初めての決闘 その2
「お呼び立てしてしまってすまないラバル殿。それにサラ嬢も」
俺たちが風紀委員室に入ると風紀委員長のリュー・ライエンが駆け寄ってきた。
「いいや大丈夫ですよリュー先輩。元々風紀委員に来る予定でしたから」
「そうならいいのですが」
「それで、何で俺たちは呼ばれたんですか?」
「そうでしたね」
リュー先輩は手招きをしながら部屋の奥へと入っていった。
俺たちもそれに従うように風紀委員室に入る。
「二人ともこっちだ」
付いていくとリュー先輩は応接室のような場所へと招き入れた。
「まぁ座ってくれ。後から決闘委員長もやってくる。その時に事情を説明しようと思う」
リュー先輩は応接室にあるティーセットに茶葉を入れて、お茶の準備を始めた。
「アイツもすぐ来るとは思うが、それまで暇だろ?会長の買ってきたお土産のお菓子があるからそれを食べて待っていてくれ」
リューはお湯を沸かしている間に菓子の入った箱を棚から取り出した。
「今、紅茶を淹れる。先に食べていて構わない」
箱を開けて俺たちの座る前に置いた。
「ありがとうございますリュー先輩」
箱の中身はどこにでもあるようなお土産のクッキーだった。
「いただきます」
俺もサラも1袋ずつ取って包装を破って取り出し、口へと運ぶ。
「美味しい」
可愛らしい食べ跡を残したクッキーを見つめながらサラはそうボソッと呟く。
「ホントだ美味い!」
普通のクッキーなのにめちゃくちゃ美味い!
さすが兄貴だ。
「この紅茶は、名産地セルリアキ島のものなんだ。とても香りが良くて癖の少ない品種なんだ。だから君たちでも飲みやすいと思うよ」
リュー先輩はこの紅茶に関する知識を披露しながら、ティーカップを俺たちの前に置いた。
「どうぞ召し上がれ」
ただ紅茶を淹れただけなのにどうしてか、かっこよく見えてしまう。
「いただきます」
「ありがとうございます」
美味い。
淹れている段階で部屋中にこの紅茶の香りがしていたが、飲むとその香りが一気に口と鼻に広がり、癖のないサッパリとした飲み心地が喉を喜ばせる。
甘いクッキーと香り高い紅茶のコントラストは素晴らしい。
「そういえば、この紅茶ってリュー先輩が取り寄せたんですか?」
「いや、違う。これは私ではなく、この風紀委員会の生徒が買ったものだ。私も多少は紅茶について詳しいのだが、特に好きな奴がいてな、ソイツが取り寄せたんだ」
「そうなんですか」
俺がテキトーに相槌を打ちながら待っていると、何やら外が騒がしくなってきた。
「すまない待たせたな」
そう言って現れたのは怪しげな仮面をした男だった。
「遅いぞクローバー」
「すまないリュー。俺だってこんな遅れる気は無かったさ」
そう言いながら仮面の男は空いている席にドカッと座った。
「お前が今年の首席、ラバル・エラートだな。先程の演説実に素晴らしかった!」
いやいやまず俺にその仮面を突っ込ませろよ。
「おっとすまない。俺は生徒会執行部決闘委員会会長ジョン・クローバーだ。もし嫌な奴がいて決闘を申し込みたい時は俺にいつでも言ってくれ」
「ははは……。そうですね。考えておきます」
「まぁまぁそこまでにしておけクローバー。可愛い後輩を怖がらせるな」
「お前には言われたくな――!!」
リュー先輩の無言の圧力に仮面男は血相を変えて話題を変えた。
「そ、そんなことよりも本題に入ろうじゃないか」
「そうだな。早くしてくれ」
リューは機嫌を悪くしたのか、クローバーに冷たく当たる。
「入学式前に君たちと騒ぎを起こした生徒たちを覚えているか?」
あの不良たちのことか。
「ああ、覚えている」
「はい。覚えています」
でもアイツらは風紀委員が連れていったはず。
「そいつらがどうした?そいつらなら風紀委員会が厳正に対処したはずだが?」
「まぁ俺も懲罰委員会の依頼を受けただけだからな」
「ゴッドフレイが全てを知っているのか?」
「そうだろうな」
「じゃあなぜあいつは来ない?」
リューとクローバーはラバルとサラそっちのけで話を始める。
「あいつはあいつで忙しいからな。どうせ今日も自警団の仕事で街中を飛び回ってるだろ」
「そうだったな。なら、お前は何か聞いていないのか?」
「そうじゃなきゃ俺がここに来るわけないだろ」
「だったら最初から話せ!」
「だからそう怒るな」
リューの苛烈な話し口調にクローバーは苦笑いを浮かべる。
「結論から言うと、君たち二人に彼らから決闘を申し込まれた」
「なっ!?」
リュー先輩はクローバー先輩のその発言に目を見開いて驚いていた。
「まだ1年生には決闘の許可は出せない!それにどうして彼らがアイツらに決闘を申し込まれなければならない!?」
「そんなこと俺に聞くな。だが、ジェレミアによるとそこのお嬢さんが先にぶつかってきて、彼らは謝れと言っていたらしい。そしたら首席殿が割り込んできた。だから俺たちが懲罰を受けるのはおかしいだとよ」
「甚だ愚かだな。あの場に私もいた。アイツらはラバル殿を襲おうとしていた。アイツらには決闘する権利はない!」
「まぁそう言うな。校則には決闘は双方の同意があればどんな理由があろうとも出来るはずだが?」
「確かにそうだ。だが、彼らは今日入学したばかりだ。まだその校則は適用されない!」
「とは言っても、彼らはAクラスだ。あいつらなど歯牙にもかけないだろ」
「そういうことを言ってるんじゃない!私たちはこの学園の風紀と秩序、安全を守るためにある!にも関わらず、それを捻じ曲げる行ないをするわけにはいかない!」
どうやら会話は平行線を辿っているようだ。
ジェレミア・ゴッドフレイという懲罰委員会の委員長は決闘に賛成で、リュー先輩は反対。
クローバー先輩はまだ分からない。
だけどどちらかと言うと賛成派かな。
「すいません先輩方。その決闘とういうのは俺だけが申し込まれているのですか?」
「いや、二人ともだ」
なるほど。これは厄介だ。
「そうですか。ありがとうございます」
彼女も一緒にか。
リュー先輩は、彼女は戦いを好まないと言っていた。
俺だけなら受けてもいいが、彼女を巻き込みたくはない。
「リュー、お前の気持ちもわかる。だが、これは当事者たちが決めることだ。俺たちが決めることじゃない」
「そうだな」
クローバー先輩になだめられリュー先輩は落ち着きを取り戻した。
「ラバル殿、サラ嬢、君たちが相談して決めてくれて構わない。もちろん断ったっていい。よく考えてくれ」
俺はやりたい。
あんなクソ野郎共には頭に来ていた。チャンスがあるなら俺はやりたい。
「サラさんはどうしますか?」
「…………」
彼女は口を開くことなく、俺の目を覗き込んだ。
そして鈴の音のような可愛らしい声で俺に思いを話し始めた。
「私はどちらでも構いません。ですが、私一人だけが決闘を受けます。貴方様には御迷惑をお掛けしてしまいますから。ただでさえ、救って頂いたのにも関わらず、また助けられでもしたら貴方様に合わせる顔が無くなってしまいます」
なるほど。彼女も俺と同じか。
「ですから、私一人だけで戦います」
これは好都合だ。
完璧と言っていいだろう。
「分かりました。クローバー先輩、その決闘受けます」
「えっ!?」
白銀の妖精が驚いた様子でこちらを振り返った。
「分かった。準備を進めておこう。リューもいいな」
「ああ。彼らが決めたことに反対はしない」
リュー先輩も俺たちが決めたことを尊重してくれた。
「それじゃあ今日の午後3時に第一闘技場で試合開始とする。それまでは各自修練場を使って連携の練習でもしているように」
そう口上っぽくクローバーは宣誓した。
「今回特別に君たちには第二修練場を貸し出す。おそらく学園を歩こうものなら、噂を聞き付けた奴らに囲まれてろくに練習も出来んだろうからな」
クローバー先輩は俺たちが困るのを見越して修練場を貸し出してくれるらしい。
生徒会の権限ってそこまで凄いのか。
まぁ何はともあれ学園生活初日から退屈はしなさそうだ。