞ」
「えーマジで!あーし無理かも……。学校辞めようかな」
「そう言わずに。さぁ行こうぜ」
「しゃーなしか。ラバルっちが言うなら仕方ないですなー」
辞めるってガチトーンで言うなよ。焦るだろ。
それに俺だからいいってなんだよ。




