プロローグ
石造りの古城の一室。ロウソクの灯りに濡れた六人は円卓を囲み話し合いをしている。
いや、言い合いをしてるって言った方がいいかも。
わたし、どうして今日ここに呼ばれたんだろう。
て言うか、定例会議でも何も話さないのに、わたしっている意味あるのかな。
「そんなことで呼びつけたってのかテメェ!」
「いくら貴殿の弟子といえどそんなことで我々を呼ばれては困るのだが」
黒髪のウルフカットにボロボロの服を着た女の子と、金色に輝く鎧を身に纏った青年が、深緑を基調としたワンピースを着た強欲と呼ばれる女性と言い合ってる。
「まぁそんなに怒るでない憤怒。それに怠惰も。これも全て大魔王様のため。そうであろう強欲」
左目に黒の眼帯をした白髪の老紳士がヒートアップしそうな二人をなだめてる。
わぁすごいなぁ。あんな剣幕で言い合ってる人たち(もう人じゃないけどってそんなことどうでもいいかも)を前に動じないなんてわたしにはできないなぁ。
「そうですね。傲慢の言う通りです。今日、集まってもらったのは、色欲のことだけではありません」
強欲さんみたいにわたしもみんなの前で話してみたいなぁ。
そんなの無理だけど。
「先日、この魔王城に瀕死の状態で色欲が発見されました。初め、この城の侍女たちは何者かがこの城に侵入し、彼と戦いこうなったと思ったそうです。しかし、どこにも争った形跡はありませんでした」
「それがどうしたって言いたいの?アイツが自殺しようとしたとでも?」
「良い質問ですね暴食」
「それはどうも」
「師匠であり友人である私からして彼が自殺など絶対にするはずがありません!」
どうして強欲さんはこんなにも強気なんだろう。
お弟子さんの色欲さんのことだからかなぁ?それとも、それだけ自分に自信があるってことなのかなぁ?
「だ・か・ら!それがどうしたって聞いてんだよ!」
それにしてもこの話し合い?言い合い?に、わたしっているのかなぁ?
「あなたは最後まで人の話を聞くということが出来ないのですか!?」
「うるせぇ!いくら強欲!」
「ちょ、二人ともやめなさいよ!」
ああ。今日も話し合いが出来なさそう。
「やれやれ。君たちはいつもケンカしているな」
6人しかいない部屋にこの場にいる誰の声でもない、威厳のある声が響き渡った。
その声に自然と6人の背筋が伸びた。
「へ、陛下!!」
驚いたように白髪の老紳士が立ち上がり、声のした方向に向かって頭を下げる。
「そんなに固くならないでくれ」
新雪のような白髪に端正な顔立ち、その低くて威厳のある声はいかにも王と言えよう。
彼は、この魔大陸を統べる七つの王国のひとつ、魔族領ブリタニカ帝国を治める皇帝、ゼクス・アルフレッド・ヴォルケーノ。通称『絶望王』。
魔大陸の他の国家をも意のままに操る、魔族の頂点に君臨する者でもある。
「陛下、本日は如何様な御用がありましたでしょうか」
傲慢がかしこまってそう尋ねる。
「いや、私もこの話し合いに参加しようと思ってな。皆、いつも通りにしてくれて構わない。むしろそうして欲しい」
ゼクスはそう言うと本来色欲が座るはずの椅子に座った。
「し、しかし」
「この円卓は先皇、我が父も会議のために使っていた。忠臣たちの話し合いに私が参加するのはそんなに不思議か?」
「い、いえそんなことはございません」
「そうか。ならいい」
ゼクスの参加を渋っていた傲慢も皇帝のその言葉に折れた。
「それでは、続きを」
「はい」
皇帝に促され、強欲は再び話し始める。
「私が一番彼が自殺などしないと言える根拠がこれです」
強欲は自身の目の前にある液晶を操作し、それぞれの前にある液晶に二つの画像を映し出した。
「これは、彼の傷痕です」
そして一枚目の写真を拡大した。
それは、色欲の斬られた傷を撮った写真だった。
「この写真をよく見てください」
その写真をよく見ると、色欲は右肩から左脇腹、左肩から右脇腹へとそれぞれ二回斬られているのが分かった。
この写真、なんか変な気がする。
自殺するのにこんな簡単な切り傷じゃあ死なないはず。
でも、だからってこれが証拠にはならないよねぇ。
「この切り傷のうち、右肩から左脇腹へとかけて斬られているこの傷。よく見ると、斬られた皮膚が爛れているのが分かります」
どれどれ。確かにそうかもぉ。
この傷斬られたっていうより焼き切られたって感じだもんねぇ。
「そしてこちらの左肩から右脇腹へと斬られたこの傷。こちらは斬られた痕が壊死しているのが分かります」
ふむ。
確かにこれは不自然かもぉ。
「さらにこちらの写真を見てください」
強欲はもうひとつの写真を拡大した。
「これは私の開発した転送装置です」
そこには壊れた金属製のボールのようなものが写っていた。
「これらのことから私は彼は自殺などしていないと結論付けました」
もしこれが本当だったら、色欲さんは誰かに殺されかけたってこと?
「アイツが誰かに殺られかけたってことか!?」
「しかし、それなら色欲殿を殺せるほどの実力を持った者と戦ったということか?」
「ええ。私はそう思っています」
「それは一体誰だと君は言うんだね」
強欲さんの意見はもっともだけど、私たち大罪魔王を圧倒する存在。そんなのいるのかなぁ?
「ええ。私も最初はそんな存在いないと思っていました。しかし、私は調べました。すると、こんなものが出てきたんです」
強欲は液晶を操作すると、古の文献の写真をそこに映し出した。
「これは今からおよそ400年前に書かれた、人魔大戦についての文献です。この中にその存在が書かれていました」
「ちょ、ちょっと待った強欲。まさか、その存在は――!」
「陛下の御想像通りです」
「アレが復活したと――!?」
「ええ。私はそう確信しています」
「なんと……」
ゼクスは強欲から告げられたことに衝撃を隠せなかった。
「へ、陛下。恐れながらその存在というのは」
「一言で言えば伝説の勇者。我等魔族からすれば、恐怖の象徴。その名も『破壊の勇者』。あの人魔大戦をたった一人で終わらせた伝説の存在だ」
ゼクスは恐怖に震えた。
自身の父を死へと追いやった存在にしてたった一人で魔族を蹂躙した恐るべき存在の復活に打ち震えていた。
「これは、魔族全体の危機だ!怠惰すぐさま大戦の準備をせよ!いつ戦いが始まってもおかしくはない!」
「はっ!承知致しました!」
怠惰が勢いよく立ち上がるとゼクスに敬礼をしてから部屋を出ていった。
「傲慢は他の国にこのことを知らせよ」
「御意」
怠惰と同じく礼をして傲慢も出ていった。
「憤怒、暴食二人は偵察をしてきてくれ。本当にあの存在が復活したのか調べてきてくれ」
「任せときな!」
「承知」
競い合うようにして二人は出ていった。
「強欲は引き続きこのことについて調べよ」
「仰せのままに」
スカートに端を掴んで貴族の礼をして強欲も出ていった。
「嫉妬は色欲の看病を頼む」
「……」
嫉妬はコクンと頷くと同じく部屋を出ていった。
「全ては魔族のために」
ゼクスも立ち上がり、執務室へと急いで戻っていった。