本章2-1 表と裏の月
その事件は突然起こった。
その日は課題のため図書館で調べていたら、つい時間を忘れてしまった。
サリシアはいつもの事なので慌てず馬車待合に足を運んだ。
暗くなった馬車道を駆ける馬車、遮る影が突然現れ、馬が驚いたため、慌てて御者が馬を必死に宥めた。
すると黒い装束を着た男達が馬車の扉を乱暴に開いた。
「きゃああ!!」
サリシアは恐怖に固まり何もできなかった。
「あんた少し調子に乗りすぎたようだな」
「かわいいねぇ、売り飛ばせばいい金になりそうだぜ」
ニヤニヤと不躾な視線に訳がわからず怯えることしかできなかったが、次の言葉にサリシアは心臓が跳ねた。
「やんごとなきお方を敵に回すような事をしたてめぇを恨みな」
(………カルカイザ!!!!)
するとそこに誰かが知らせたのか、王都を守る衛兵が数人駆けつけた。
すかさず男達は逃げ出し、「死にたくなかったら大人しく家に篭っていた方がいい。なんなら俺たちが囲ってやろうか?」
と下品な笑い声と共に言い残した。
(カルカイザ…!!!!ここまでするの⁉︎)
ライリアーナの顔を思い出し身体が震えて止まらなかった。
サリシアは1ヶ月ほど外に出られなくなり、そして事件の噂は社交界に瞬く間に拡がった。
「カルカイザに逆らえば当然こうなるさ」
「まあ、迂闊な発言はおやめになって。わたくし達まで襲われてしまいますわ」
今までサリシアに対して批判的だった貴族子女は一気にライリアーナへと矛先を変えた。
「なんなんですの⁉︎今までバルギス嬢に嫉妬してライリアーナ様を引き合いに出しては苛めていたくせに!まるで悪者扱いではありませんか!」
マリエッタが腹立たしさをがまんできずにカルカイザ家の東屋で紅茶を飲んで感情をのみこんだ。
ライリアーナは冷静にスコーンを口に運ぶ。
「仕方ないわ。彼の方たちはご自分の無力はご自分のせいだとは思っていないのですもの」
「無力を実感しては誰かに八つ当たりをして、気晴らしをするしか能のない人たち」
「このわたくしをカルカイザ家の人形だとお思いなのでしょう」
嬉しそうに微笑むライリアーナ。
「わたくしの狙い通りに、わたくしを血筋と家柄でしか能がない無力な小娘とお思い下さってるのよ」
どす黒い感情がライリアーナの身体を駆けめぐり、ふつふつと笑いが込み上げる。
感情を友人達に隠すことなく表に出すことで、信頼しているということを彼女たちに伝えた。
その冷ややかなライリアーナの笑みをみた友人たちは背筋に冷たい空気を感じる。
「…ライリアーナ様ほど底の深さがわからない方をわたくしは知りませんわ。それを知らずに甘く見てる方々はなんて気の毒なのかしら」
カルカイザ邸の庭に湿気を帯びた風が走り去る。
どうやらひと雨くる様子なので、お茶会は早々に切り上げられた。
遅くてすみません、本業が立て込んでいたのでなかなか更新できませんでした。